結婚してみる
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電気を消し窓から入ってくる外の灯りを頼りに彼女の小さな口にキスをすると、日中たくさん食べていたドルチェのような甘さが感じられた気がした。
それに体に触れると決して太っているわけではないのに柔らかく、肌も白い割りには手に吸い付くような手触りだ。
「……黄色人種の肌は、水分量が多く手触りがいいため、海外の男性受けがいいらしい。」
「?そうなんですか?」
「それに、日本人は童顔で小さいから、日本人というだけでモテる。」
今日声をかけてきたイタリア人達だって、きっと彼女の事を可愛いと思っていたはずだ。
「…そもそも、君は日本にいてもモテるから関係ないか。」
「いや…まぁ、モテるとかモテないとかは正直、どちらでもいいです。ただ、好きな人に可愛いと思って貰えたらいいな、とは思います。」
「……。」
外の灯りで仄かに照らされた彼女がじっとこちらを見つめてくるのでドキリとしつつも見つめ返した。彼女の、その言葉の真意は…考えても分からない。
「…露伴先生、ヘブンズ・ドアで読まないんですか?」
「…なんだ。読んでほしい事でもあるのか?」
「はい。私は露伴先生に、私の全部を知って、理解してほしい。…露伴先生は、気になりませんか…?」
気にならないと言えば嘘になる。僕みたいな人間といるのが心地よいという彼女が、どんな事を考え、どんな物を好み、どんな奴が嫌いなのか。そんなの、気にならないわけがない。
「前と何かが変わったのなら、それはきっと露伴先生にとってはいい事です。…だけど私は、少し残念だなって…。」
「……、…君、やっぱり変な奴だな。」
「そうですね…そうかも。…露伴先生が嫌だと言うのなら、無理強いはしません。それは私も、本意ではないですから。」
少し寂しそうな顔で僕の手にキスを落とすのを見て、少し罪悪感が湧いた。彼女は人の心を動かす仕草や表情が上手い。女優なのだから当たり前なのだろうが、彼女が僕を慕ってくれているのを知っているから尚更愛おしく感じてしまう。
「…君はいつも、狡い言い方をするな。……ヘブンズ・ドア。」
いつもいつも、彼女の思う通りに事が運ばれていくのが、少し悔しい。本当、彼女といる僕は、僕でなくなっていってしまうのではないかと、恐ろしさもはらんでいる。
「知れば知るほど抜け出せなくなりそうだったんだがな…。」
引き返すにはもう手遅れかもしれない。
ならばもう、躊躇する必要はない、か。
腹を括って、彼女のページに指を伸ばした。
名前:みょうじなまえ(芸名も本名と同じく)
生年月日:11月15日の蠍座
血液型:AB型
配偶者:岸辺露伴
「……。」
"配偶者:岸辺露伴"という文字は、恐らく最近書き換えられたものだろう。問題は、生年月日である。僕は今この文字を目にするまで、彼女の生年月日を知らなかった。最近少しずつ分かってきた彼女の事だ。誕生日は祝ってもらいたいと思っているに違いない。少なくとも、僕には。だというのにそれを表に出さない奴なのだと、今改めて理解した。
"露伴先生といると息が楽"
"露伴先生のお話を聞くのが楽しくて好き"
"もしかしたら、波長が合うのかもしれない"
異人館の紳士の1件の後から、僕に関する記載が増えた。それはどれもいい意味のもので、この時から既に、彼女は僕によく懐いていたという事を意味していた。
"露伴先生の隣に立てるように頑張ろう"
"露伴先生と並んでも、誰にも文句を言われないように"
"岸辺露伴先生、好き"
ピタ
違和感のある文字を見つけ、ページを捲る手が止まった。
この"好き"という文字は。
最近のページであれば有り得るかもしれない。だが今読んでいたページは、出会って1年足らずのもののはずだ。
いや待て、早とちりは良くない。単純に友人としての好きかもしれないと、はやる気持ちを抑えきれずにページをぱらぱらと捲っていくと、どうやら言葉そのままの意味だったらしい。
"露伴先生の切れ長の目が好き"
"細くて綺麗な指も好き"
"露伴先生が優しくしてくれると嬉しくて、ドキドキする"
"露伴先生と結婚するには、どうしたらいいだろう"
「…みょうじなまえ…、君…。」
「……露伴先生…。」
動揺から手が離れた隙にヘブンズ・ドアが解けたらしい。ベッドに横たわって目を細める彼女の表情は僕の心情とは真逆で芸術品のように美しく、思わず背筋が震えた。コイツは思っていた何倍も、ヤバい女だったらしい。
「露伴先生、読んでくれたんですね。…えぇと、引きました…?」
「…あぁ…まぁな…。」
正直言って、今までの彼女のイメージは覆った。僕も世間の彼女のイメージのように"穢れを知らない聖人君子"だと思っていたフシがある。
彼女の自分自身を隠す術を舐めていたのだと今、改めて見せつけられた気分だ。
ゆっくりと体を起こす彼女はどこか余裕があるように見え、恐怖すら感じる。
しかし、不思議とショックはない。
むしろ、彼女の新たな一面として受け入れている自分がいる。
「…今なら、まだ間に合いますよ。世間にはまだ公表してませんし……バツはついちゃいますけど、被害は少なく済みます。」
「おい。君いま、もしかして離婚の話をしてるのか?勝手な事を言うんじゃあない。」
「!」
さっきまでの威勢は消え失せ、言いながらポロポロと涙を流す彼女を見ていると庇護欲が掻き立てられて、気がついたら指先で彼女の涙を拭っていた。一体、どれが本物の彼女なのか分からなくなってきた。
「君は僕の事、ちゃんと理解してないな。僕がこんな事で離婚なんて…、…おい、まさか君が離婚したいとか言わないよな?」
「ち、違います!ただ…なんだか騙し討ちみたいで、急に、申し訳なくって…。」
「ならいい。気にするな。全く…騙すなら最後まで堂々としてろよな。」
「あ、あの…、露伴先生…?」
彼女の腕ごと抱き締めると想像以上に小さくて、すぐ下にある頭からは風呂上がりの良い香りが漂ってきて少しは気持ちが落ち着いた。
きっと、どれも本当の彼女なのだ。
「僕は、離婚なんてしないからな。」
「あ…えぇと…それは、嬉しいんですけど…。」
「なんだ。他になにか問題でもあるのか。」
「ないですけど…、あの、当たってて…。」
「は?当たり前だろ。今日は初夜をやり直すって言ってたよな?」
「…私、露伴の興奮するポイントが分からない……。」
人を特殊性癖持ちの変態みたいに…失礼な奴だな。
彼女を読み終えた辺りから主張を始めたそれは、抱きしめた事で密着した彼女の腹に当たって次の刺激を待っている。
「なぁ、触ってくれないか?直接触れなくていいから。」
「いいですけど…あんまり、上手じゃないかも…。」
「いいんだ。君が触る事に意味があるからな。むしろ下手な方が良いまである。」
「……。」
何か言いたげなのは気になるが、彼女の手が素直に下半身へと伸ばされたので何も言わず黙った。そっと優しく触れた彼女の手の温かさに息が漏れそうになったのは、彼女への口付けで誤魔化した。