結婚してみる
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「やぁ君、とってもキュートだね。もしかして日本人?」
「ふふ、ありがとうございます。よく分かりましたね、日本人ですよ。」
「やっぱり!ここには観光に?良かったら案内しようか?」
「お気持ちだけで結構ですよ。夫との新婚旅行なんです。今も私と貴方が仲良く話してるのも、もしかしたら嫉妬してるかも。」
「夫!君、結婚してたのか!悪い事をしたね、お幸せに!」
「ありがとう。」
「…君が可愛すぎるせいで観光にならないな。」
ホテルからいざ街に出たらこれだ。
もう5人ものイタリア人男性から話しかけられて、ゆっくり観光なんてできたもんじゃあない。
それに適当に相手をすればいいものを一々人当たりよく対応しているのにも若干腹が立つ。別に、ヤキモチなんかではない。
「ヘブンズ・ドアを使うからな。」
「…これも現地の人の人柄を知るいい機会なんですけど、仕方ないですね。」
彼女の言い分は尤もだが、それで観光の邪魔をされるのはもう充分である。久しぶりに彼女へヘブンズ・ドアを使用し"イタリア人男性は彼女の魅力に気付かない"と書き込んだ。これで、とりあえずは一安心だ。
「はぁ…ちょっと、はしゃぎすぎちゃったかな…。」
「言われてみればそうかもな。カフェで少し休憩しよう。」
「うん。ちょっと早いけど、そのままランチにしよ。イタリアのドルチェ、早く食べたいし。」
行き先が決まってからというもの、イタリアといえばのデザート、所謂ドルチェを調べだした彼女は「これも食べたいし、あれも捨てがたいなぁ…」と雑誌やネットでたくさんのスイーツを候補に上げていた。普通の女子といった存在とは一線を画している彼女だが、こういうところは女子らしさを持っているのが少し意外だった。
「…今、食後のデザートで食べて、またおやつ時にも食べるんだろう?」
「はい。露伴先生も付き合ってくださいね。」
「まぁ、多少なら。」
別に僕はドルチェに興味はないが、嫌いというわけでもない。せっかくのイタリア旅行なのだから、彼女が食べたいと言うのならば、付き合ってやってもいいか。
という僕の考えが甘かったのだと気付いたのは、30分後の事だった。
「……君、まだ食べるのか…?3時になったらまた食べるんだろう?」
一人前のパスタを食べ終えた後にテーブルへと運ばれてきた彼女の分のドルチェは3つ。それを全て食べ終えてなおメニュー表に手を伸ばす彼女に、さすがに自身の眉が寄るのが分かった。
「そうですけど…ここのドルチェ、とっても美味しいから。紅茶にもよく合いますし。」
「一体、その細い体のどこに入ってるんだ。」
「普段はこんなに食べませんよ。けど、せっかくイタリアに来てるんですから後悔のないようにしないと。」
「…見てるこっちが胸焼けしてくるんだが。」
「やだなぁ露伴先生。歳ですか?日本に帰ったら、露伴先生オススメのジムに一緒に行きましょう。」
そういえば、そろそろ事務所からみょうじなまえの結婚発表があると小耳に挟んだ。彼女が記者会見をするかもしれないとも。
「なぁ、そういえばそろそろ、僕らの結婚の発表をするんだろ?君、写真を撮る暇なんてあるのか?」
いくらドラマがクランクアップしたとはいえ年の瀬は特番に出て、年明けはこうして2週間の旅行へとやってきている。果たして今言ったように、ジムに行ったり写真を撮ったりする暇なんてあるのだろうか。
「大丈夫ですよ。今、撮影日は調整して頂いてるんですけど、そろそろ決まりそうです。露伴先生からしてみたら急な予定になってしまうので申し訳ないのですが。」
「いや、僕は構わない。」
どちらかというと、帰国後忙しくなるであろう彼女の方が心配なのだが。旅行の話が出てすぐに「行けます!」と即答した彼女を「そんなわけあるか」と問い詰めた際、実はこの旅行のためにいくつかリスケしたのだと言っていた。リスケという事は、元々あった予定がいくつか後ろ倒しになったという事。そもそもあった予定の他にズラされた予定が隙間に入れられたのだ。せっかく年始の仕事はセーブしたと言っていたのに、これではいつもと変わらないのではないだろうか、と少し気がかりでもある。
「もう、心配しないで。今は旅行を楽しもう。ね、露伴。」
「……そうだな。」
彼女の言う通りだ。帰国後仕事に戻るために、今は思う存分観光し、美味しいものを食べ、リフレッシュしよう。
(そう考えると、帰りたくなくなるな…)
新しく届いたドルチェを前に「わぁ、これも美味しそう!」と嬉しそうに笑う彼女を見て、そんな"らしくない事"を思った。
「はぁ…足、疲れたなぁ…。」
夕食も外で食べ、ホテルに戻ったのは日が沈んでからの事だった。シャワーも済ませてあとは寝るだけだが、明日は夜の街の風景を見るために遅めの時間の出発を予定しており、いくらかゆっくりできる。
ベッドに足を投げ出してうつ伏せになる彼女の、なんと無防備な事か。
「露伴、こっち来て。」
ベッドの上で"こっち来て"とは、彼女は誘っているつもりなのだろうか。もちろん、そういう意味で。
腕を組んで黙って見下ろしているとやがて目が合って、ふ、と目が細められた。じっと見つめたところで、彼女の真意は分からない。
仕方なくこちらが折れてベッドへ腰掛けると、にじにじと寄ってきて僕の膝の上に体重を乗せ腕が腰に巻きついて来たので、思わず彼女の頭を数回撫でた。まるで犬や猫のようだ。
「露伴…初夜の時の事、ごめんなさい。」
「…は?…なんだ、いきなり。」
犬猫のようで可愛いと思っていたのに、彼女の口から出てきたのは可愛い言葉ではなく、一瞬なんの話をしているのか分からなかった。なぜ今になって、あの時の事を。
「あれから露伴、あまり触れてくれなくなったから。気を遣わせちゃってるのかなって。」
なんだ、彼女はあの時の事をずっと、気にしていたのか。それを今まで隠していたのは腹立たしいが、彼女が気にしていた事に気づかなかった自分自身にも腹が立った。
「気を遣ってるのは、君の方だろ。」
「そうかな…?どうだろう。」
「君はいつもそうだ。君は自分の事よりも、僕を優先するからな。」
今まではそれでも良かった。僕自身も、彼女の気遣いが心地よく、それを当たり前に受け入れていた。
しかし彼女と一緒に暮らし始めてからは、たまに少し、もどかしさも感じていた。もっと彼女は、僕よりも自分自身を優先するべきだと度々思っていた。
まっすぐ僕を見上げる瞳に吸い込まれるように顔を近づけると瞼が伏せられたので、軽く触れるだけのキスをした。
「…露伴。あの初夜の、やり直しをしてもいい?」
グ、と僕の服を掴んで引き寄せる彼女の手は、途中で止まった。決定権は僕にあるという事だが、やり直しをしたいという言葉は出てきた。まだまだ足りないがまぁ、及第点か。
「君がしたいというのなら。」
「!……はい、したいです。」
あの時の狡い言い方のお返しだと気がついたらしい彼女が観念したように返事をするので、愛おしくて全てどうでも良くなってしまった。今日も僕の妻は、可愛い。