結婚してみる
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彼女は年末年始の特番を終え、僕自身も数日前に面倒な新年会を無事に終えた。
(編集社から色々と連絡は来ているが、休暇中だと返事を先延ばしにしてはいるが。)
つまりは、彼女との初めての旅行である。
彼女が選んだのは水の都と呼ばれるベネツィア、ローマで、観光スポットとして申し分ない行き先である。
「現地で資料用として写真を撮ってもいいか」と尋ねると「もちろんです」と快諾してくれた彼女は、本当によくできた奴だ。
「か、体が痛い…!」
「あぁ…さすがに疲れたな。」
SPW財団員である康一くんに頼んで飛行機を用意してもらったのだが、直行便だというのにそれでも半日以上は移動にかかった。大方は予定通りではあるが今は夕方。今日のところは食事も簡単に済ませて、早めに眠るのが得策だろう。
「わぁ…ホテルの部屋も素敵…!」
「あぁ、いい部屋だな。」
「あ、露伴見て!街が見えるよ!」
「本当だな。日が暮れたらまた雰囲気が出そうだ。」
さすがは、街全体が世界遺産というだけある。どこを切り取っても美しい街だ。
「夕食は、今日のところはルームサービスを頼もう。先にシャワーに行ってくるといい。」
「ん、ありがとう。」
疲れているはずなのにホテルの内装を見て少し元気になったようで、僕もその姿を見て少し、癒された。
「あ、露伴。お風呂上がった?食事も来たんだけどその前に、日が落ちた街が見たくて、露伴が上がるの待ってたの。」
「…全く、食事もせずに黙って待ってたのか?君は犬か何かか。」
随分と健気で可愛らしい犬である。犬種でいうと…白いポメラニアン辺りだろうか。
「ほら、きっと夜の街は綺麗だよ。」
自然な動作で引かれる腕。「分かった分かった」と窓辺の閉ざされたカーテンの前まで行くとシャッと勢いよくカーテンが開かれた。
「すごい…灯りが水に反射して、綺麗だね。」
「そうだな…。多めに写真を撮っておくか。」
「明日、街に行くのが楽しみだね。」
明日はきっと、1日中外で観光する事になるだろう。ベネツィアは小さい島で、見るだけなら数時間もあれば回れるというが、街の全てが目を惹く美しさのため1日あっても足りないらしい。まだホテルの窓から見えただけでこの美しさなのだ。明日の観光が、俄然楽しみになってきた。
「お腹いっぱい…ルームサービスのご飯も美味しいのね。」
「そうだな。朝食もルームサービスにするか?」
「うん。明日ホテルの周りのご飯屋さん見て明後日からなに食べるか考えよ。」
ご満悦でベッドの上でゴロゴロと枕を抱きしめる彼女は、相当このホテルを気に入ったようである。康一くんに頼んでSPW財団イチオシのホテルを手配してもらって正解だった。
「?露伴、そっちのベッドで寝るの?」
2つあるうちのもう1つのベッドに腰掛けた直後に発された彼女の言葉。「君がそっちにいるんだから、僕はこっちなんじゃあないのか?」と返すとやや考える素振りを見せてから口元を抑えて「…一緒に寝ると思ってました…」と頬を赤く染めた。
なんだ、この可愛い生き物は…!
「家のベッドじゃないんだから、狭いだろう。」
「まぁ、そうですね。数ヶ月間ほぼ毎日一緒だったので、当たり前みたいに思ってました。」
いくらいいホテルといえど、1人で使用する事を想定して作られたベッドと2人用の自宅のベッドではさすがに広さは劣る。予約をしてくれた康一くんだって、僕らが普段一緒の布団で寝ているなんて知らなかっただろうし…。
「もしもし、康一くんか?部屋を変えてほしいんだが。」
「えっ露伴?」
スマホを取り出してすぐに起こした行動は、康一くんへの連絡。「何か部屋に気に入らないところでも?」と若干嫌そうな声色な気がしないでもないが、「あぁ、僕の可愛い妻が、ベッドが別々だったのが不満らしい」と聞くや否や「すぐに手配します!」とだけ告げて電話が切られた。…もしかして、康一くんも彼女のファンなのか…?
「露伴先生…私を我儘みたいに言わないでくださいよ。」
「…君は、多少我儘を言った方がいい。」
「そうですか?あ、もしかして、露伴先生が私の我儘を叶えてくれるんですか?」
「叶えるかどうかは、程度によるな。…とはいえ、君は程度が分かってるだろうから、君の我儘ならなんでも聞いてやってもいいまである。」
「……なんだか、意外です。露伴先生はそういう女の子、嫌いそうなのに。」
そう言いながら目を丸くして首を傾げて"意外さ"をアピールする彼女。上目遣いで、所謂あざといポーズなのだがこれがなかなか絵になるのが彼女だ。
「まぁ、嫌いだな。」
「それなのに、私の我儘は聞いてくれるっていうんですか?」
「可愛い妻の我儘を聞くのは、夫の務めじゃあないのか?」
「…、…露伴先生がらしくない事を言うと、反応に困ります。」
「そりゃあ良かった。僕は君を困らせるのが好きなんだよ。」
「…泣かせるのが好きとかではなくて安心しました。」
話が一区切りついたところでちょうど部屋のチャイムの音が響き、2人の視線は自然とドアの方を向いた。パタパタといつの間にかベッドから降りきちんとスリッパを履いている彼女に驚きつつ覗き見ると相手はホテルマンで、ヘブンズ・ドアで話せるようになったイタリア語で「すみません」と謝罪をしているのが聞こえた。本当、有名人だというのに、僕と違って礼儀正しいな。
「露伴先生、お部屋用意してくれたみたいです。移動しましょう。」
「あぁ、そうだな。部屋を移動したら、今日はもう寝よう。明日が楽しみだ。」
「ふふ、そうですね!」
いそいそと自分の荷物を持って来る彼女。楽しそうに笑顔を浮かべているのを見て自分自身も不思議と嬉しい気持ちになってくるのが分かり内心少し戸惑う。最近、というより、彼女と結婚してから…いや、下手したらそれよりも前からかもしれないと、最近になって思うのだが…いくら自身が友人として認めた相手だからといって、このような気持ちになるものだろうかと。人の気持ちは簡単に移りゆくものなのでこの先何十年もこの気持ちを抱き続ける事はない、と思う。しかし、僕は今この不可思議な気持ちを抱いているのは確かだ。そして、僕がそれを受け入れている事も。
「…おやすみ、なまえ。」
「おやすみなさい、露伴。」
彼女と眠るのも、もう慣れた。それどころか心地よさすら感じ、彼女がいなければ満足に眠れないのではないかと思うほどだ。本当、僕らしくないな、と纏まらない話を纏めた事にして目を閉じた。明日は、起きたら観光だ。行きたいところには全部行かなければ。