結婚してみる
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「なぁ、やっぱり行くのはやめにしないか?」
「もう、執拗いですよ露伴先生。一度は承諾したんだから、諦めてください。」
年が明けて間もなく、彼女と二人揃って東京都内へと赴いていた。普段はやらない原稿の描き溜めをした事に加えてこうして年明けに都内へと赴く事で、集英社内では激震が走ったとかどうとか。僕はさらさら参加するつもりはなかったのだが、彼女が招待状を見つけてしまったのが事の始まりで…。意外な事に、集英社の新年会に一緒に行きたがったのだ。僕としては正直行きたくないのだが、集英社にもまだ結婚した事を報告していないためいいタイミングではある。が、別にタイミングが合うからといって何も新年会で言う必要はないとは思うのだが。
「私の事、"僕の可愛い妻だ"って紹介してくれないんですか?」
「おい、僕がそんな言い方すると思ってるのか?」
「ふふ、今日はとびきり可愛くしてきたので、さすがに言ってくれるかなと思ったんですけど。」
「まぁ、それは認めるよ。集まった誰よりも、君は綺麗だろうな。」
よほど楽しみにしていたのだろう彼女の今日の出で立ちは、シンプルすぎず派手すぎず、ちょうどいい塩梅のワンピースドレスに、髪の毛はわざわざ美容院でセットして貰っていた。おまけに数日前からネイルサロンに行って爪も煌びやかだし、馴染みのメイクさんとやらに頼んで、いつもよりも目元などがキラキラしている。
一体、何がそんなに楽しみなんだか。
「露伴先生も、今日は一段と素敵ですよ。髪の毛も下ろしてくれて、嬉しいです。かっこいい。」
「…君のお世辞は分かりづらいな。」
「!…先生、もしかして今までの私の褒め言葉、全部お世辞だと思ってたんですか?」
「……そうだが…まさか、違うって言うのか?」
「当たり前じゃないですか!私、露伴先生をからかったりした事はあるけど、嘘をついた事はありません。ヘブンズ・ドアで読んで知ってるでしょう?」
「……。…そう…、そうだな…。」
思わず口元を隠して、俯いた。確かに彼女は今まで言葉でも態度でも、嘘をついた事はなかった。だから結婚を受け入れたのだ。そんな事も忘れてしまっていて、そしてその事実が嬉しくて、隠した手の下で静かに口角を上げた。
「露伴先生〜!」
「泉くん。こういう場くらい、静かにできないのか、君は。」
受付で招待状を出して中へと入る時、若干騒ぎになりかけたがヘブンズ・ドアで黙らせて何とか、中に入る事ができた。目立たないように壁際を歩いていたのだがそもそも彼女が目立つせいか僕が新年会に来ているのが珍しいせいか、常に視線を集めていた。そんな中で泉くんが大声で僕を呼びながら近づいてくるので、さらに注目を集めてしまった。
「だって露伴先生が新年会に来るなんて!それに、正体不明の尋常じゃない美人を連れてきたって聞いて、いてもたってもいられなくて。…そちらの方ですか?」
「…えぇと、そこまで言われると少し照れちゃいます。」
「えっ!?…、」
「待て。騒ぐんじゃあない。それと、彼女の名前はまだ出すな。」
泉くんは明らかに今、「みょうじなまえ!?」と言おうとしていた。まだ人も集まりきっていない今、騒がれるのはごめんだ。そうなる前にと、泉くんの口を掌で抑えて声を封じ、コクコクと頷いたのを確認してから、手を離した。
「あのっ、露伴先生、どういう事ですか!?私、何も聞いてないんですけど!」
状況を把握した泉くんは極めて小さな声で、しかし気迫を含みながら、僕へと詰め寄ってきた。まぁ、大方予測できた反応だ。
「あぁ、僕は何も言ってないからな。」
「えっ、まさか、お付き合いされてるとか、そういう…?」
「…君な、わざわざ言わないと分からないのか?」
腕を組んで、左手の指が見えるようにすると泉くんの視線がそこに注がれた。そしてややあって彼女の左手に移った視線は、最後に僕の顔へとやってきた。
「…っ!!私っ、今すぐ編集長と話してきます!!」
「あぁ、話が早くて助かるよ。」
最後の嫌味は聞こえただろうか。泉くんはどこかにいる編集長を探すために、来た時と同じように騒がしく駆けていった。残された僕らは依然注目を集めるが、話しかけてくる者はいない。そもそも僕は来るつもりはなかったのだから、そちらの方が良いのだが。
「あれェ?もしかして、岸辺露伴先生?」
「……あぁ、いかにも、僕は岸辺露伴だが。そういう君は、誰だ。」
「あぁ、やっぱり露伴先生だ!見た目がいつもと違うから気が付かなかったぜ。」
イラッ。壁際で僕の影に隠れていた彼女が、じっと僕の顔を見上げ表情を観察する。やがて僕がイラついているのを察して「こんにちは」と声を発した事で、話しかけてきた男の視線は彼女へと向けられた。
「あれ、みょうじなまえ?なんだってこんなとこに?もしや、露伴先生の彼女?」
「君、いきなり失礼な奴だな。それと、迂闊に彼女の名前を出すんじゃあない。」
「あ〜なるほどね。んで、露伴先生と会うのは初めて?だったかな。志士十五って名前でジャンプで連載させてもらってます。よろしくね、露伴先生。」
「あぁそう。僕は他の作家と仲良くする気はない。分かったらさっさとどっか行け。」
「そんなつれない事言うなってェ〜。」
「ふふ。」
彼女が状況に似つかわしくない、花が咲いたような笑顔で話を遮った。また何か喜んでいるのだろうその笑顔が、僕のイラついた気持ちを少しだけ冷静にさせた。
「生で見ると本当に顔小さいんスねェ。俺、ファンなんスよ。握手してもらっていいっスか?」
「やめろ、彼女に触るな。近づくな。」
「大丈夫だよ露伴。握手くらいいいじゃない。」
「あざーっす!露伴先生ェ、男のヤキモチはみっともないですよォ?」
イラッ。この男は人をイラつかせる天才か?その点だけ見れば、仗助といい勝負だ。
「あれ、この指輪…左手……。あぁ…へぇ〜、なるほど?」
「おい、いい加減離せ。それと、分かったらどっか行け。二度と近づいて来るな。」
「ハイハイ、邪魔者は退散しますよォ〜。あ、あとで2人のサイン下さいね。」
大分ふざけた奴だった。あんなのがいい漫画を描けるとは、到底思えないのだが。彼女のここに来たいというお願いを一度でも承諾した事を、いよいよ本気で後悔した。
「新年の挨拶の前に、現在週刊少年ジャンプにてピンクダークの少年を連載中の岸辺露伴先生からご報告があるみたいです。露伴先生、よろしくお願い致します。」
「はぁ?僕が言うのか?」
ようやく新年会の開会の挨拶が始まると思ったら、いきなり登壇するように言われ思わず眉が寄った。泉くんを睨むと早く行けとジェスチャーを送っており、本当に来なければよかったと特大のため息が出た。
「…長々と話すつもりはないので単刀直入に言うが、今、僕の隣にいるのは、女優として有名な、みょうじなまえ。もちろん本人だ。」
「えっみょうじなまえ!?」
「まじ、本物?」
「こんにちは〜。」
会場内のざわつきに合わせて笑顔で手を振る彼女は、今は完全に女優の顔をしていた。男性が多い会場内は、彼女を見て歓声が上がっている。作家の年齢的に、彼女のファンも多いのだろう。
「彼女のファンという奴も多いと思うが、そんな奴らには残念なお知らせがある。実は少し前から、彼女は僕の妻だ。」
一瞬にしてシーンと静まり返った会場内に彼女の「露伴の妻です」という声が響き同時にどこかからヒュッと息を飲む音が聞こえた気がした。
「別に祝福してくれだとか、応援してくれとは言わん。ただ、静かに見守っていてくれ。僕はこの先彼女と過ごす未来が、楽しみなんだ。……最後に、分かっていると思うが、彼女の事務所からの発表があるまで、他言無用で頼む。以上だ。」
余計な事を言ったな、と気付き、足早に壇上を降りた。僕の手に乗せられた一回り小さい手がぎゅっと握られたので彼女を見ると幸せそうに目が細められていて、改めて(この子が僕の妻、なのか…)となんとも形容し難い感情が胸の中に広がった。
彼女の幸せそうな顔を見られただけで、多少は、やっぱり来てよかったかもしれないと思った。