結婚してみる
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朝。パチ、と目を開けると、見慣れない風景が視界いっぱいに広がっていて昨日引っ越してきたのだと理解するのに数秒かかった。
そして次に思ったのは(東北地方の冬って、こんなに寒いんだ…)だった。
はみ出た肩を暖めるように布団を引き上げて、無意識に温もりのある方に擦り寄ると最近自身の夫になった岸辺露伴が僅かに身じろいだ。
「ん…、…なんだ、寒いのか……?…もう少ししたら、ストーブを点けるから……。」
開ききらない瞼に、掠れて途切れ途切れになる声、彷徨う腕。そのどれもが普段の岸辺露伴からは想像もつかなくて、思わず胸の真ん中辺りがキュンとなって、眠気も一気に吹き飛んだ。
ぎゅ、と抱きしめられて、温かい。
…抱き枕にされている感は否めないが、暖を取れるのなら、今はなんでもいい。
スリスリと露伴の胸に頬を擦り寄せて、足も絡ませて、もはやこの温かさには一分の隙もない。
「ふ…、このままストーブを点けなかったら、ずっとこうしてくっついているつもりか?」
「露伴、起きた?布団の外がずっと寒いままなら、致し方ないかな。」
「はは。いずれ腹も空くだろうし、そろそろ点けるか。」
「わっ、寒いっ…!!」
露伴が布団から出たと同時に流れ込んでくる冷えた空気が、乱れた部屋着から覗く素肌に突き刺さる。まるで冷蔵庫にいるみたいだ。
「今コーヒーを淹れるから、部屋が暖まったら降りて来いよ。」
「…はぁい。」
しばらく布団の中でモゾモゾと部屋着を整えて温もりが残った布団に包まっていたら、コーヒーの匂いが漂い始めてきてムクリと体を起こした。
布団の外は変わらず寒くて起きたのを後悔したが、露伴が淹れたコーヒーを飲まないわけにはいかない。
ベッド脇のクローゼットから暖かそうな上着を選んで羽織って、ようやく寒さは少し落ち着いた。
「露伴、上着借りたよ…。」
「あぁ…。…ふむ、これはアリだな。」
「?…よく分からないけど、今日は上着を買いに行っていい?東北地方の寒さを舐めてたみたい…。」
「別に僕のを着ててもいいんだがな。」
「あぁ、彼シャツみたいな事?露伴、こういうの好きなんだ。」
「いや、今好きになった。君は何をしても可愛くて腹が立つな。今度本当の彼シャツもしてくれ。」
立ってコーヒーを飲みながら、いつもの調子で話す露伴。一体、どこまで本気なのだろう。
私も露伴の淹れてくれたコーヒーに口をつけて、やっとホッとひと息をついた。
「君はちゃんと変装しろ。ここは田舎だからな。目立つ奴がいれば注目されるぜ。」
「そうなの?でも、露伴も目立つじゃない。」
「僕はいいんだよ。杜王町に住んでるって公表してるからな。君はまだ、事務所の許可が出ていないだろう。」
私が寒がるからと、露伴の車でS市まで行くというのにマフラーをグルグルに巻き付けられて、おまけにニット帽まで乱雑に被せられ、逆に暑い。このまま車に乗ったら、汗をかいてしまって車を降りた時に寒いと思うのだが。
「露伴は…お腹出して、寒くないの?」
露伴の鳩尾辺りまで露出した服装は、見ているこっちが寒い。だが本人はどこ吹く風で「慣れた」と一言だけ。慣れ…私も、ここで暮らしていたらいつか慣れるだろうか?そんな事を考えながらピタ、と露伴の露出したお腹に触れると「…君の手、意外と温かいな。もしかして暑かったか?」と今度はマフラーとニット帽を剥ぎ取られた。分かってもらえて、何よりだ。
結局はバケットハットにサングラスというシンプルなものに落ち着いた。服もシンプルなデザインの服を着て、上着だけ露伴のものを借りる事に落ち着いた。それでも露伴は「いや、君のオーラがまだ」と言っていたが、そもそも露伴の持っている服やアクセサリーの主張が強すぎて、オーラを隠す隠さない以前の問題であった。派手な服を着こなす露伴は素敵だが、目立たないようにしようという時に着るにはあまりにも向いていなかった。
「君、付き合った奴に染まるタイプだろ。」
未だ納得していないような顔で車に乗り込みつつ、そう尋ねてきた露伴。話の脈絡がないが、きっと露伴の中ではさっきの話と繋がっているのだろう。私が話し出すと同時に、ゆっくりと車が発進した。
「どうだろう…言われてみたら、そうかも。私って、色んな人にならなきゃいけないし、そこに我を出したくないから。」
「…軽く聞いたつもりなんだが、意外とちゃん分析してるんだな。」
「あら、知らなかったですか?」
「…確かに、君がそういう奴なのは知っていたはずだな。」
「そういう露伴は、意外と付き合ったら甘えるタイプね。」
いや、意外でもないか、と思ったがすかさず露伴の「はぁ?」という声が返ってきた。どうやら彼は、自分はそんなタイプじゃないと思っているらしい。
「露伴先生、自己分析がまだまだ…いや、認めたくないだけですね、先生は。」
「君…最近少しずつムカつく奴になってきたな。それが素か。」
「はい。先生は、猫を被った私がお好みでした?」
「いや、よく考えたら君、前からこうだったな。そう思うと君…随分前から僕に気を許してたんだな。」
「そんな今さら…ヘブンズ・ドアでも読んでたのに、気づかなかったんですか?」
ヘブンズ・ドアを使えば、対象の事はなんでも分かるのだと言っていた。ヘブンズ・ドアの前では、嘘がつけないと。だから露伴は私の事を隅から隅まで理解しているのだと思っていた。
「でも、これから知っていけるのはいいですね。まだまだ仲良くなれる余地が残されてるって事ですから。」
「君、ポジティブだな。」
「露伴だってそうじゃない。ネガティブになったって無駄なだけ。でしょう?」
「あぁ。君のそういうとこ、僕は好きだぜ。」
不意に"好き"と言われた事で、ドキ、と心臓が音を立てた。なんて事ない言葉ではあるが、前からこうだっただろうか。ヘブンズ・ドアを使えない私には、分からない。
「ありがと。私も自分のこういうとこ、好きなの。」
あまり深く考えないように、そう答えた。