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私は生まれながら、見た目にコンプレックスを抱いた事がない。
いや、コンプレックスを抱いた事がないのがコンプレックスだ。
幼稚園に通っていた時お遊戯会ではいつもお姫様役だったし、他所のお母さんたちからもかわいいかわいいと持て囃されてきた。小学校、中学校、高校、そして大学の今まで、いつも私は輪の中心にいて守られていた。私は、なんの苦労も知らなかった。
「いらっしゃいませ〜。」
有名チェーン店のバイトもすんなり受かった。今まで何もやった事がないのにだ。結局、何事も顔が良いというだけで待遇は良いのだ。
「カフェラテホット、1番大きいのをテイクアウトで。」
「はい。アプリとかはお持ちで⋯」
レジには数人並んでいて、一人一人に時間をかけている暇はない。のだが、目の前にいる男性から目が離せなくなってしまって、数秒間、頭も体も動かなくなってしまった。
「アプリはないです⋯、あの⋯?」
訝しげにこちらを見る男性の声でハッと我に返り、慌てて意識を接客に戻した。
(すごく、綺麗な人⋯)
自分の見た目の事は分からないが、自分以外の容姿が整っているかどうかくらいは分かる。この人は、誰がどう見ても整った顔をしている。見た目で評価されたくないと思っているのに、見た目に惹かれそうになってしまっているのが悔しいが、どうにかして彼とお話ができないだろうか。彼はどんな人なのか、彼の内面を知りたい。
「なまえ、代わるよ。」
「あ⋯ありがとうございます。」
馴れ馴れしく名前を呼びレジ打ちを変わろうとしてきた先輩スタッフ。レジの流れが良くなかったのを見てフォローに来たらしいが、これはチャンスだと思い感謝を述べ、素直に代わってもらう事にした。
自然な流れで例の彼の注文を担当して、カップにマジックで"連絡先を教えてくれませんか?"と書き古典的なやり方ではあったが彼に多少の気があるのだとアピールをしてみた。
するとどうだろうか。
彼はその手描きのメッセージを見たはずなのに、ニコ、と笑顔を浮かべただけで、何事もなかったかのように踵を返し退店してしまったではないか。
この日、私は初めての敗北を味わった。
「はぁーーー⋯⋯。」
大学構内、食堂。ランチを食べ終えてから机に突っ伏し、私は先週の事を思い出していた。
あの、人生初の失恋を。
「なに、どしたん?」
「よく分かんないけど、失恋したんだって〜。」
他人事のように話すのは友人達。といっても私は特に仲がいいとか、そういう認識はない。そこにいて話しかけられるから答えているだけだ。これを友人と呼べるのかは怪しいが、向こうはそう思っているらしいので友人という事でいいだろう。
それで失恋の話だが、彼がお店にやってきたのはあの1回だけで、以降来店していないのだ。もしかしたら、私があんな事したから来づらいのかもしれない。
「!」
何の気なしに顔を上げて視線をさ迷わせると、ここ数日私の脳内を埋めつくしていたあの綺麗な顔を視界に捉えた。まさか⋯同じ大学に⋯!?今まで周りなんて見てなかったので全然気が付かなかったが、ありえない事ではない。
もしまた出会えたら、伝えたかった事がある。
ガタ、と音を立てて椅子から立ち上がり、まっすぐ彼のいる方向へ歩を進める。その間友人達は私の名を呼ぶが、止まることなく進み続け、やがて彼の座る席で立ち止まった。
「?⋯あぁ、カフェの店員さん。」
向こうも私を覚えていて、途端に笑顔を貼り付けて私を見た。貼り付けた、と思ったのは、私もよくやるからだ。彼のこの笑顔は、私のものとよく似ている。
「あの⋯ごめんなさい。私のせいで、あのお店、来づらいですよね?」
私の言葉を聞いて、彼は貼り付けた笑顔から一変し驚いたように目を丸めパチパチと瞬きを数度繰り返した。私がこんな事を言うのは意外だっただろうか?でも、もしも元々あのカフェが好きで通っていたのだとしたら、私のあの時の行動が原因で行きづらくなったのではないかと、ずっと気がかりだったのだ。
「いや、別にそんな事はない。いつも気分で変えてるんだ。」
「でも⋯その、連絡先⋯。」
私が連絡先を聞いたのに気づいていないわけがない。それにあの時確かに彼は、カップの文字を読んでいたのだ。
「⋯⋯君、僕の事揶揄ってるのか?」
「えっ⋯?」
突然彼の顔から笑みが消え、戸惑った。今までそんなに冷たい表情を人に向けられた事がなかったから、少し怖気付いてしまった。
「君みたいに綺麗な子が、僕に連絡先を聞くなんておかしいだろう。」
「ダメ、ですか?」
「そもそも、揶揄われるのは気分が悪い。そういうのはやめた方がいい。」
「あの私、揶揄ってなんか⋯。」
そこまで言ったところで、我慢できずに涙がポロ、と零れてしまった。最悪だ。ちょっとこんな事を言われただけで、すぐに泣いてしまうなんて。しかし今まで温室で育てられた私には、棘のある言葉は痛かった。
「あ、ごめんなさい⋯。」
「君⋯⋯。いや、僕の方こそすまない。」
「えっ、なまえ!?ちょっと、泣いてんの!?」
話し込んでいるのが気になってやってきたらしい友人が大袈裟に反応するので、食堂内の視線を集めてしまった。心配するフリをして騒ぎ立てて、余計な事をしないでほしい。
「違うの。私が会いたかった人だったから⋯嬉しくて。」
「えっ!もしかして、花京院くんが例の、なまえが失恋したっていう⋯!?」
「失恋⋯?」
「ちょっ、大きな声で言わないでよ。」
失恋もなにも、何も起こっていないのだから。
「⋯⋯ごめん。みょうじさん、ちょっと話したいんだけどいいかい?」
私の名前を呼びガシ、と手首を掴む彼、花京院くんは真剣な顔をしていて、また心臓がきゅ、と縮むのが分かった。こんな時に、ドキドキするなんて。
「泣かせてしまって、すまない。」
お互いしばらく空きコマだったため大学構内から出て近くのカフェまで移動し、向かい合って腰を下ろした瞬間に花京院くんは頭を下げた。先ほどとはだいぶ雰囲気が違い、形のいい眉が下がってしまっている。
「人伝に君の評判をよく耳にしていてね。その、あまり良くない話が多かったから⋯。」
「良くない話⋯?例えばどんな?」
「⋯美人だけど性格が悪いだとか、君が男に貢がせているだとか、色々⋯。人の話を鵜呑みにするべきではなかった。すまない。」
そんな事を言われる心当たりは全くないのだが。なんにしても、花京院くんに嫌われていたわけではなかった。それだけで、ざわついていた心が落ち着いて息が楽になった。
「花京院くん⋯って呼んでもいい?改めて、連絡先を聞きたいんだけど、ダメかな?」
「呼び方はなんでもいいが⋯なぜ僕に?君ほどの美人が僕に興味を持つなんて⋯ごめん、正直信じられなくて。」
「⋯⋯。」
気になっている人に"美人"だと言われたのに、素直に喜べない。こういう時、なんと返すのが正解なんだろうか?
「私⋯美人とかかわいいとか言われるの、あんまり好きじゃないの。なんか、表面だけを見られている気がして。」
「⋯そう、なのか。じゃあ言い方を変えよう。君みたいな人気者、とか?」
「⋯気を遣わせてしまって申し訳ないけど、その人気だって、私の外見が目立つから、人が集まっただけなの。だから、仲の良い人もいないし⋯。」
「⋯君、変わってるんだな。」
「そうかも。今まで私、つまらない人生だったなって思ってる。」
ちやほやされるのが当たり前で、私が泣けば大多数は味方になった。さっき友人が、花京院くんを睨みつけたみたいに。人生イージーモードだと思っていた。
「ねぇ、花京院くん。実はね、最初は花京院くんの事、綺麗な男の人だなって思って連絡先を聞いたの。けど今は⋯花京院くんは、私の見た目とか気にせず接してくれそうな気がして、気になってるの。」
「⋯綺麗か。よく言われる。」
「ごめん。私も容姿に関して言われるの嫌なのに、そう思っちゃった。」
「いや⋯別に気にしない。ただ、実感がないだけだ。⋯それで?」
花京院くんは"気にしてない"と言いながら気にしていない素振りを見せるが、どことなく嫌そうでやっぱり私と似ているのだと思った。
「だから⋯花京院くんの事、もっと知りたい。もっとお話して、仲良くなりたい。⋯です⋯。」
私は、友人が欲しい。相手から向けられる好意に、私も好意を返したい。容姿にコンプレックスを抱いている私と今の友人達では、それはきっと上手くできない。だが花京院くんならば、それができる気がしていた。
「⋯⋯それは、友達としての付き合い、と捉えて良いんだよな?」
「!うん⋯!あわよくば、そのうち、数年後とかに付き合えたらもっと嬉しいけど⋯!」
ここまで話したのだから言ってしまえ!と本音を言うと眉間に皺が寄ってしまった。うーん、今まで友達付き合いを疎かにしてきたせいか、人付き合いが下手くそらしい。
「えぇと⋯花京院くんみたいな人、なかなか出会えないから⋯気持ちが先走りました⋯ごめんなさい⋯。」
今まで生きてきて、初めてなのだ。私のコンプレックスの話をしたのも、他人に興味を持ったのも。ガッカリされたかもしれないと、すっかり萎んでしまった気持ち。断られるだろうかと黙って返答を待っていると、花京院くんが急に「フッ⋯」と小さく笑った気がして顔を上げた。
「ふ⋯⋯ははっ⋯!君、正直だな。いいよ、友達ならね。」
「っ!本当!?」
嬉しい。嬉しい⋯!今まで感じた事がないほどに嬉しくて、瞳にじわ、と涙が滲んだ。友達ができるって、こんなに嬉しい事なんだ!
「れ、連絡先⋯!交換してくれる⋯!?」
「いいよ。⋯⋯ちょっと、喜びすぎじゃあないか?」
「だっ、だって、初めての友達⋯!」
スマホに表示された"花京院典明"という文字。私の、初めての友人の名前だ。私の、宝物⋯!
万が一間違って消してしまった時のために、その画面をスクショして保存しておいた。これで、もしもの時も大丈夫!
「じゃあ、僕は次の講義があるから。またね。」
「あ、うん。ありがとう、花京院くん。」
私はもう少し、この画面を眺めてから戻りたい。
軽く手を振って去っていくのを見送って、視線をスマホへと戻す。
花京院くん、"またね"って言ってくれた。また、お喋りのために会ってくれるという事だと解釈していいだろうか?私と花京院くんは友人なので、何もおかしな事ではないはずだ。
これからの大学生活どころか、これからの人生に、希望が見えてきた。私にとってこの連絡先には、それほどの価値がある。
とりあえず今日のバイトは、いくら忙しくても頑張れそうだ。