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「典明〜1晩泊めて〜。」
夕食後、この後はシャワーにするかゲームにするかと悩みながらあと片付けをしている最中に部屋に響いたインターホンの音。この時間の訪問者は嫌な予感しかしなかったがやはりそれは予想通りで、ドアのスコープから見えた顔にため息をついた瞬間に聞こえたのが、さっきのセリフだ。
仕方なくドアを開けてやるとヘラヘラと笑っているこの女はみょうじ なまえ。恋人でもないのにこうして泊めてくれとやって来るのはもう何度目だろうか。
「君…まさかとは思うが、また1人で行ったんじゃあないだろうな?」
「んー、行ってきちゃった。今日はどうしても打ちたいやつがあったんだけど、典明、今日5限目まであったでしょ?」
「そうだな。」
「明日給料日だし、今日は必須科目ないし、新台だし、行かずにはいられないじゃない?」
「ハァ……おい。僕との約束を忘れたのか?なんのための約束だ。」
彼女は頭が悪いくせにスロットを打ちたがるろくでなしだ。女性にそんな言い方はしたくないとは思うが、彼女を説明するのに必須なのだ。これが何度注意しても治らないので、自分がいる時でないと行ってはダメだと約束したのがつい先週の事だったはずなのだが、こうして泊めてくれと言ってくるあたり僕に言わずに何度か行ったに違いない。
こうやって説教されているというのに相変わらずヘラヘラしているマヌケ面を見て、頭が痛くなってきた。
「とりあえず入って。話はそれからだ。」
「ありがと〜!お邪魔しま〜す。」
「僕はもう夕食を食べ終わったところなんだ。腹が減ってるならそこに入ってるインスタントラーメンでも食え。」
「典明、インスタントラーメンなんて食べるの?」
「食うわけないだろ。先月君が置いてったやつだよ。」
「…私、先月も来たっけ?」
普段友人の家を点々としている彼女が記憶を遡っているのを放っておいて、シャワーを浴びるために洗面所へと向かう。いつもお金が無くなって帰れなくなった時は女友達のところに行っているらしいが、その友人が彼氏が来る日だとか彼氏の家に泊まる日はこうして僕のところにもやってくる。迷惑な話だ。もっと迷惑なのは、こんな碌でもない彼女の事を放っておけない、僕の性格だ。多分これは彼女の事を好きという気持ちなんだろうが、あんな奴のに惚れた自分が信じられない、信じたくなくて、腹が立つ。
「ねー典明、次はいつ一緒に行ける?典明と行くと勝率がいいから、一緒に行きたいんだけど。」
「はぁ…。分かった。明後日ならいいから、明日は行くなよ。」
「本当?典明が一緒に行ってくれるなら、明日は我慢する。ありがと〜!」
そう言って笑顔を浮かべキスをしてくる彼女は、僕の事をなんだと思っているんだろうか。明後日一緒に行くと約束したのも、僕はデートだと思っているが彼女は違うだろう。本当、腹が立つ。
「待て。先にシャワーに行ってこい。君、煙草臭いぞ。」
「はぁい。」
首に腕が回されたところで、彼女を制止して体を離した。この家には少なくはあるが、前に置いていった彼女の私物がある。それを取り出して手渡したところで「あぁこれ、先月の。思い出した」と言うので「遅いぞ、バカ」と暴言が飛び出した。本当、バカ。ムカつく。
ガチャ、と洗面所のドアが開く音がして、やがて背中に柔らかくて温かい感触。彼女は平気でこういう事をするので慣れてきたが、腹は立つので視線はテレビのゲーム画面を見つめたままだ。
「典明、シャンプー変えたの?これ、めちゃめちゃサラサラするしいい匂いなんだけど、いくらするの?」
「あぁ、それは美容院で買ったやつだから君には買えないぞ。残念だったな。」
「えー。毎日典明の家でお風呂に入ろうかな。」
「僕だって毎日忙しいんだ。迷惑だからやめてくれ。」
本当は彼女からこの匂いがしてきたらいいと思って買ったのだが、1ヶ月近くここにやってこなかったのでもうすぐ1本使い切ろうというところだった。もっと早く来いよ、バカ。
「典明に彼女ができたのかと思って焦っちゃった。」
「…はぁ?」
焦った、とは?僅かな期待も込めてゲームする手を止めて彼女を見たが、彼女からの返答はやっぱり僕をさらに苛立たせるものだった。
「だって、典明に彼女ができたら、こうしてここに来るわけにはいかないじゃない。」
「……あっそ。」
そもそも恋人でもない男の家に泊まりにくるのもおかしな事なのだが、変なところで律儀というか常識的というか。
「君は誰かと付き合わないのか?」
「私?うーん…今は恋愛するより遊びたいかなぁ。」
「へぇ…。」
「それに、誰かと付き合ったら典明とこういう事できないじゃない。」
「…なに、っ!」
ゲームの電源を落とすのを見計らったように首に絡みつきキスを落とされて、思わず肩が跳ねた。
「なまえ。」
「典明の髪も、いい匂いだね。」
既にスイッチが入った彼女を見て、僕のスイッチも入ったのが分かった。悔しいが、1度入ったスイッチを冷静に戻せるほど、僕は大人じゃあなかった。
「じゃあ、ありがとね〜、典明。」
「あぁ。今日また勝手に行ったら、2度と一緒に行かないしウチにも泊めてやらんからな。」
「はぁい。また明日ね〜。」
次は、いつ来るだろうか。また1ヶ月後か、はたまた半月後か、来週か。また彼女を心待ちにしている自分が、意気地なしで情けなくて、大嫌いだ。
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