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▽4部生存院/スタンド使い夢主
(どうしよう…っ!)
内心、私はとても焦っていた。
久しぶりに何もない休日という事でS市まで行ってウィンドウショッピングでもしようと1人で電車に乗ったのだが、S市でなにか催しでもあるのか電車は満員。まぁ、ここまではいい。事前に調べなかった私が悪い。だが今のこの状況は、事前に調べていたところでどうしようもなかっただろう。
最初は、気のせいかと思っていたのだ。電車が揺れる度に私の体に当たっていた何かは、度々離れていっていたから。しかし、これはいくらなんでもじゃないだろうか。
人の手だ。知らない人の手が、私のお尻を撫でている。満員電車ゆえに離れる事もできなければ身動きも取れない。捕まえるにしたってこの人混みではもたついてしまって相手を間違えてしまいかねない。なにより、こんな事を平気でするような人を相手にするような度胸は、私にはない。
(誰か、助けて欲しい…!)
咄嗟に私ができたのは、隣の人に気づいてもらおうと袖を掴む事くらい。そのお陰で気づいてもらえたのはいいが、不安と恐怖で俯いたまま声が出せないでいると「なまえさん」と名前を呼ばれた。
見ると知らない人だと思っていた人物は花京院さんであり、優しい笑顔でこちらを見下ろしていた。
「痛ってぇ…!」
突然背後で大声を上げられて体がビクッと跳ね、体に触れていた手も離れていった。恐る恐る振り返ると花京院さんの手が男の人の手首を掴んで…いや、捻りあげていて、当の花京院さんは表情ひとつ変えずに「大丈夫?」と私を見下ろしていて頭が混乱した。
「か、花京院さん…、ありがとうございます…。」
硬くなった喉からなんとか声を絞り出して感謝を述べるとポンポンと頭を撫でられ、おまけに「うん。怖かったね。よくがんばったね」と子供を褒めるみたいに言うのでようやく安心できて涙が少し出てきた。
「離せよ!なんなんだよお前!」
腕を掴まれたままの男が未だすぐ側で大声で抗議の声を上げているが、花京院さんは笑顔を崩さずに腕を掴み続けている。ギリギリと音が聞こえそうなそれはとても痛そうだか、空条さんに比べると細身に見える花京院さんも相当力が強いらしい。
「君、この子の体を触っていたよね?次の駅で降りてもらうからな。」
ス、と私と男の間に体を割り込ませてそう告げる花京院さんの背中越しに見えた男の顔はみるみるうちに青ざめていき「ハイ…」と蚊の鳴くような小さな声で返事が聞こえた。…普段優しい人が怒ると怖いって言うもんね。
「あ…花京院さん。」
「なまえさん。」
「先日は、ありがとうございました。」
あの日以来の花京院さんとの再会。あの後は結局買い物へ行く気にはなれずそのままトンボ帰りしたのだが、なんと心配した花京院さんに自宅まで送ってもらったのだ。
本当、感謝してもしきれない。
「花京院さん、今お時間ありますか?良ければお礼にランチでも如何ですか?」
「お礼なんて気にしなくていいけど、僕もちょうどランチに行こうと思ってたんだ。そこのカフェに行こう。」
この前も思ったが、花京院さんは女性の扱いが上手だ。とにかく優しいし、接し方がとても丁寧で。そんな事を当たり前にやるのだから、女性にはとてもモテるんだろうな、と簡単に察しがつく。花京院さんと付き合えたら、さぞ幸せなのだろうとも思った。
「私、変な人にばっかり好かれるんですよね…。」
「と言うと?」
「痴漢の被害に遭ったのもこの前のが初めてじゃないんです。それに、露出狂とかストーカーとか。」
「それは…災難だな。」
「すみません。こんな話、楽しくないですよね。」
「本当、デートでする話じゃあないんじゃあないか?」
聞こえてきたのは花京院さんの声ではない。この声、この言い方は。
「露伴先生。」
私達の会話に割り込んできたのは、食事を食べ終えた様子の露伴先生だ。スタンド使いが集められた際に知り合ってから何かと絡まれるようになったのだが、この人にもなぜか好かれているのだ。
「デートじゃないです。花京院さんにご恩があって、お礼にお食事に誘ったんです。」
「ふ…女性と2人で食事したら、僕はデートだと思うけど。」
「えっ、そうなんですか?すみません。私、そこまで考えてなくて!」
「そうだろうなと思った。冗談だから、気にしないでくれ。」
もしかして私いま、からかわれた?
花京院さんが楽しそうに笑っているのを見て、思わず心臓がドキリと音を立てた。
「花京院さん、冗談とか言うんですね。」
「ふふ、たまにはね。君がかわいい反応をするから、癖になるかもしれないな。」
「もう!からかわないでください!」
「なぁなまえさん。次はいつ来られる?」
話をぶった斬るように放たれた露伴先生の言葉。なんだか機嫌が悪そうな顔になっているが、生憎その理由は分からない。
「次って?」
「たまに、露伴先生のデッサンのモデルになっているんです。」
「へぇ…。」
今度は花京院さんまでもが微妙な顔になってしまった。という事は、原因は…私?
「えぇと、来週の金曜日でしたら…。」
「来週の金曜日だな。分かった。その日は僕も空けておくから、いつもの時間にな。」
「はい、分かりました。」
さっきよりもいくらか機嫌を直して、露伴先生は去っていった。何に機嫌を悪くしたのかは結局分からないが、最後には少し機嫌を直していたのでまぁ、いいか。
「君が変な人に好かれる理由が、少し分かった気がするよ。」
「えっ。」
今の露伴先生のやり取りで?
視線を前に戻すと、花京院さんは既に運ばれてきた食事に箸を伸ばしているところで、私も慌てて手を合わせた。花京院さんは忙しいんだから、ダラダラ時間をかけるわけにはいかない。
「君、誰にでも優しいだろう?」
「優しい…でしょうか?それを言ったら、花京院さんも優しいですよ?」
「僕は、誰にでも優しいわけじゃあない。」
そうだろうか?私が見る花京院さんはいつも優しい。仗助くん達にも優しいし、露伴先生に対しても優しく接している気がする。そもそも優しくない花京院さんなんて想像がつかないが…この前の電車で花京院さんの背中越しに見た男性の怯えようを思い出した。
「優しい事は悪い事じゃあない。むしろいい事だ。だけどね、世の中には優しくしちゃいけない人間もいるんだよ。」
「…そう、なんですか?」
「ストーカーなんていい例だ。優しくした事で"もしかしたら自分に気があるのかも"なんておかしな思考回路をした奴がそういう事をする。」
「花京院さんはそういう人を見極めて、態度を変えてるって事ですか?」
「さすがに僕もそこまではできないよ。けど、僕には戦う術がある。もし間違えたとしても力で従わせる事ができるんだ。だけど、君はどうだい?」
確かにそうだ。花京院さんにはハイエロファントグリーンがいる。対して私は、スタンド使いとは名ばかりで戦いはできない。それに、力だって人並みだ。
「この前は僕が居合わせて良かったけど、こういう事がたくさんあると聞いて、決心がついたよ。」
「?決心、ですか?それって、なんの…。」
コト、と花京院さんがコップを置く音がなにかの合図かのように私達の間に響いた。なんだか緊張感を覚えて花京院さんを見ると微笑んではいるがまっすぐこちらを見ていて、その瞳から目が離せなくなる。
「君の事を、僕に守らせてはもらえないだろうか?」
「え、と…守るって…?」
「君の身はもちろん、心もね。」
抽象的な事しか言ってくれなくて頭が混乱してくるが、心臓はドキドキと音を立てている。これって、この雰囲気って、もしかして…?
「僕は、誰にでも優しいわけじゃあないと言っただろう?君に優しくしているのは、君が僕の事を好きになっても構わないと思っているからなんだが。」
ここまで言ったら、分かるかい?と念押しするように顔を近づけて言うので、途端に顔に熱が集まったのが分かった。つ、つまり、そういう事…!?
「僕は好きでもない子に思わせぶりな事はしないよ。それに、好きな子はとても大事にする。」
「あ、あの…花京院さん…。」
なぜ、ただこの前のお礼にランチに誘っただけなのに、今こんな事になっているのか。いつの間にかそっと重ねられた花京院さんの手。その下にある自分の手が熱を出したかのように熱い。恐らく、耳や頬も同じくらい熱いだろう。
「じゃあ、僕はこの後仕事があるから。ご馳走様。」
「あっあの!」
「あぁそうだ。」
席を立った花京院さんを呼び止めようと私も立ち上がると、花京院さんが思い出したように踵を返して、
「露伴との約束はキャンセルしてくれ。僕の方から連絡しておくよ。」
と、それだけを言い残して今度こそ去っていってしまった。
いい逃げなんて、狡い。
それに、気が付かなかったが伝票を持って行ってしまったらしい。これではお礼にならないじゃないか。
またお礼に誘わなくてはならないが…。
「次会う時、どんな顔して会えばいいの…?」
ひょんな事から力づくで意識させられる恋心。その恋が実るのは、そう遠くない未来の話である。