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季節は過ぎ、早いものでもう2月。
花京院先輩含めた3年生は先週からお休みに入り、屋上でお昼休みを過ごすことはなくなってしまった。元々はそれが普通だったのに、これがまた寂しいのだ。
その代わりといってはなんだが、帰りにあのゲームセンターで会うようになった。会うようになったというか、花京院先輩が私の下校時刻にそこにいるようになったと言った方が正しい。1度「先輩、そんなに私に会いたいんですか?」と聞いたらめちゃめちゃ顔を顰められたので、あくまで偶然という事になっている。
「花京院先輩っ。」
ヒョコ、といつものゲーム機から顔を覗かせると、チラ、とこちらに視線を寄越し「君か…少し待っててくれ」とだけ告げてゲームモニターに戻っていった。クールな視線が堪らなくかっこいい。
最近の定位置となった先輩の隣に腰掛けてその様子を眺めていると「今日は、何かあったか?」とプレイ中にも関わらず話題を提供してくれた。いつもそうしてくれるので慣れたが、その間も視線はモニターに向いているし手元は狂わないので素直に感心する。
「今日は、また告白されました。知らない人でしたけど。」
「何?」
「わぁ!前見てください!」
一瞬顔ごとこちらを向いた先輩の顔が近くて、心臓が大きな音を立て始めた。せっかくこんなに近くにいるのだからと、前に向き直った先輩をこっそりそのまま眺める。近くで見てもかっこいい。というか、肌も綺麗で羨ましい。それに、睫毛も長いし。
「相変わらず、君はモテるな。」
「先輩には言われたくないです。今日、先輩の下駄箱、チョコレートでいっぱいでしたよ。」
「…もしかして、その紙袋は全部チョコレートか?」
「はい。あのままにしておくわけにはいきませんし、かといって勝手に捨てるのも申し訳ないので、一旦持ってきました。教室の机やロッカーもすごそうですね。」
「はぁ…。本人がいなくても置いていくのか。明日、教室も見てきてくれないか?」
「先輩の席って……あぁ、見たらすぐに分かりそうですね。」
「あぁ、頼むよ。よし…行こうか。」
プレイを終えた先輩が立ち上がるのに合わせ、私も立ち上がり先輩に着いていく。向かう先は特に決まっていない。駅の近くなので寄り道し放題で、毎日こうしてデート(先輩は否定するけど)を楽しんでいる。
「先輩。私からのチョコレート、受け取ってくれますか?」
「…君からは、ないのかと思ってたよ。」
「ふふ、待ってました?」
「正直…。君の作るお菓子は美味いからな。」
「ありがとうございます。」
母がケーキ屋さんで良かった。望んでいた答えとはちょっと違ったけど、私の手作りのお菓子を褒めてもらえたのは純粋に嬉しい。
鞄から取り出したのは、昨日丁寧にラッピングしたチョコレート。母に教えてもらいながら1人で作ったもの。今日は、バレンタインだから。
「ありがとう。小腹が空いたから、いま食べてもいいか?」
「はい。」
近くの公園のベンチに隣同士で腰掛ける。なんだか、少しばかり緊張する。
しばしラッピングされた箱を眺めた先輩がリボンを解くのを、ドキドキしながら見守っていると「美味そうだな」と一言。とりあえず、見た目はクリアだ。
「生チョコです。楊枝も入れたので、それで食べてください。」
「……うん、美味しい。」
チョコレートを口に入れてふわ、と柔らかい笑みを浮かべる花京院先輩を見て、ドキドキが加速した。その笑顔はずるい!
「良かったぁ!お口に合わなかったらどうしようかと思ってました。」
口にあってよかった、と内心ホッと胸を撫で下ろすと、持ち上げた箱の底からカードが落ちて先輩の手の中に収まった。昨日の夜、書いたもの。
「ん、メッセージカードもあったのか。……君、好きです以外にパターンはないのか?」
「ストレートに伝えたい派なんです、私。先輩、好きです。」
「あぁ、知ってる。」
「ふふふ…良かったです。」
なんか、幸せだな。もしも、…もしも卒業式の日に改めて振られたとしても、私はきっと、花京院先輩と一緒に過ごした高校生活を忘れる事はないだろう。それくらい、この1年間は幸せな時間だった。
「そろそろ帰ろう。送っていくよ。」
「…はい。いつもありがとうございます!」
もしかしたらあと1ヶ月後には終わってしまうかもしれない切なさは、今は気づかないフリをした。
いよいよ、卒業式当日。私と花京院先輩の、約束の日だ。今日は私達の関係が変わる日だと思うと朝から上の空だったが、先輩の名前が呼ばれた瞬間に昼休みに花京院先輩とたくさんお話した記憶が思い起こされて涙が出た。私達がどうなろうとも、もうあの時間は戻ってはこないのだ。
その卒業式も恙無く終了し、ちらほら帰宅する人達も出てきた頃。
先輩とは特に会う約束もしていないので校内を歩き回って、人集りのいるところを探して歩くと、中庭の桜の木の下に人の群れを見つけた。その中心には赤い髪の毛がチラリと見えて、やはりあの中にいるのだと分かったが…ここからどうしようか。とりあえず様子を見ようと近づいたが、中々に周りが騒がしく、声を掛ける隙がない。
「花京院くん!卒業おめでとう!」
「第2ボタン下さい!」
「私も欲しい!」
先輩の第2ボタン…私だって欲しい!!というか、学ランごと欲しい!!
「ごめんね。ボタンはあげられないんだ。ありがとう。」
「か、花京院先輩!」
人だかりの中心で王子様スマイルを浮かべる先輩を大声で呼ぶと、どうやら声が通ったらしくみんなの視線がこちらを向いた。あれじゃいつまで経ってもお話できないと思ったのだが、これはこれで居心地が悪い。
「なまえ。…ごめん、通してあげてくれるかな?」
突然名前を呼ばれて心臓がドキリと跳ねた。いつもは"みょうじさん"と呼んでいたのに急に呼び捨てにするなんて、一体どんな意図があるのだろうか。
「遅かったじゃあないか。」
「えぇと、特に約束してなかったので、探してましたよ。」
周りの女子生徒達の視線が痛い。花京院先輩に名前を呼ばれ、中央まで歩みを進めてきた女がいるのだ。気持ちは分からなくもない。
「僕は、君を待ってたんだ。今日は、約束の日…だからな。」
「そう、ですね…。」
「……今、ここで言ってくれないか?」
「えっ?今、ここで、ですか…?」
「うん。」
周りの生徒達は「約束?」「言うって何を?」と、先ほどとは違うざわつきようで、こちらの会話を聞き漏らさないようにしているみたいだ。ここで話すのは、さすがの私も勇気がいる。
花京院先輩はというと王子様スマイルを崩さずにじっとこちらを見ていて、私が言うまでこうして待つつもりなのだと悟った。この状況で振られたら、私はきっと不登校になるのだが。
もう、腹を括るしかないみたいだ。
意を決して、ゆっくりと息を吐いて、すぅ、と息を吸い込んだ。
「花京院先輩。…好きです!大好きです!私と結婚してください!」
「…ふはっ…!…うん、いいよ。」
「……えっ…!?」
先輩が、口元に手を当てて笑っている…?いや、それよりも、今、花京院先輩は、なんと言ったんだ…?
「あの、よく聞こえなくて……。もう1回聞いてもいいですか…?」
私の聞き間違いかもしれない。プルプルと震える手を胸の前で組むと、先輩はその私の手を両手で優しく包み込んだ。
「いいよ、って言ったんだ。…今度は聞こえたか?」
「!!」
キャーーー!!と、辺りに生徒達の絶叫が響き渡る中、私は1人涙を流した。別に諦めていたわけではないが、本当に承諾してもらえるなんて、夢みたいだ。
「せ、先輩〜!」
「君は本当にすぐ泣くな。ほら。」
何度か借りた事のある先輩のハンカチが目元に押し付けられて、先輩の匂いが香ってくる。それが余計に涙を誘発させる。
「先輩、好きです。先輩とお昼食べられないの、寂しいです。卒業、しないでくださいっ…!」
「無茶を言うな。…でもまぁ、僕も寂しいよ。」
「…嬉しいです、先輩…。…あの、第2ボタンは貰えたりとか…。」
「いや…この学ランごとあげるよ。君なら欲しがりそうだなと思ったんだが、どうかな?」
「ほ、欲しいです!!」
いつの間にそんな事まで把握されていたのだろうか。少し、いや、かなり恥ずかしい!
バサ、と肩に掛けられた学ランからは紛れもなく花京院先輩の香りがして、このままだと酔ってしまいそうだ。
「ハンカチも、あげるよ。ついに手にできて、良かったな。」
「うぅ…はい…!」
心臓の音が煩いくらいに鳴っているが、私、明日死ぬどころか今日死ぬ?いや、でも、花京院先輩が結婚を許してくれたのだから、死ぬわけにはいかない。生きなければ!
「花京院先輩!私と結婚してください!」