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年度が変わり、5月になった。結局、彼女が卒業しても何も変わらなかった。僕があの時、受け入れなかったからだ。
変わったことといえば、彼女は大学生になり、堂々と僕の車に乗れるようになった事と、こうして堂々と家に来るようになった、という事ぐらいだろうか。
「露伴先生、おはようございます。昨日は遅くまでお仕事してたんですか?」
「おはよう…。君、なんでいるんだ?」
「鍵、開けっ放しでしたよ。田舎だからって、駄目じゃないですか。」
「あぁ、あの時か…。」
昨日は夕方頃に良いネタが思いついて、帰ってきて早々仕事部屋に籠りきりだったのだ。鍵を閉め忘れたのはきっと、その時だ。
「寝起きの露伴先生、なんだかかわいいですね。好きです。」
元々血色の良い頬をピンクに染めてふにゃ、と笑う彼女は誰がどう見てもかわいい。無論、僕だってかわいいと思っている。いつだってそうだ。だけどいつもいつもかわいいと思った瞬間に"僕のこれは恋なのか、恋じゃないのか"という考えが頭に浮かんで、自分で自分を動けなくしていた。
「…先生、少しだけ、抱きしめてもいいですか?少しだけ。」
「…駄目だ。」
「なんでですか?私、もう高校生じゃないですよ。」
「…未成年だろ。」
「えぇ…せっかく卒業したのに、今度はそれですか…?」
本当、我ながら面倒な奴だと思う。客観的に見たら最低な男だって事も分かってはいるのに尚も彼女を付かず離れずの距離でキープしているのだ。なんて奴だ、と自分で自分に軽蔑する。
「じゃあ、手を握ってもいいですか?」
「手ぐらいなら、別に構わんが…。」
「やったぁ!私、露伴先生の手、好きなんです。男性にしては細いのに、ちゃんと男の人の手をしてて、ドキドキします。」
そう言って触れてくる彼女の手は柔らかく、そして温かかった。とても、女性らしい手。僕の手と違ってなんの苦労も知らなそうな薄くて柔らかい皮膚。それが彼女そのものを表しているようで、生まれて初めて、人を守ってあげたいと思った。
「…もう終わりだ。僕はもう1回寝る。」
自分の気持ちが少し垣間見えて、慌てて手を離して彼女と距離を取った。急に手を離したというのに、彼女は大して気にしていない風に笑顔を浮かべているのを見て安心している自分がいる。
「1人で眠れますか?添い寝しましょうか?」
「バカか君は。一発アウトだ。」
「じゃあ、ここで膝枕。」
「それも普通にアウト。…だが、そうだな…。」
「本当にここで寝るんですか?私、避けますよ。」
「いいからそこにいろ。君はそこに座ってるだけでいい。」
二人掛けのソファに横並び。我ながらなんて女々しい事をしているのだろうかと若干呆れるが、彼女の傍にいればなんとなく、よく眠れる気がしたのだ。
「露伴先生…頭のそれを取るとますますかっこいいですね…。好きです…。」
「…それはもう分かったよ。」
「はい…おやすみなさい、先生。」
気を遣って小声で喋る彼女の声が心地よく、部屋の中も暖かいし、彼女からはいい匂いがするし、案の定眠気はすぐにやってきた。
なんて平和な日常なのだろうか。もし彼女と結婚したら、こんな日常を過ごすのかもしれないな、と考えたところで、思考が停止した。
梅雨が明けて暑い日が増えてきた7月初め。
当たり前のようにアポなしで僕の家に来た彼女は普段よりも暗い表情をしており様子がおかしかったのだが、彼女から発された言葉を聞いて、それは僕の方まで伝染してきた。
「露伴先生…テスト勉強で忙しくなりそうで、しばらく会えないかもしれません…。」
「…そうか。別に僕らは付き合っているわけじゃあない。僕の事は気にするな。」
あまりに冷たい反応だっただろうか。彼女に会う前までの僕ならそう言っていたはずだが、なんだか違和感を覚えた。気持ち悪い、違和感。
「そう、ですね…。でも、私が先生に会えなくて寂しいです。」
"そんなの僕だって"。そう頭に浮かんだのに、口にする事ができない。それが僕だ。僕の、僕自身の、最近嫌いになってきた一面。
彼女の寂しそうな、少し傷ついたような表情を見てさすがに僕にも罪悪感が生まれた。梅雨は明けたっていうのに、ジメジメしている。
「君、夏休みの予定は?」
きっとテストが終われば夏休みが来るはずだ。大学生の年間スケジュールなんて知らないが、時期的にはそうなんじゃないかと思い至り、話題転換のためにも彼女に聞いてみた。
「特にこれといってないですね…。…露伴先生と過ごしたいですけど。」
チラ、と上目遣いでこちらの様子を伺う彼女はやはりかわいい。だが"駄目だ"と言わなければと考え、はたと思考が止まった。
きっと僕は、彼女の事が好きだ。もう、それは認めよう。彼女に触れられれば女性として意識するし、笑ったり、今みたいに上目遣いをされるとかわいいと思ってしまっている。これは、彼女に恋をしていると言っていいだろう。
そして、彼女も僕の事が好きなのだ。
今まで彼女が未成年だからと先に進むのを躊躇っていたが、彼女はもうすぐ19で、僕は21になる。たった2歳差。高校生なら1年生と3年生。なにも、気にする事なんてないんじゃあないか?僕は今まで、一体何を気にしていたんだ。
「あの、露伴先生…?やっぱり、駄目、ですよね?」
急に黙った僕を見て、彼女は不安そうな表情を浮かべている。違う、そんな顔をさせたいわけじゃあない。
「その"先生"っていうの、そろそろやめにしないか?」
「え…?」
「僕は君の先生じゃあない。"先生"呼びをやめると約束できるのなら、夏休みの間、ここへ滞在するのを許可しよう。どうする?なまえ。」
「!!」
口元を抑えて後退る彼女は、頬を染め、瞳を潤ませて、感激している、という言葉がピッタリの反応を示した。ここまで喜んでくれると、僕も嬉しくなってくる。
「あ、あの…、もう一回…もう一回名前を呼んでください…。」
「あぁ、何度だって呼んでやるよ。なまえ。」
「ッ…!露伴、先生…!」
もう一度名前を呼ぶと彼女はソファにへたり込みポロポロと涙を流しはじめた。さすがにそんなに泣くとは思わなかったので、潤みかけていた僕の涙は引っ込んでいった。
「おい、先生はやめろって言っただろ?それに泣くなよ。僕が泣かせたみたいじゃあないか。」
「先生が泣かせてるんですよ…!うぅ…露伴先生…、テスト期間中に練習してくるので、今はまだ許してください…!…先生…好きです…っ!」
「あぁ、分かった、分かったよ。」
「私と結婚、してくれますか…?」
「それはまだ先だ。少なくとも、君が大学を卒業してから、だな。」
「それって婚約者って事ですか!ねぇ、先生!」
まったく、気が早い子だな。しかしやはり、悪い気はしない。それは普段感情の起伏が少ない彼女が、こうして涙を流しながらも喜んでくれているからだろうと思う。
「…今まですまなかった。予定より遅くなってしまったが、夏休みに入ったら恋人を始めよう。そのためにはまず、テストに集中してくれ。」
「ふふ。夏休みの予定に、"恋人"って書いておきますね。先生に応援してもらえたら、テストがんばれそうです。」
涙で濡れた顔で笑顔を浮かべる彼女は、いつになく綺麗だ。今この瞬間を描いておいて、忘れたくないという程に。