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▽露伴視点
「あ、岸辺露伴先生。」
原稿を仕上げた息抜きにどこかへ行こうと駅へと歩みを進めていると不意に名前を呼ばれ、声の主を探すべく視線を動かすと1人の人物がこちらを見ているのと視線が交わった。
この近くのぶどうヶ丘高校の制服を身に纏っている少女。"先生"と呼んだという事は僕の漫画のファンだろうか。
「君は…ぶどうヶ丘高校の生徒だな。」
「はい、3年生です。杜王町に住んでるって聞いて、いつか会いたいと思ってたんです。私ずっと、露伴先生が好きで…。」
両手を合わせ少し俯いたその顔は、高校生特有の子供から大人に成長している途中とでもいうべきか、幼さがありながらも妙に色気が感じられる。
それにたった2歳しか変わらないのに、仗助なんかとは違って落ち着きがある。
「そうか。ありがとう。」
「…あの、これからも見かけたらお声がけしてもいいですか?あと、握手してください!」
「あぁ、構わないよ。」
僕の言葉を聞いてパッと笑顔を見せる彼女はまるで恋する乙女のように頬を桃色に染め上げている。本当、恋をしているみたいに。
「露伴先生がファンに優しいって、本当なんですね。ますます好きです。先生、私と結婚してください。」
「…は?」
あまりに自然な流れで"サイン下さい"と同じようなテンションで紡がれた言葉。
理解できない言葉を聞いて、握手のために伸ばした手を両手で掴まれ、咄嗟に振りほどく事ができなかった。
「あ…いや、私が卒業したら、ですよ?」
「…いや、そこじゃあないだろう。よく知りもしない男に求婚なんてするんじゃあない。」
「私、露伴先生の事は結構知ってますよ。」
「そういう事でもない。僕と君は今日ここで初めて会った。違うか?それに、メディアに出ている僕が全てじゃあないんだぞ?」
「ふふ、そうですね。こうして実際お会いしてみて、ますます好きになりました。」
話が通じないタイプか。いや、通じてはいるのだろうが、恋に恋している感が否めない。憧れを恋と勘違いしているタイプか。
「好きと言ってくれるのは有難いが、僕は今、誰かと付き合う気はないんだ。諦めてくれ。」
「…分かりました。私以外の誰とも付き合う気がないというのなら、今は諦めます。」
「それは諦めたとは言わないんじゃあないか?」
一見諦めがいいように見えて全然諦めてはおらず、諦めは悪いようだ。少々面倒くさそうなところが、友人の恋人を連想させた。
「露伴先生、私、みょうじなまえっていいます。私しつこいので、岸辺なまえになるまで付き纏いますよ。覚悟しておいてくださいね。」
その笑顔は不純物のない綺麗な笑顔で、意図せず彼女の魅力をひとつ知ってしまったと思った。
「露伴先生〜!今日も好きです!」
「また君か…。」
それから数ヶ月後の9月。毎日、とまではいかないが、彼女は僕の姿を見つける度に大声で名前を呼び、所謂愛の告白を続けていた。よくもまぁ、飽きないものだな。
「露伴先生、今日も会えましたね。これって運命でしょうか?」
「前に会ったのは3日前だろう。それくらいじゃあ運命というには足りないんじゃあないか?」
「そうですか?じゃあ私、毎日会えるようにがんばります。」
「そこはがんばるところじゃあない。」
「ふふ、露伴先生、今お時間ありますか?もし良かったら、一緒にカフェでお茶でも。」
「あぁ、別にいいぜ。自分の分は自分でな。」
この数ヶ月で、たまにお茶をするくらいの仲にはなった。彼女はそれをとても喜んでおり、その姿を見て自分自身も悪い気はしないな、とは思い始めている。自分に好意を寄せる人との会話はやはり気持ちがいいからだ。別に僕が彼女を好きになったとか、そういうわけじゃあない。
「君さぁ、学校一の美女なんだって?」
「…そうなんですか?」
「あぁ。君と同じ高校に通っている友人に聞いたよ。」
つい3日前に彼女との会話を終えて別れたあと、突然現れた康一くんが慌てたようにそんな事を言っていた。確かに彼女は整った容姿をしている上に大人びていて、遠目から見てもかなり目立つ。目を伏せた時なんかは正直、絵になるな、なんて思っていた。
「そんな美女に会う度に言い寄られて、露伴先生はどんな気分ですか?」
「変な奴だなと思ってるよ。」
「あはは、それは"気分"じゃなくて感想じゃないですか。」
「そうだな。」
「簡単には教えてくれないところも好きです、先生。」
「それはさっきも聞いたぞ。次までにもう少しバリエーションを増やせ。」
お茶も飲み終わった事だし席を立つと、彼女も嫌な顔ひとつせずそれに倣う。そういえば「もう少し一緒にいたい」なんて言われた事がない。そういうところが、彼女は本当に僕の事が好きなんだろうか、と疑わせる要因になっている気がするのだが、彼女は気づいているのだろうか。
次に彼女に会ったのは2日後。休日で私服姿の彼女に最初は気が付かなかったが、目を引く容姿と嬉しそうに「露伴先生」と呼ぶ声で彼女だと気が付いた。
「みょうじくん。君、今からどこかに出かけるのか?」
「?いいえ。露伴先生に会えないかなって思って外に出ただけです。…もしかして、私服姿の私、かわいいと思って貰えましたか?」
「いや…かわいいというか…。」
これをかわいいというのは違う気がする。
制服姿ではない彼女はやはり同年代の女性に比べて大人っぽく、20歳といっても頷ける。それに髪型もアレンジされて、恐らく色付きのリップも塗り、品のある色気が出ていて正直グッときた。
「私、露伴先生にかわいいって思われたくて、毎日がんばってるんです。そうだ先生。今日、新しいフレグランスをつけたんですけどどうですか?」
「!…あぁ、いいんじゃあないか?君に似合ってる。」
突然距離を詰められて驚きつつも、口から出たのは僕にしては珍しく本音だった。言った後に自分でも驚いたが、不思議と嫌な気もしない。なぜだか、彼女といる自分は、普段の自分と同じではいられなくなっているような気がしてくる。
「露伴先生は、今日はどこかに行かれるんですか?」
「…あぁ、少し買い出しにな。…暇なら、着いてくるか?」
「えっ。…いいんですか…?」
「僕から誘ったんだから、決めるのは君だろ。あぁ、ちなみに僕は今日車なんだ。」
「車!?い、行きます…!連れてってください!」
「ふ…、誰も乗せてやるなんて言ってないぞ。君を乗せると後々ややこしくなるから、バスで来てくれ。」
「…先生の笑顔が見られたので、なんでもいいです。先生、好きです…。」
彼女に言われて思い返してみると、僕は彼女の前で笑顔を見せた事はなかったように思う。普段からにこやかな方ではないが、彼女に対して疑いを持っていたからだろう。
むしろ、いつも感情があまり読めない彼女の方が表情を崩したことの方に興味が出た。偽りの笑顔を浮かべている訳でもないのにあまり表情が変わらない彼女が、今の会話で表情を崩した。それが今一番、僕は嬉しく思っている。
「…やっぱり、車に乗ってもいいぜ。制服姿じゃなければ、君は高校生には見えないからな。」
「本当ですか!今日もかわいくしてきてよかった…。」
彼女が大人っぽくて、今日がたまたま休日で、たまたま町中で出会えてよかった。
すぐ側のコインパーキングに停めてある僕の愛車を見てテンションを上げる姿は年相応だが、見てくれだけ見ると車と並んでも違和感がないのが驚きだ。
「まさか露伴先生の車に乗れるなんて…。…いい匂い。」
「制服姿では乗せないからな。」
「それって、私服だったらまた乗せてくれるって事ですか?」
「さぁな。僕の気分次第だ。…みょうじくん。」
「はい。なんですか?」
シートベルトを締めてソワソワと視線を動かしている彼女の視線をこちらに向かせ、しばし視線が交わる。
何も言わない僕を見て首を傾げる姿は、正直言ってかわいい。と、思う。好きかどうかは別として。
「…ヘブンズ・ドア。」
スタンド能力の発動と共に、彼女の体はゆっくりと車のシートへと沈んでいく。事前にシートベルトを着けていたおかげで、頭を打ったりはしていないようだ。
「悪いな…。」
口だけの謝罪に意味なんてないのだろうが、言わずにはいられなかった。もちろん彼女には届いていないのだが。
「これは……。」
本になった彼女に書かれているのは、僕の事ばかりだ。特に最近のページは僕の事しか書かれていない。
「"いつか露伴先生と結婚したい"か…。嘘や冗談なんかじゃあなかったんだな。」
僕と会った日の事は日記のようになっており、"先生は珈琲よりも紅茶の方が好きなのかも"だとか"先生は猫っぽいけど猫は嫌いみたい"だとか、些細な事柄が書き連ねてあった。
「"先生は私の事をどう思ってるんだろう"か…。」
数少ない彼女の中の不安な気持ち。どう思っているかなんて、僕自身にも分からない。いっその事、自分で自分を読んでやろうかと思う時さえある。そんなのはさすがに悔しいので、今はまだ、そんな事しないが。
更に数ヶ月後。2月。季節は冬の終盤。まだ肌を刺すような寒さを感じる日も多い時期へと移り代わっていた。
彼女も、もうすぐ卒業という事だ。
「露伴先生、今日から学校がお休みなので、遊びに来ちゃいました。」
「遊びに来ちゃいました、って君…未成年が一人暮らしの男の家に押しかけるんじゃあないよ。だいたい、君に家を教えた事はないはずだが。」
「もしかして、ご迷惑でしたか?」
「…迷惑、ではないが…。」
彼女のこの顔を見ると、どうしていいか分からなくなる。この岸辺露伴が、彼女の言動や表情に振り回されている。それも出会ってからずっとだ。
「いや、別に迷惑じゃあない。外は寒いだろう。早く入れ。」
結局彼女のペースに持っていかれるのは少し悔しいが、帰れと言う度胸もない。増してや、冷たい風に晒されて赤くなってしまった彼女の指先を見てしまっては余計にだ。
暖かい家の中に入ってホッと肩の力を抜いた彼女はなんとも無防備だ。あまり見ないようにと考え、背を向けて一歩踏み出すと、背中に冷たいような暖かいような感触を感じ動きかけていた足を止めた。
「君…、何してるんだ…。」
腕は伸ばされていないが、僕の背に彼女がくっついているのは分かった。今まで、こんなに直接的に触れてきた事はなかったはずだが…。
「露伴先生、暖かいですね。こっち向いちゃ駄目ですよ。」
「…急にどうしたんだ。君らしくないじゃあないか。」
「急じゃないですよ。ずっと言ってるじゃないですか、好きって。好きな人の家に入る許可を貰えて、嬉しいんです。…嫌ですか?」
今の彼女は、きっと眉を下げて泣きそうな顔をしているのだろう。この半年間で何度も見てきた、あの有無をいわせない縋るような顔。
「嫌ならとっくに突き飛ばしてる。」
「ふふ…。ねぇ露伴先生。私、もうすぐ卒業しちゃいますよ?」
「…そうだな…。」
「卒業したら、結婚してくれますか?」
「…さぁな。」
「ふふ…。」
欲しかった答えではなかっただろうに、微笑んでいる気配がする。やはり、実際に彼女を読んでみても、彼女の事は分からない。いつになっても理解できない。
やがてスッと体を離した彼女はいつも通りの顔で、振り向いた僕に笑顔を見せた。それはなんの笑顔なのか、僕には全然分からない。
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