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▽生存院(3年生)
「花京院先輩、私と結婚してください。」
たった今、私のハンカチを拾って手渡してくれたのは、数ヶ月前に転校してきた花京院典明という美男子。
遠くから見るのとは段違いでその容姿は整っており、私の心臓はその綺麗な顔を見ただけで大きな音を立て始めた。そして、つい口から出てしまったのが、さっきのセリフである。
「えーっと…、何かの冗談、だよね?」
長い沈黙のあとに困ったように笑顔を浮かべる顔さえも美しい。花京院先輩は、きっと神様に愛されているに違いない。
「あ、ごめんなさい。つい口をついて出ちゃって…。でもあの、好きなのは本当です。一目惚れしちゃいました。」
「……。」
一瞬眉間に皺が寄り、その後笑顔のまま固まってしまった花京院先輩。辺りには人気はなく、風が吹き抜ける音だけが鼓膜を揺らした。
「……そう。一目惚れね…。すまないが、君とは付き合えない。諦めてくれるかな?」
長い沈黙のあとに先輩が話し出したのは、お断りの言葉。別に今すぐOKを貰えるとは思っていなかったので、ダメージはない。
「…そんなの、無理ですよ。今はダメかもしれないけど、この先の事なんて分からないじゃないですか。」
「…それは、そうだね。でも、僕が君と…いや、誰かと付き合うビジョンが見えないんだ。第一、君は僕に一目惚れしたと言ったね。僕の事、全然知らないだろう?」
「それはこれから知っていきます。だいたい、"諦めて"と言われて諦められるものじゃないですし。」
「……そういう物か…。」
花京院先輩は再び口を閉ざし、俯き気味で顎に指を当てて何やら考え出した。その姿がとても様になっていて、精巧に造られたフィギュアか何かみたいだ。
「私、人の懐に入り込むのが上手なんです。花京院先輩がもしも卒業式までに私に絆されなかったら…その時は諦めます。花京院先輩は、私が"やっぱり花京院先輩を好きなのは勘違いだったかも"ってなるのを期待して過ごして頂いて構いません。…それで如何ですか?」
私の提案を聞いて、俯いていた瞳がこちらに向けられた。その瞳は僅かに見開かれ、意外な物を見るような表情だった。
「いいのか?僕が卒業するまでに君を好きにならなかったら、それで君は、諦めるのか?」
「はい。花京院先輩を振り向かせる自信があるので。」
数秒考え込んだあと、先輩はまたこちらを見て「良いだろう」と、意外にもすんなりと受け入れてくれて今度はむしろこっちが呆気に取られた。
「そんなにあっさり受け入れてくれると思いませんでした。嬉しいです。」
「…別に君の告白を受け入れたわけじゃあない。じゃあ、僕はこれで。」
なんともあっさりした別れ。いつもニコニコしている花京院先輩が、ツンとした態度で私の元から去っていく。これってもしかして、私しか知らない花京院先輩の一面ではないだろうか。
「ふふ…花京院先輩!私、みょうじなまえっていいます!覚えててくださいね!」
「花京院先輩、今お1人ですか?」
「…君か。1人だが、なにか?」
昼休みはどこで誰と食べているのだろうと気になって、数日かけて校内を歩き回り4日目にしてやっと出会えた。花京院先輩が向かおうとしていたのは屋上のようだが、いつも扉には鍵が掛かっているはずだ。普段は屋上前のスペースで昼食を食べているのだろうか?
「いえ、お友達と一緒でしたら申し訳ないなと思って。」
「…君、意外に人に配慮ができるんだな。周りに人がいる時は話しかけてこないし。」
「はい。…もしかして花京院先輩、私に話しかけてほしかったですか?」
「どうしたらそういう思考になるんだ。それに、当たり前のようについてくるんじゃあない。」
「ふふ、冗談です。ごめんなさい。花京院先輩が嫌なら、今日のところは退散しますね。」
なぜか持っている鍵で屋上の扉を開けた花京院先輩は、私の方を見て首を傾げ、やがてそのままドアが閉められた。
みんなが見ている優しい花京院先輩とは違って、ちょっと辛辣な言葉を吐いて冷めた目をしている花京院先輩もかっこいい。むしろそのギャップが堪らない。
今日は花京院先輩が昼休みを過ごす場所を知れたし、会話もできた。それだけで、一歩前進だ。
「君…なんでいるんだ。」
翌週、屋上へと続く階段で花京院先輩を待っていると向こうから先に私に気がついてくれた。
相変わらず、うんざりしたような顔をしてはいるが。
「ここでしか、お話できるタイミングがないなぁって思いまして。」
「…まぁ、それはそうだが。君、友達はいないのか?」
「いますよ?でも別に、いつも特定の誰かと食べたりはしてないので。」
「というと?」
「昨日はあの子と食べたから、今日はこの子と食べよう、とか。あとは誘ってもらったりとか。」
「……聞くんじゃあなかったな。余計に腹が立った。」
私の答えを聞いた花京院先輩は突然不機嫌になり、スタスタと先に階段を上がっていってしまった。お話はできたが、どうやら今日は少し失敗してしまったらしい。
「花京院先輩。」
更に翌日。いつもの場所で花京院先輩の姿を見つけ名前を呼ぶと、とうとう無言でため息を吐くようになってしまった。
「花京院先輩。もしかして、毎日ここで待ってるの、ご迷惑ですか?」
「…別に迷惑は被っていないが…。よくもまぁ飽きないな。感心するよ。」
「えへ、ありがとうございます。」
「…ハァ…。それで、今日はなんの用だ。」
「はい。花京院先輩はチェリーが好きと小耳に挟んだもので…。良かったらこれ、どうぞ。」
「!」
保冷バッグから取り出したのは、未開封のチェリーの入ったパック。それを見て花京院先輩が僅かに目を輝かせたのを、私は見逃さなかった。
「親戚が東北の方に住んでまして、農家さんから頂いたのを送って下さったんです。うちにはまだ沢山あって食べきれないので、花京院先輩さえ良ければ食べてください。あ、ちゃんと未開封ですので。」
「…ありがとう…。」
「!」
花京院先輩が!私から!何かを受け取ってくれた!!本当にチェリーが好きなんだ!!嬉しい!!
「君、素直に喜びすぎだ。」
「はい。嬉しいです、花京院先輩。」
「貰ったのは僕なんだが…。」
「花京院先輩が貰ってくれたのが嬉しいんです。ありがとうございます!」
「…君と話してると調子が狂うな…。…これは有難く戴くよ。じゃあ。」
「はい!」
餌付けのようで若干の申し訳なさはあるが、昨日の失敗は何とかリカバリーできたみたい。
その証拠に、去り際にチラリと見えた花京院先輩の横顔は、僅かに口角が上がっていた。
チェリーが好きな花京院先輩、かわいい!
「…みょうじさん。」
「!花京院先輩!」
驚いた事に、翌日は向こうから名前を呼んでもらえた。途端に笑顔になった私を見て先輩は少したじろいだが、名前を呼んでもらえたことが嬉しすぎて緩む顔を元に戻す事なんてできなかった。
「えへへ、花京院先輩、私の名前覚えててくれたんですね!」
「当たり前だろう。人としての礼儀だ。」
「めちゃめちゃ嬉しいです。今の一言だけで今週は幸せに過ごせます。」
「……そう。…それで、今日はなんの用かな。」
「えーと、これといって用はないんですけど…花京院先輩とお話できたら、それだけで嬉しいです!」
「…いいよ。」
「えっ。」
花京院先輩、今なんて?
「…昨日のさくらんぼ、美味しかったから。君が嫌なら…」
「嫌なわけないじゃないですか!…ふふふ、ありがとうございます。」
まさかお昼をご一緒できる許可を貰えるなんて!!
私の返答を聞いて花京院先輩は既に扉の方に向かっていて、その背中を見ながら、密かに堪えきれない笑みを浮かべた。
「花京院先輩。本当はさくらんぼよりもチェリーが好きなんじゃないかなと思ってたんですけど、さくらんぼも好きなんですね。」
「まぁ、そうだな。チェリーの方が香りが強くて好きだけど、さくらんぼもかなり好きな方だと思う。」
「また、持ってきましょうか?本当に沢山あるんです。腐らせるのも申し訳ないのでゼリーにしたりケーキにしたりしたんですが、まだあるんです。」
「ゼリーにケーキ…。君が作ったのか?」
「はい。うち、ケーキ屋さんなんですけど、母に教えてもらいながら。」
チェリーの話をすると面白いくらいに沢山喋ってくれる花京院先輩がかわいい。本当に好きなんだろうな。
「ここからだと駅の少し向こう側なんですけど、チェリーのタルトとか出してるので、ぜひ。作ってるのは母ですけど。」
「……考えておく。」
「…ふふ。」
いつか、絶対に来てくれるだろう。だって、先輩のチェリー好きはきっと筋金入りだ。
「…これ、昨日のさくらんぼのお礼に…。」
早々にお弁当を食べ終えた花京院先輩が徐ろに差し出してきたのは、小さな焼き菓子の包みだった。駅の近くのお店で買ってきたもののようで、簡素ではあるがきちんとラッピングされている。
「え、わざわざ買ってきてくれたんですか!?そんな、いいのに!」
「なにも返さないのは失礼だろう。それに、本当に美味しかったんだ。お礼ぐらいさせてくれ。」
「…せ、先輩から何か頂けるなんて、思ってもなかったので…嬉しいです…。宝物にします。」
「せっかく買ったんだから食え。無駄にするな。」
「だ、だって、食べたら無くなっちゃうじゃないですか……!」
「それにカビでも生やしてみろ。もう2度と口をきかないからな。」
「!」
口をきかない、なんて私にとって酷い脅し文句だが、それよりも気になって仕方がない事がある。
「花京院先輩…、それって、ちゃんとこれを食べたらまたお喋りしてくれるって事ですか?」
「!……君、驚くほどポジティブだな…。」
「はい。ポジティブな方が人生楽しめそうだなって。…それで、どうなんですか?」
「…別に、喋るくらいなら構わない。僕の、その時の気分次第かな。」
「それでも嬉しいです。ありがとうございます。」
気分次第、という事は、少なくとも今日は気分が良かったみたいだ。そう思うと、私も嬉しい。
「それ、ちゃんと食べろよ。」
先輩は最後に念を押すように焼き菓子を指差して、この日は分かれた。今日は花京院先輩と少しだけ距離を縮められた気がする。帰ったら写真を撮って、賞味期限が切れるギリギリまで鑑賞してから食べようと、心に誓った。