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「先生〜頭痛い〜。」
その日は朝から雨が降っていて、頭痛が来そうだと思い朝食の後にちゃんと薬を飲んでから来たのだが、どうやら効きが悪いらしかった。
保健室の先生にそれを伝えると2つあるうちの片方のベッドを指され、ありがたく横にならせて貰った。
もう1つのベッドもカーテンが引かれ、中は見えないが誰か横になっているみたいだ。
「先生これから会議だから…少し席を外すわね。何かあったら職員室まで来てちょうだい。」
「分かりました…。」
シャッ、とカーテンを引かれ、やがて引き戸の閉まる音が聞こえて、保健室内は無音になった。
私にそれを伝えたという事は、もしかしたら隣で横になっている人は私よりも具合が悪いのかもしれない。
もしも何かあったら、私が職員室まで行かなきゃな…めんどくさいなぁ…、と痛む頭でボーッと考え事をしている時、それに気がついた。
「ぅ……。」
無音になったと思っていた部屋の中。
よくよく耳を澄ませてみれば、隣のベッドからは小さな呻き声が聞こえてくるではないか。それに、若干息遣いも荒い気がする。
「あの…大丈夫ですか…?」
とても小さいが、呻き声を上げるほど具合が悪いかと思うと、声をかけずにはいられなかった。
声をかけたところで私に何ができるわけではないが、最悪職員室に行って先生を呼ぶ事くらいはできる。
「っ…、すみません…大丈夫、です…。」
「……あの、違ったらすみません。もしかして、花京院先輩、ですか…?」
返ってきた男性の声は「大丈夫」というやはり弱々しい声だったがここ最近で聞き覚えのある声だった気がする。いや、私が先輩の声を聞き間違えるはずはないのだが。
変わらず息遣いは辛そうなもので、声をかけた私に心配かけないよう、そう言っただけなのだと分かった。
「…もしかして、みょうじさん、か…?」
「はい…。先生は今、職員会議に行っちゃって…。もし辛かったら私、先生を呼びに行きますから。…お水、飲みますか…?」
「…あぁ、水…頼んでも…?」
「!…はい。」
本当に花京院先輩だった。いつもよりも大分弱々しい声で辛いであろう事が分かる。私になにかできる事はないだろうかと考える頭の痛みは、もう感じなくなっていた。
今回のように、たまに保健室を利用していたので大体の物の位置や勝手は分かっている。
紙コップに水を入れ、冷凍庫の中から氷も少々。
カーテンの前に立ち「開けますよ?」という問いかけに「あぁ」と相も変わらず弱々しい返事が返ってきたのを確認し、ドキドキしながらもカーテンを静かに開けた。
隣のベッドで横になっていた花京院先輩はいつものキラキラした笑みを浮かべているわけでもなく、私と話す時みたいにツンとしているわけでもなく、一目で具合が悪いと分かる青白い顔をして薄らと額に汗をかいていた。
「…ありがとう…助かるよ…。」
「あ…いえ…。…あの、随分辛そうですが…薬、飲みましたか?」
「薬は…、朝、飲んでから来たんだけど…。雨だからか、あまり効かないんだ…。」
私が手渡したコップの水を飲んで、表情は少し和らいだが尚も顔色は悪い。その先輩の姿を見ていると、なんだか今にも命が尽きてしまうのではないかと錯覚してしまって怖かった。
「あの、先輩。どこが悪いのかは分からないですけど、冷やした方がいいやつですか?温めた方がいいやつですか?」
「……温めたい、かな…。」
温かいもの、と聞いて、保健室内の引き出しを開けて、ホッカイロを見つけて袋から取り出した。外袋をゴミ箱に捨てて軽く振ると段々と熱くなってきて、そばにあった綺麗なタオルも1枚引っ掴んで、花京院先輩へと手渡した。
「これ、どうぞ。あとは静かにしてますので、ゆっくり休んでください。お邪魔してすみません。」
「…ありがとう…。」
「これくらいしか私はできないですけど、何かあったら声掛けてくださいね。」
空になったコップも回収して、花京院先輩のベッドのカーテンを閉めた。これで、少しでも楽になってくれればいいが。
もう頭痛は気にならなくなっていたが、隣の花京院先輩の様子が心配で居座る事にした。せめて、先生が戻ってくるまでは。
「みょうじさん。」
「花京院先輩。体調は良くなったんですか?」
翌日。いつもの時間。いつもの場所。
今日は花京院先輩から声を掛けてくれたが、喜ぶよりも心配が先に出てきてしまった。それほどまでに、昨日の花京院先輩の顔色は酷かったのだ。
昨日は雨だったので会えなかったが、あのあと大丈夫だっただろうか。
「あぁ、雨の日はどうも優れなくてね。今日は晴れてるから、問題ない。」
「先輩がいま元気なら、いいですけど…。とても、心配しました。」
これから季節は夏になるが、鞄の中に常にホッカイロを忍ばせておこう。
「…今日は、一緒に食べよう。昨日のお礼もしたいし。」
「えっ!?」
花京院先輩が今…!私の聞き間違いでなければ、だが、一緒に食べよう、と、言った!?私の、聞き間違いでなければ!
「花京院先輩…!は、初めて先輩から誘って…!」
「お礼がしたいと言っただろう。待て。泣くんじゃあない。」
「だって…嬉しくて…!」
これが嬉し泣きか。初めてだ、こんなの。まさか花京院先輩の前で泣くなんて。
スッと差し出された白いハンカチはなんだかいい匂いがするし、今日はなんていい日なのだろうか。私は明日、死んでしまうのかもしれないなんて、縁起でもない事が頭を過ぎった。
「落ち着いたか?」
「はい…ごめんなさい。…先輩、このハンカチ、頂いてもいいですか?」
「いいわけないだろう。洗って返せ。」
「ダメかぁ…。」
いい匂いがするから、今すぐにでもジップロックに入れて保管したかった。きっと先輩も同じ匂いがするに違いない。
「昨日は君を見直したんだが…よく分からない奴だな、君。」
「それが私の魅力かもしれないですよ。」
「…ふ、…なるほどな。」
「!!先輩!い、今、笑いました!?笑いましたよね!?」
今、確かに笑った!と大声で主張する私を見る先輩の視線が痛い。何言ってるんだ?とでも言いたげな顔は既に先ほどの笑顔の面影はないが、確かに一瞬、笑っていたのだ。
「花京院先輩の笑顔が見られて、嬉しい…いや、幸せです!」
「…大袈裟だな…だいたい、僕はいつも笑顔でいるように心掛けているんだが?」
「それとこれとは別ですよ!笑顔でいるのは素敵な事ですけど、笑顔でいる事と笑う事は似て非なるものです。私は、花京院先輩の笑った顔が見られて幸せなんです。」
「……そう、か…。」
私の言葉を聞き、先輩は顎に手を当ててしばし考え込む素振りを見せた。その横顔が驚くほど綺麗で思わず見蕩れてしまう。本当に、どの角度から見ても絵になるなぁ。
「君のポジティブさや物事の見方は、僕も見習った方がいいかもしれないな…。悔しいけど。」
「そうですか?」
「うん。君と話していると世界が広く見えて、正直楽しいよ。」
「世界、ですか?先輩こそ、大袈裟ですね。」
「そんな事ない。君もさっきの言葉は、本気で言ったんだろう?」
「…はい、そうですね。」
「だから、まぁ…。友達くらいなら、なってもいい。」
「……はい?」
愛しの花京院先輩は、今なんと?
「君と、友達くらいにならなってもいいと言ったんだ。」
「……。」
私、本当に明日死ぬ?
また目頭が熱くなって、先ほど貸してもらった先輩のハンカチで拭うと「こんな事で泣くんじゃあない」と呆れられてしまったが、それくらい嬉しいのだから仕方がない。
「先輩、好きです。」
「…そういうのは、軽々しく言うな。ここぞという時に言え。」
「好き!と思った時に言った方がいいかなって。」
「それはそうかもしれないが、僕には効果的ではない可能性があるぞ。」
「そうなんですか!?じゃあ改めます!少し我慢します!」
花京院先輩、好き。なんだか距離が近づいたような気がするし、これはもう時間の問題なのではないだろうか?