1年目
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夢を見た。夢だと分かっている、いわゆる明晰夢。深い睡眠ではないので変な夢を見るのは嫌だな、と呑気な事を考えていたら、そんな私の期待は見事に裏切られ、この夢は最悪の夢であった。
「あ……テン、メイ…ッ!」
目の前で、彼が死ぬ夢。それも、何度も。あの時とは違う様々な死に方をしていく彼を、私は見ている事しかできない。動く事も、手を伸ばす事も、目をそらす事もできないそれに、絶望感が襲ってくる。違う。これは夢だ。夢なのだ。疲れているから、悪い夢を見ているだけだ。ただの、夢。
「典明…、典明…!」
「「なまえ!!」」
承太郎と典明、2人の声で目を覚ますと、自分の荒い息遣いが聞こえ、ホテルの天井と2人の焦ったような顔が視界に映る。最悪だ。なんて夢を…!バサッと勢いよく掛け布団を頭までかけて中に籠ると、じとっとした嫌な空気が纏わりつく。魘されて汗をかいたからだろうが、今はそんな事どうでもいい。怖い。怖い!怯えている姿を、2人には見られたくなかった。
「悪い夢を見たんだね、なまえ。可哀想に…。なまえ、僕の目を見て。不安なんて、僕が消してあげるよ。」
典明のどこまでも優しく響く声に、思わずすがりつきたくなった。だって、彼の優しい声と優しい瞳は、いつだって私を安心させるのだ。
「私、いま、ぜったい酷い顔してる…。典明には、見せられない…。」
「ふ…、君はどんな顔をしててもかわいい。もしかしたら、今まで見ていた君の顔よりもかわいくて、惚れ直しちゃうかも。」
嘘だ。子供だって分かる、そんな嘘。だけど、今はもう私が、典明の顔を見たい。布団から手だけ出して典明の手を探したけど握ったのは承太郎の手だったのでペッと捨てると承太郎の舌打ちが聞こえてきた。やっと典明の手を掴んで、布団から目だけ出すと「あぁほら、やっぱりかわいい。」と笑顔を私に向けてくれるのでそれだけで安心して涙が出た。もう本当に、私は彼なしでは生きていけないな、と実感する。
「典明…。夢の中でまで、死なないで…。夢の中だけでも、幸せに、なってよ……。」
こんな事言っても、困らせるだけだと分かっている。だけど、夢で見た、典明の顔が頭から離れないのだ。死を受け入れて、諦めたように目を閉じる、彼の顔が。
「ごめん…ごめんね、なまえ。」
「ちが、…ごめん…。」
違う。典明に、謝ってほしいのではない。謝らないでほしい。また、申し訳なさそうに眉を下げている。そうさせたのは、私だ。
「なまえ。僕は、幸せだよ。死んでしまったけど、こうして君といられるんだ。…たとえ触れられなくとも、こうして愛を伝えられるんだ。夢の中の僕は、僕じゃあない。僕はちゃんと、君のそばにいる。」
繋がれた手は、そんなはずはないのにほんのり温かい気がする。そんなはずは、ないのだが。
「…典明…。ほんとうに…?」
「僕が、君に嘘をついた事があったかい?」
その質問に、私は1度黙って考える。1度くらいはあるんじゃないかと思ったのだが、何度も思い返してみてもなかった。典明は、私に嘘なんてつかない。
「ない…。…典明が、幸せなら…よかった…。」
典明はやっぱりすごい。私の機嫌を治す天才だ。典明の目を見て、声を聞いていると、不安がどんどん消えていくのが体で分かるのだ。きっと典明は、私の心の中が読めるのだ。そうに違いない。震えていた手は、もういつも通りに落ち着いている。
ポンポンと頭を撫でられる感覚がして、まさか典明が…!?と顔を上げたら普通に承太郎の手だったのでまた顔を伏せたら、何度目かの舌打ちが聞こえた。舌打ちしたいのは、期待を裏切られたこっちである。
「承太郎…涙拭い…。いや、いいや。お水ちょうだい。」
涙を拭いてもらおうかと思ったが、また力加減を間違われない保証はないので自分で拭くことにした。枕元のティッシュを取って布団の中で涙と鼻を拭いて布団から顔を出すと、典明は「リスみたいでかわいい。」と笑顔で言ってくれたが、承太郎は「カタツムリ…。」とかわいいようなかわいくないような例えを出すのでやっぱり残念な奴だ。典明を見習ってほしい。
やっと、夜がきた。カーテンの外には、もう真っ黒な闇が広がっている。先ほどちょっとばかし眠ったが、まだまだ寝られそうだ。もう、あんな夢を見るのはごめんだが。
スケッチブックを閉じて筆記用具をしまうと、ちょうどシャワーを浴び終えた承太郎が戻ってきて「そろそろ寝るか。」と眠そうな顔で言った。なかなか、レアな顔を見られた。
「あぁ、今の承太郎はかっこよかった、かも?」
「えっ。」
ラフな格好で、髪の毛も乱れて、無防備な表情。顔は元々整っているので、なかなか絵になる、かも。
典明は私の言葉を聞いて僅かながらショックを受けているようで、少し笑ってしまった。
「ふふ、典明のかっこよさには叶わないよ。典明がこんな姿で出てきたら、私、倒れちゃう…!」
そういえば、無防備な典明はあまり見たことがない。彼は、いつも私の前では完璧だった。だからこそ、王子様なのだが。
「典明が眠そうにしてるの、私見た事ないかも。朝だって、いつも私よりも先に起きてたよね。」
「…花京院、朝は苦手なんじゃあなかったか?」
「そうなの!?」
知らなかった。というか、私が知らない情報をさも当たり前のように言われて悔しい。典明が「それは言わないでほしかったな…。」と頬を掻いているので本当なのだろう。悔しい…!
「俺と同室の時は、ギリギリまで寝てたぜ。テメーと同室の時は、気を張ってたんだろうな。じゃあな、電気消すぜ。」
私の前で典明マウントを取っておきながら、承太郎は布団に入って本当に電気を消してしまった。言い逃げなんてさせてたまるか!
「待ってよ承太郎!私の知らない典明の事もっと聞かせて!ねぇ!」
「なまえ、それは僕のプライドが傷つけられるんだが。」
「だって、私、典明の事全部知りたい!!」
「やかましい!寝ろ!」
再度電気をつけて承太郎の体を揺らして騒いでいたら案の定怒られた。だけど、私の知らない典明を知っているのが悔しくてたまらないのだ。正直、羨ましい。
「君の前では、完璧でいたかったんだよ!だって君、僕の事王子様だって言っていただろう?」
「!」
顔を赤らめて声を張る典明の姿は、初めて見るものだった。やけくそになっている、とでもいうのだろうか。照れているのが珍しくて、思わず心臓が音を立てた。だって、私に良く見られようとしていたなんて。私のために、苦手な朝も早起きして完璧にしていたなんて、そんなの。
「健気…!好き…!!」
「あぁもう…。こんな形でバレるなんて…。」
ついに典明は手を額に当ててしゃがみこんでしまった。隙間から見える頬はまだ僅かに赤くて、彼の新たな一面が見られた気がした。
「典明は王子様だけど、朝が弱くても充分王子様だよ。例え髪の毛が乱れてたって、私、喜ぶ自信がある。」
「…それは、僕が嫌だ。だって君、そんな僕を見たら絶対に"かわいい"って言うだろう?」
「……そうかも?」
確かに、眠そうな顔だったりボーッとしている姿が見られたら、きっとキュンキュンする。欠伸なんてした日には、かわいさで倒れてしまうだろう。寝癖のついたふわふわの髪の毛も、想像しただけでかわいすぎる。
「はぁぁあ……、好きぃ〜〜〜!」
「…口に出していないだけで、想像したな…?」
思わず両手で顔を隠したのだが、バレてる。やっぱり私の考えている事は全て筒抜けらしい。指の隙間からチラリと彼を盗み見ると不満げな彼の顔とバッチリ目が合った。そんな顔も、かわいい…。
しばし見つめあっていたら、突如部屋の電気が消されて「とっとと寝ろ。ちゃんと布団かけろよ。」という言葉のあとに、すぐに寝息が聞こえてくる。電気も消えて、承太郎も寝てしまったのでもう何もする事がない。大人しく敷き直してもらった綺麗な布団に入って目を閉じると、段々と眠くなってきた。
「おやすみ、典明。」
「ふ…、おやすみ、なまえ。」
最後に見た典明の顔は不満げな顔はやめて笑顔だったので、いい気分で目を閉じた。もう、あんな夢は見たくない。幸せな気持ちで眠りたい。夢を見るなら、典明の笑顔がいっぱいの、幸せな夢でありますように。そう願いながら、微睡みの中に身を任せた。