1年目
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「忘れモンねぇか?」
今日、私達はアメリカへと出発する。そろそろ家を出ようかという時に承太郎が私に忘れ物はないかと問うので、バッグの中身を確認した。
「えーと、携帯電話、財布、パスポート。大事な物はあるよ。あとは、典明にもらった指輪、ピアス、髪飾り、眼鏡、学ランもある!写真もバッチリ!」
「着替え類は、ちゃんとあるんだろうな…?」
失礼だな。着替えなら、きちんとキャリーケースに入れている。典明に選んでもらった服はしっかり別のバッグに入れているが、キャリーケースの中身は最悪無くなってもいい物しか入れていない。無くなったら、また買えばいい。守るべき物は、最小限に纏めているのだ。
「テメー…意外と考えてんだな。」
褒めているのだろうが、言い方のせいでバカにされているように聞こえる。いや、バカにしているのかもしれない。分からないが。
「イギー、聖子さんをよろしくね。」
空条家に残していくイギーに別れの挨拶をすると「ワフ。」ときちんと返事が返ってくる。イギーがいるなら、安心だ。離れるのは寂しいが。
「聖子さんも、お元気で。たまに電話します。」
私達がエジプトにいる間、聖子さんは1人大きな家に残されて心細かっただろう。それもたった2か月前の話だ。それが今度は1年も離れ離れになるのだ。また心細い思いをさせてしまうと思うと心苦しいし、何よりも私が寂しい。
「私はイギーちゃんがいるから大丈夫よ。心配しないで。なまえちゃんは…花京院くんと、承太郎がついてるから大丈夫ね。」
私の方は、大丈夫だろう。聖子さんの言葉通り、私の心の支えである典明と超絶過保護な承太郎がついてる。
「いってきます、聖子さん、イギー。」
未だ少し心配が残るが、そんな事言ってたらいつまで経っても行けない。無理やり別れの言葉を絞り出し、足を動かした。
「いってらっしゃい、なまえちゃん、承太郎。」
私と承太郎の腕を捕まえていってらっしゃいのキスをする聖子さんはとてもかわいくて、思わず頬が赤くなったのだろうと思う。承太郎が引いたような顔で私を見るのに気づかないフリをして、私も聖子さんにいってきますのキスを返した。
「ねぇ承太郎…。この飛行機は、落ちないよね?」
「…さぁな。」
席を探しながら何気なく零した一言だったが、承太郎の返答に思わず眉間に皺が寄った。そこは大丈夫だと言ってほしかった。だけど承太郎には、こちらの意図は伝わらなかったようだ。彼はちゃんと言葉にしないと伝わらないのだ。これは、私が悪い。うん、きっとそう。
「奥に座りな。膝掛けもちゃんと掛けろ。俺のもやる。」
「…お、お母さん…。」
指定された席に着いたら奥へと追いやられて、あれやこれやと世話を焼かれた。横並びで取った席は3つ。1番奥へは典明を座らせた。承太郎もそうだが、典明は脚が長いので脚を組むととても窮屈そうである。しかし、サマになっているのでもっと見ていたい。
「典明は、脚が長くて綺麗ね。とても絵になる。」
機内に持ち込んだバッグからスケッチブックと筆記用具を取り出すと、承太郎にため息をつかれた。持ち込むバッグには大事な物だけを入れていると言ったからだろうが、これにはエジプトでの典明の思い出が詰まっている。なんなら財布なんかよりも大事な物だ。
「君…隣に座ってる男の脚が見えないのか?」
「承太郎?承太郎なんか描いても楽しくないじゃない。」
「おい、なんか言ったか。」
典明を正面から見たくて承太郎に背を向けていたのだが、頭を掴まれて後ろを振り向かせようとするので首が痛い。絶対聞こえてただろう。聞こえるように言ったのだから。
「なによ、承太郎も描いてほしいの?」
抵抗するのを諦めて承太郎に向き直ると、僅かに眉間に皺を寄せ「そんな事は言ってねぇ。」と嫌がられた。じゃあ頭を掴むのはやめてほしいのだが。
「…君は基本、僕しか描かないよね。僕と出会う前は、違うものも描いてただろう?」
典明のその問いに、私は黙ってしまった。典明と出会う前に何を描いていたか、よく思い出せないのだ。家族の事はよく描いていた。しかし、それ以外は…。もちろん承太郎の事だって、描いた事がないわけではない。どれも、"何か"描きたいから目の前にあったものを描いていたのだと気づいた。それが、今はどうだろうか。典明と出会ってからは。
伏せていた視線を典明へ向けると、笑顔で、けれど不思議そうに首を傾げている。何気なくした質問に、私が頭を悩ませているからだろう。
「私…典明に出会う前まで、ろくな絵を描いてこなかったんだな…。」
「…?それは、どういう…。」
典明と出会う前に描いていた絵は、きっとなんの価値もない、子供の落書きと一緒だ。いや、良いように考えれば、ただ、典明を描くためだけの下準備のようなものだったのではないかとさえ思えてくる。エジプトでいつだったか典明は私のミューズだと思ったが…これが、俗に言うミューズという存在か、と今、改めて理解した。
「私のこの手は、典明を描くためにあるって事。」
我ながら支離滅裂なのは分かっている。私の心が読めるはずの典明だって、さらに首を傾げている。だけど、この気持ちを全て伝える言葉は、私には分からなかった。
「ねぇ、私、典明をたくさん描きたい。それで、日本中の人に、花京院典明っていう人が存在した事を証明したい。」
言葉にするとちょっと大袈裟だが、要は美しい彼をみんなに見てほしいのだ。こんなに美しい男の人が、確かに生きていたのだと。
「ふ…。ありがとう、なまえ…。ほんと…君を好きになって、良かった…。」
「え、あの、典明…?」
笑顔を浮かべた典明は、その笑顔を伏せ、静かに涙を流し始めてしまった。最近、典明はよく涙を流す。とても綺麗だが、悲しんでいるのだと思うとどうにも落ち着かない。
「おい…花京院、泣いてるじゃあねぇか。」
とりあえず手を握ったが、典明が泣いている事が承太郎にバレた。これでは、私が泣かせたみたいではないか。承太郎の視線が痛い。
「はは、すまない。僕は、なまえにこんなにも想われて、幸せだなぁと思ったら、涙が堪えられなくて。」
要は、幸せで泣いたという事だろうか。なんて純粋で、尊い理由だろうか。その言葉で、私の目にも涙が滲んでくるのが分かった。あぁもう、本当に好き。大好き。
「おい。テメーまで泣くんじゃあねぇ。俺が泣かせたみてぇじゃあねぇか。」
「う…、いた、痛い…!もっと優しく…!」
承太郎が慌てて服の袖で溢れそうな涙をゴシゴシと拭うものだから、顔に擦れて痛い。彼は、力加減というものを知らないのだろうか?車を磨いてるんじゃないんだから、もっとそっと拭いてほしい。
「待ってくれ承太郎!かわいいなまえの顔に傷でもついたらどうする!なまえ!承太郎を止めてくれ!」
「じょ、承太郎。典明が、怒ってる…!」
私からは見えないが、珍しく典明が慌てた声で言うものだから静止の声を上げると、やっと承太郎の手は止まった。顔がヒリヒリと痛む。
「典明が、かわいい私の顔に傷がついたらどうするんだ、って。」
「……本当に、そう言ってんのか?」
失礼だな。今の言葉の、どこを疑うというのか。訝しげな顔で典明の方を見た承太郎に倣って典明を振り返り見ると、彼は眉間に皺を寄せていて「承太郎に、女の子の涙を拭く時は優しくしろって伝えてくれ。」と言うのでそのまま伝えた。承太郎はその言葉に顔を顰めるが、至極当然の事である。