1年目
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いよいよ3月。今日は承太郎の卒業式だ。在校生は先に学校へ行かなくてはならないため承太郎よりも早く起きたつもりだったが、身支度を済ませて居間に行ったら既に彼の姿があった。
「おはよう、承太郎。…ねぇ、まさかとは思うけど今日も朝、ついてくる気?」
「?そうだが。」
さも当たり前のように答える承太郎は、やっぱりおかしくなったのだろうか?できれば、今まで通り接してほしいのだが。こんなに目に見えて優しい承太郎は、見ていて鳥肌が立つ。
「早く食え。遅れるぜ。」
遅れるも何も、承太郎はまだまだ、出る時間は先なのだが。やれやれだぜ、といつもの承太郎のセリフが口から出そうになった。
「みょうじさん、空条先輩が。」
絶対に重い物を持つな、と承太郎に言いつけられていたので怪我の後遺症で傷が痛むからと嘘をついて、卒業生の胸ポケットに花を付ける係の仕事をしていたら、突然隣のクラスの子に呼び出された。話を聞くと承太郎が私を指名して動かないのだと言うので頭が痛くなった。こんな騒ぎは、ごめんなのだが。
「ちょっと承太郎!周りに迷惑かけないで!」
人を掻き分けて騒ぎの中心に向かうと、真ん中へ進むにつれて女子生徒が増えていくのでやっぱりこの先にいるのは承太郎で間違いないと確信した。1番前に出るとやっぱり承太郎がいたので、呆れてため息が出る。聖子さんは私を見て、苦笑いをするだけだった。
「遅かったな。花、付けてくれるか?」
「指名制じゃないんだけど!?お花付けたら早く行ってよね!」
だいぶ後ろが詰まっている。それが自分のせいだとは思わないのだろうか?いや、承太郎なら、思っていても関係ないのかもしれないが。本当に、迷惑な話だ。
「いいかテメーら。ボタンも帽子も学ランも、鞄も、全部コイツにやる。なにも残らねぇ。分かったか。」
「…はぁ?」
グイ、と肩を抱かれたと思ったら、女子生徒達のお願いを断るダシに使われた。思わず眉間に皺を寄せて承太郎を睨むと、ス、と視線を逸らされた。コイツ…!
私を指名した本当の理由がコレか…!承太郎の学ランなんていらないわ!!!
「体調は大丈夫か。辛くなったら座って休めよ。」
去り際にポン、と頭を撫でて行くので、彼の去った後も大騒ぎだった。最後に優しさを見せた事でチャラにしようとしているのかもしれないが、その優しさのせいでこっちは大変な思いをするとは思わないのか。自分の持ち場に戻ろうとしたのだが、案の定質問攻めにあい、結果、玄関は大混雑してしまって私が先生に怒られた。理不尽がすぎないか?
卒業式が始まって流れに身を任せていたら、段々と涙を流す人が出てきて私もそれに引っ張られてしまって涙が出そうになった。そのタイミングで承太郎の名前が呼ばれるので、ついにポロ、と涙が溢れた。別に、承太郎が卒業するのが悲しくて泣いているのではない。私は今、典明は卒業できないのだと思い出して、涙を流している。なぜ、今、彼はいないのか。なぜ、あの時死んでしまったのか。そんなどうしようもない事ばかりが思い浮かんで、止めたいのに止まらないのだ。
「なまえ…落ち着いて、僕の目を見て。」
いつの間にか、目の前に典明が姿を現している。顔を上げると、彼の綺麗な瞳と目が合った。
人目があって私は声を出せないが、なぜ泣いているのか、典明には伝わっているのではないか、と確信している。
「ありがとう、僕のために泣いてくれて。僕も、君とここに、通いたかっ…!!」
「…ッ!」
不自然に途切れた声は、彼も涙を流しているからだ。しゃがみこんで、喋る事ができなくなるほどに。典明も、私と一緒だ。私と同じように、なぜ自分だけがここにいないのかと、心を痛めている。目の前で泣いている典明を今すぐにでも抱きしめたいが、触れる事ができないし何より他の人には見えないのだ。そんな動きをしたら、頭がおかしくなったと思われてしまう。
私はそっと手を開いて、最小限の動きで典明の手を取った。
「!…なまえ…。僕のせいで…悲しませて、本当にごめん…。…君を1人残してしまって……ごめん…!」
謝らないでほしい。典明の選択は、あの場ではきっと、正しかった。典明が、命を犠牲にする覚悟がなければ、私達は全滅していたし、聖子さんも今この場にいなかっただろうし、私も、DIOの元にいたか死んでしまっていただろう。だから、彼の死は正しかった。あれが、最善、だった。頭では分かっている。これは、気持ちの問題だ。気持ちの整理は、できたと思っていた。だけど、無理だ。彼の死を受け入れるなんて、私にはできていなかった。とてもじゃないが、まだ、できそうにない。
「うっ…!」
「なまえ…?」
気持ち悪い…。今までにない気持ち悪さだ。思わず典明の手を離して口を抑えると、典明も私の異変に気づいて顔を上げた。幸い後ろ側の席なので、すぐに外へ出られそうだ。ス、と身を屈めて席を立つと先生に心配されたが「ちょっと気持ち悪くなっちゃって」とだけ伝えて体育館を出た。承太郎がスタープラチナを出していたのは見なかった事にしたかったが、放っておくと立ち上がってついてきてしまうので手で制してから扉を閉めた。
「大丈夫かい、なまえ。歩けそう?」
「うん…。外の空気を吸ってたら、治まりそう…。」
適当な場所に腰掛けて深呼吸をすると、いくらか気分は落ち着いてきた。これは、承太郎に会ったらまためんどくさそうだ。
「…典明の、涙が止まってよかった…。」
ぽそ、と呟いた言葉は、彼に届いたようで「うん、君の涙もね…。」と苦笑いが返ってきた。
「典明は、泣いてても綺麗だね…羨ましい。ずるい。」
「?君もだろう?むしろ、泣き顔なら君の方が綺麗だと思うけど。」
先ほど涙が止まらなくて困っていたばかりだというのに、今は穏やかな空気に変わっている。いつものやりとりだ。あと少ししたら、閉会の挨拶が始まるだろう。そうしたら、各自教室に戻って、終礼をして解散だ。もう少しの辛抱。このまま戻らずに保健室に行って横になろうかとも考えたが、戻らないと承太郎が暴走するのではないかと頭を過ぎったので大人しく戻る事にした。その後は滞りなく式は進み閉会となり、各々の教室へと戻った。のだが。
「なまえ。終わったんなら帰るぜ。」
「っ!ちょっと承太郎!1年の教室に来ないでよ!」
「あぁ?いいじゃあねぇか、別に。」
良くない。全然良くない。終礼が終わったばかりで下校してない人がたくさんいるのだ。早く帰らないと、人だかりができてしまうだろう。
パシ、と承太郎の手を取って早歩きで玄関まで歩いていくと「おい…ゆっくり歩け。体にさわる。」と気遣いを見せたが、その気遣いができるなら他の事にも気を回してほしいのだが、とため息が出た。
「ジョジョ〜!本当に、学ランくれないの?」「ボタンだけでもいいから〜。」
玄関でもたついていたら、やっぱり女子生徒が集まってきた。こうなってしまっては、なかなか帰るタイミングがない。
「やかましい!コイツに全部やるって言ったはずだぜ。」
「わっ!」
バサ、と頭に乱暴に掛けられたのは、承太郎の学ランだ。襟のチェーンが顔に当たって痛みで鼻を抑えると、辺りの女子生徒達は「えっ泣いちゃった…。」と騒然とした。違う。万が一泣いていたとしても、嬉しくて泣いているのではなく、痛みで泣いているのだ!
典明を見ると堪えきれずに吹き出していて、一体何が楽しくて笑っているのか意味が分からない。
「悪い、大丈夫か?」と承太郎が顔を覗き込むとまた悲鳴が上がったので、承太郎を思いきり睨みつけた。もう、知ったこっちゃない。帰る!
さっさと靴を履いて玄関を出、校門まで歩くと、後ろから承太郎が追いついてきた。足が長いから、走らずとも追いついたのだろうと思うと、余計に腹が立つ。
「…承太郎は、私と付き合ってると勘違いされてもいいの?」
「…別に、知らねぇ奴相手なら構わねぇな。」
純粋な疑問をぶつけて、返ってきた彼の返答に意外にも納得してしまった。…なるほど。確かに、それは一理ある。だがしかし、私は1年の空白が開くが、またここに通わなければならないのだ。あとの事を、私の事を考えて行動してほしいのだが。それも、今さら言ってももう遅い。
「ちゃんと着ろ。」と頭に乗っていた学ランを着せられたが、袖も裾も長くて肩は余るしまるで子供にでもなった気分だ。本当に腹が立つ!