1年目
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SPW財団の財団員から検査の結果を聞かされた2人は、目を見開いたあと、揃って私を見て、そして典明を見た。私も典明を見ようとしたが、やっぱり怖くて見られなかった。
後日再検査という旨を2人に伝えて、SPW財団の財団員は空条家をあとにした。
「テメーら…なんて顔してやがる。」
顔…?私はいま、そんなに酷い顔をしているだろうか?確かに、不安ではあるのだが。
「…承太郎…ホリィさん…申し訳ありません。」
典明の消え入りそうな声に、私はついに彼の顔を見た。眉間に皺を寄せ、申し訳なさそうに頭を下げる彼の姿に、思わず涙が出そうになった。
「花京院。まさか、謝ってんじゃあねぇだろうな?」
チラ、とこちらに視線を送る承太郎に、思わず言葉が詰まった。だって、その通りだったから。
「謝らなくていいのよ。私、嬉しいわ。…思っていたよりも少し、早いけれど…。」
「聖子、さん…。」
私だって、嬉しい。だけど、私はまだ16歳の子供なのだ。典明との間の子供は当たり前に欲しかったが、私にはまだ、早すぎる。何より、典明がいない。魂はそばにいるが、一緒に育てていけないのだ。私はまだ、その覚悟ができていなかった。それなのに、彼と関係を持ってしまった。私の、責任だ。
「再検査、明日行ってくるんだな。明日は休め。それでいいな?」
「…はい。」
明日、ちゃんとした検査を受けに行く。私のお腹に、典明との子供がいるかいないか、明日分かる。
その日はあとはボーッと過ごし、気づいたら就寝時間になっていたが、眠れるわけがなかった。傍らの典明もずっと無言で考え込んでいるし、私も心の、気持ちの整理ができないでいる。
「典明…好きよ。…愛してる。」
暗い部屋の中でそう口にすると、私の声は静寂に吸い込まれていった。やがて典明からも「僕も…世界でただ1人、君だけを愛してる。」と返ってきたのを確認して、目を閉じた。明日。明日また、考えよう。何をどれだけ考えたところで、現状はなにも変わらないのだ。
「…やはり、妊娠していますね。」
「そう、ですか。」
なぜだか、その言葉を聞いてホッとしている自分がいる。いるかもしれないと言われて慌てたが、やっぱりいませんと言われていたら、私はとても落胆していただろう。
付き添いで来てくれた聖子さんが心做しか嬉しそうで、私も気持ちが上向きになってきた。1人で育てる事に不安は尽きないが、嬉しいものは嬉しい。問題は、典明の方だった。
帰宅している間も、典明は俯いて一言も話さなかった。さすがの聖子さんも、典明の様子を見て彼を心配しているようだった。
「聖子さん。学校の、事なんですけど…。」
私は、典明が卒業できなかった分、ちゃんと3年まで通って卒業をしたい。だから、また通い始めたのだ。
幸い、今は2月の後半。あと少しで学年が変わるタイミングだ。子供が生まれる、いわゆる予定日は10月の後半か11月の前半か、らしいので、1年休学すれば復帰できるだろう。子供がお腹にいる間、ここで生活していては誰に見られるか分からないので、承太郎がアメリカに行くのについて行きあちらで産むのが良いのではないか。あくまでこれは私の希望なのだが、聖子さんはそれを全て肯定してくれて、賛成の意を示したくれた。
「君は…やっぱり強いな…。」
それまで黙っていた典明が口を開いたと思ったら、あの難しい顔はもう消え去っていて、なにか吹っ切れたような顔をしている。
「君はいつも、無茶ばかりしていたもんな…。これくらいの事、君ならやってのけるだろうな。」
「…典明には、言われたくないんだけど。」
私を守ろうとして目を怪我したり、走行中の車のドアを開けて私を受け止めようと身を乗り出していた典明の姿を思い出す。見ているこっちがヒヤヒヤしたものだ。
「なまえ。君の学校生活の邪魔をしてしまって、本当にごめん…。卒業が、遅れてしまうな…。」
「…別に、卒業はできるから大丈夫だよ。」
妊娠した事が、学校にバレなければ、だが。別に仲のいい友達がいるわけではないし、学年が変わってしまってもなんら問題はない。1年間、アメリカに留学すると考えればいいのだ。
聖子さんは典明の声が聞こえはしないが、優しい顔で私達を見守ってくれている。典明の誠実さを、聖子さんも分かってくれているのだ。
「僕は、そばにいることしかできないけど…僕らの子供を、育ててくれるかい?なまえ。」
「…うん。…自信は、ないけど。」
私に、育てられるだろうか?親に、なれるだろうか?今はまだ、実感が湧かないが…いつか、実感が湧く時が来るだろうか?
ガラッ!ピシャン!
いつもよりもいくらか早い時間、承太郎の帰宅を告げる音が玄関に響いた。それからドスドスという足音が聞こえて、私の部屋の襖が勢いよく開かれた。承太郎を見ると僅かに息が上がっていて、走って帰ってきたのだと分かって思わず嬉しくなった。承太郎も、喜んでくれているのだ。
「してたよ、妊娠。」
承太郎が聞くよりも先に私がそう言うと、彼は帽子の鍔を下げて深いため息を吐いた。そしてその場に座り込むので、腕を引いて部屋に入れて襖を閉めると「重い物は、持つんじゃあねぇぜ…。」と気遣いの言葉を零したので少し笑ってしまった。
「花京院…。俺の、義弟になるな。」
「…君の、義弟…嫌だな。」
「ふはっ…!嫌だって、承太郎。」
ニヤ、と意地悪そうな顔で言う承太郎に、眉間に皺を寄せて真面目に返答する典明が面白い。典明は、嫌なものは嫌だと言う。それがいつも面白くて、私は大好きなのだ。
「私、1年留学する事にしたの。承太郎について行くから、よろしくね。」
「やれやれ…。やっとテメーの世話から解放されると思ったんだがな。」
「私の世話…?された覚えがないんだけど…。」
旅の間の話だろうかと思い返したが、やっぱりそんな記憶はない。彼の気遣いなら、いくらでも出てくるのだが。
「おい花京院。こんな奴のどこがいいんだ?」
呆れた顔で承太郎が私を指さして、そう典明に聞くので私も典明を見る。彼は、なんと答えるだろうか、とドキドキして待った。
「ふふ、そんなの…、かわいいからに決まっているだろう?」
典明は最高の笑顔で、楽しそうに、愛おしそうにそう答えた。その笑顔があまりに幸せそうで、私まで幸せな気持ちが伝わってきた。
「……あー、いい。訳さなくていい。今ので分かった。」
ヒラヒラと手を振る承太郎はうんざりしたような顔をしている。自分から聞いたにも関わらずそんな態度を取るなんてどうかと思うのだが。
SPW財団が間に入ってくれて、私の休学手続きは滞りなく進んだ。出産もSPW財団でする事になるだろうし、個人的な事なのでかなり申し訳ないのだが…。これでは、卒業後はSPW財団に入らなければ、恩返しできないではないか。
残りの1ヶ月、承太郎は登校しなくてよかったのだが私が心配だと毎日送り迎えするのでクラスの子達に質問攻めにあった。そもそもあの日、承太郎におぶられて帰っているのを学校中の人が見ていたのだ。彼とは正式な兄弟関係ではないので、それはそれはたくさんの人に勘繰られた。本当に、一緒に暮らしているだけでお互いなにもないのだが。
「本当に、なんで承太郎がモテるのか理解できない。」
「テメーもな。花京院の感性を疑うぜ。」
「ちょっと、私そこまで言ってないんだけど!」
思わずムッとして承太郎の脇腹を肘で小突いたら、同じく下校中の生徒達から「仲良しだ…。」と聞こえてきたのでなんだか居心地が悪い。別に承太郎がいなくとも大丈夫なのに。この前はたまたま、具合が悪かっただけなのに。
残り数週間。もうすぐ、承太郎は卒業する。私の登校日も、それまでだ。それまでは仕方ないが、心配性の承太郎を安心させるために我慢しておいてあげよう。