1年目
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「なまえ、見てごらん。街が綺麗だよ。」
典明の優しい声がすぐ側で聞こえて、目を開ける。目の前にはバスのシートしか見えなくて、ここはどこだっただろうかと典明の声のした方を見ると、その言葉通り綺麗な街並みが視界いっぱいに広がっていた。あぁ、ここは、ベナレスだ。まるで天国にでも来たかのように、綺麗な街。
「ふふ、きれい…。」
なんだかとても気分がよくて、夢見心地で、典明の肩に頬を擦り寄せて、ぎゅ、と腕を回した。幸せ…。なんだか酷く、久しぶりに感じた感覚だ。
「はぁ…かわいすぎる…。」
そう言って手で顔を覆ってしまって、典明の綺麗な顔は見えない。ダメ。見せて。頬を赤らめて、手で隠された瞳は、いったいどんな色をしているのか、私に見せてほしい。その手を優しく掴んで顔から退けると、やっぱり典明は綺麗な顔をしていて背景の穏やかな風景とよく似合っている。とても、神々しい。
「…キスして、典明…。」
「うん…、目を閉じてくれるかい?」
あぁ、幸せ。本当に幸せ。心が満たされていくのが分かる。彼と触れ合って、キスをして、本当に、心から幸せ。
「ふふ…典明…、すき…。……?」
顔になにかが触れる感覚がして目を開けると、バスではなくベッドの上で、典明ではなく承太郎が私を見ているのと目が合った。
「…ゆめ、かぁ……。」
「宣言通り、いい夢を見てたみてぇだな。」
布団に顔を埋めると頬が少し冷たくて、静かに涙を流していたのだと気がついた。顔に触れたなにかは、その涙を拭ったタオルだったらしい。
「うん…。幸せだったよ…。」
「ふ…、寝ながら僕の名前を呼ぶなんて…。君は本当にかわいいな…。」
目尻を下げて嬉しそうにはにかむ典明はとてもかわいくて、むしろ私よりもかわいいんじゃないかと嫉妬心が芽生えそうだ。本当、かわいい人。
「起こしてごめんね…承太郎。もう少し、寝よう…?」
もしかしたら、幸せな夢の、続きが見られるかもしれないと、布団に潜って目を閉じる。何も食べず寝たからお腹が空いている気がする。朝起きたら、温かいスープでも飲もう。
「おやすみ、なまえ。」
「ん……。おはよう…典明、承太郎…。」
次に目を覚ましたのは、カーテンの隙間から朝日が差し込んできた時で、眩しさに寝返りをした振動で承太郎も目を覚ましたようでお互い寝ぼけ眼で目が合った。承太郎のなかなか珍しい寝起き姿を見られた。
「寝起きの承太郎…。写真にしたらファンに高く売れそう…。」
「変な事考えてねぇで早く起きな。今日の体調はどうだ?」
「元気!お腹は空いてるけど…。」
それもものすごく。体調はいいが、今日も空腹は健在のようだ。昨日夕食を食べなかったせいかもしれない。
そこで、腕の点滴が抜けている事に気がついた。また寝ている間に、スタープラチナで外してくれたのだろう。点滴の針を抜いても痛くないなんて、スタープラチナの精密さは、本当にすごい。指示さえもらえれば、スタープラチナで手術だってできるのではないだろうか?
「飯を食ったら、空港に行くぜ。朝は昨日と同じパンでもいいか?」
「うん。あと、温かいスープが飲みたい。」
手際よく朝食の準備を進める承太郎を眺めているとホル・ホースが起き出してきて「おはよう」と挨拶するので「おはよー」と笑顔で返すと安心したように頬を少し緩めていた。元々敵であった彼に心配されるなんて、なんだかおかしな気分だ。
「ご馳走様…。」
「…テメー、調子悪いんじゃあねぇだろうな?全然食ってねぇじゃあねぇか。」
承太郎の指摘通り、あんなに空腹だったにも関わらず昨日の半分ほどしか食べられず、食欲が湧かなかった。お医者さんみたいに頬や首を触って熱がないか確かめる承太郎を大きい手のひらを素直に受け入れるが、彼の体温とそこまで違いはないように感じる。なんなら少し温かく感じた。
「…空港へは俺とホル・ホースで行ってくる。テメーは大人しく寝ときな。」
「……はぁい。」
別に体調の悪さは特に感じてはいないのだが、承太郎の心配通り、もしかしたらこれから悪くなるかもしれない。それに、なんだか今日は外に出る気にはならない。素直に承太郎に従おうと、緩やかに返事をした。
「…なまえ。」
「ん、……あれ、承太郎…。私、寝てた…?」
眠るつもりなんて全然なかったのだが、少し横になって目を瞑った途端に眠りに落ちていたらしい。恐らく数十分程で帰ってきた承太郎に肩を触れられるまで、全然近づいてきていた事にも気が付かなかった。なんだか、ものすごく眠い。これもきっと、悪阻と関係があるのだろう。
「まだ眠そうだな。ホル・ホースが連絡した奴らが来たぜ。こっちに連れてきていいか?」
「…奴ら、って、一人じゃないの?」
「あぁ。ホル・ホースが連絡したのがまだガキだってんで、付き添いで女が来た。」
「そういう事…。うん、いいよ。」
部屋を出ていく承太郎を見送りベッドに腰掛けて髪の毛を軽く整えて佇まいを直していると、廊下から女性と言い争うようなホル・ホースの声が聞こえてきた。いや、言い争うというよりも「アンタ、本当に面倒事を持ってくるんだから」「なんでアンタのためにわざわざ…」と一方的に文句を言われているようで、それに対するホル・ホースの返答は「いや、だってよ…」とタジタジになっている様子だ。女性相手には強く言えないところは、少し好感が持てる。少しね。
やがて開けっ放しの入り口から部屋に入ってきた面々と対峙したが…なんとも微妙な空気が流れる。元々敵同士だったので、笑顔で迎え入れるのもおかしな話だし…お互いかお互いの出方を待っている。
「アンタが、みょうじなまえ…。DIO様…いや、DIOの…。」
向こうには私の名前は伝わっているらしい。と、女性が話しだした事で分かった。その言葉を聞いて、思わず眉間に皺が寄るのが分かった。私はDIOの関係者ではないのに"DIOの"という枕詞をつけられた事に腹が立った。
「確かに私はみょうじなまえだけど…。私は花京院典明の恋人、もしくは空条承太郎の妹です。DIOの、なんて二度と口にしないで。」
ホル・ホースもね、と視線を送ると、部屋の中に再び沈黙が流れた。そしてその沈黙の中、口を開いたのはやはり同じように女性の方で「そう…分かったわ」と意外にも素直な返答が帰ってきて拍子抜けしたというかなんというか。
「なまえ。マライアとボインゴだ。今回の件はさっき移動中に説明した。早速で悪いが花京院を出してくれるか。」
マライアと、ボインゴ。敵だったというが、私は知らない二人だ。よく単独行動をしていたポルナレフならば知っていたかもしれない。
「…典明、出てきてくれる?」
承太郎は典明を出すように言ったが、典明はスタンドではないので私の意思で出す事はできない。だから、今少し躊躇したのは、私ではなく、典明の意思だ。
「…元敵同士…あまりいい気はしないな…。」
少しの間を置いて姿を現した典明は腕を組んで眉間に皺を寄せ二人を睨みつけている。その視線の先の二人はというと、確かに典明に視線を典明に向けている。
「…なるほどな。テメーらにも花京院の姿は見えるってわけか。声はどうだ。聞こえるのか?」
「声…?」
マライアとボインゴは、なんの事だというように顔を見合わせて首を傾げている。どうやら声は聞こえないみたいだ。
「そうか…。了解だ。もう用は済んだ。全員、帰っていいぜ。」
「は?」
「えぇと…承太郎、それはさすがにどうかと思うけど。」
「コイツらがいたらゆっくりできねぇだろうが。」
彼らを指差し、おまけに手で払い除ける仕草をしてみせる承太郎は、本当は彼らを呼ぶのは嫌だったのだと思う。しかし、アメリカまで呼び寄せておいて滞在時間数分。その上こちらの用が済んだら「もう帰っていい」なんて…あまりにも失礼ではないだろうか?
現に、マライアは綺麗な顔を段々と引き攣らせていて…「このッ……ビチグソがァ…ッ!!」と顔に似合わぬ暴言を承太郎へと浴びせている。
「承太郎、ホテル代くらいは出した方がいいんじゃ…。」とは言ったが、マライアはそもそも承太郎の態度が気に入らなかったらしくなかなか収集がつかなくて、あわやスタンドバトルが始まるところだったのを「なまえの目の前で何をする気だ?やるなら外でやれ」という典明の声で承太郎が謝罪を述べた事で事なきを得た。あの承太郎を一言で黙らせる典明…最高にかっこいい…!