1年目
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あの後中野さんの連絡を受けて医師が来てくれ、診察のあと、またしても点滴を繋いで帰っていった。特にお腹に問題はないらしく、自分の体の頑丈さには感謝だ。しかし2日続けて点滴という事態になってしまったため「テメーら…これからは俺がいる時に話せ。分かったな。」と承太郎のお叱りを受けてしまった。
「典明…ごめん。私はただ…、典明の事が好きなだけ、なのに…。」
それがどうして、こうなってしまうのだろうか。自分の体なのに、全然思い通りにならない。
「…僕も、ごめんね…。何もできない自分が…不甲斐ない…。」
典明もまた、自責の念に囚われている。エジプトの旅の間は無敵だと思っていた私達の姿は、もうすっかり過去の事になってしまったみたいだ。
「…ハァ…。おい、暗い話をするんじゃあねぇぜ。」
「……。」
重苦しい空気に耐えられず、承太郎がため息をついたところでとうとうどちらも話さなくなった。今は何を話したところで、明るい空気にする事は不可能だと直感で分かったからだ。
「承太郎、頭だけでも洗いたいんだけど…無理かな?」
「…洗面台で良ければ、だな。」
確かにこのままでは服も脱げないので、洗面所で洗うしかない。少し不便だが背に腹はかえられない。仕方なしに承諾すると、すかさず承太郎が抱っこしようとするので慌てて断って、自分の足で洗面所へ向かった。本当に、過保護すぎる。
「承太郎…人の髪の毛洗った事あるの?上手だね。」
まさかの承太郎が洗ってくれるというので若干の不安を感じていたのだが、意外にもその手つきは優しく、美容院で洗ってもらっているかのように心地いい。洗面台へ手をついているので、こちらからは承太郎の姿は見えないが。
「あぁ、スタープラチナだぜ。」
「えっ?スタプラちゃん!?上手!」
「スタプラちゃん……?」
おっと、つい口が滑った。つい先日落書きした小さいスタープラチナの横に書いた"スタプラちゃん"という字面がかわいくて、それから密かに心の中でそう呼んでいたのだった。
「はぁ〜、気持ちよかった!毎日スタープラチナに洗ってほしいくらい!」
心做しか自分で洗うよりもツヤツヤになった気がする自分の髪の毛を見て、少しテンションが上がった。本当に美容院で洗ってもらったみたいだ。
「…髪、切ろうかな。」
「えっ?」
滑らかになった髪の毛をひと房取って独り言のように零すと、それに反応した典明が姿を現した。それによって承太郎もこちらに視線を寄越すので、大事な事を思い出した。
「そういえば承太郎、典明の声…「あぁ。…ちゃんと届いたぜ。」
聞こえるようになったの?と続くはずだった声は承太郎の嬉しそうな声に遮られた。しかし、彼の嬉しそうな顔は久しぶりに見た。よっぽど、典明と意思の疎通ができるようになったのが嬉しいのだろう。なんだかその姿が珍しくて少しだけかわいい。
「待て。それよりもなまえ。今、髪を切るって。」
「…いや、待って典明。今は典明の声が聞こえるようになった方が重要で「そんな事はどうでもいいんだ。髪を切るって、どのくらい切るつもりだ?5センチ?10センチ?まさかショートにするつもりで…。…いやでも、君はショートも似合いそうだな。」
「もう…!好き…!」
とても真剣な顔で、まるで敵と対峙して作戦を話すかのような典明に、嬉しいような呆れるような擽ったい感情が産まれた。典明は、元々こんな感じだっただろうか?
「君のこの綺麗な黒髪を守りたい気持ちと、ショートカットの君も見てみたい気持ちが…。うん…どっちもいいだろうな。」
「ふふ。典明、承太郎が寂しそうだよ。」
「花京院…テメー、なまえに似てきたな。」
「…そうか?」
目の前で典明と承太郎が楽しそうに話しているのを見て、エジプト上陸前にアブドゥルさんを迎えに行った時の事を思い出した。あの時も確か、承太郎は珍しく楽しそうに笑っていたのだ。
「ふふ。承太郎はどう思う?私、短いのも似合うかな?」
「あぁ、似合うんじゃあねぇか?似合わなかったら、また伸ばしゃあいい。」
「なまえに似合わないなんてありえないだろう!分かってないな、承太郎!」
「オイオイ…楽しそうなのはいいが、みょうじなまえは点滴打ってんだぜ?話すなら座って話せよ。」
未だ洗面所にいてなかなか戻らず大騒ぎしている私達を気にしてホル・ホースが様子を見にきたようで、意外にも心配をしてくれるのでなんとなくポルナレフに似ているなと思った。あの旅が、懐かしい。
「…50日間は、短かったね。…もっと、みんなと過ごしていたかった…。」
「…泣いてねぇだろうな?」
思いのほか小さくて弱々しい声が出てしまって、心配した承太郎に顔を覗きこまれた。眉間にあった皺が消えたので、涙は出なかったみたいだ。
「私…もう寝る。今なら、いい夢が見られる気がする。」
「あぁ?飯は。」
「食欲がないの。それに、昨日もよく眠れなかったし…。」
食欲がないというのは、むしろ私にしたら正常に近い。それは私が、波紋の呼吸の使い手だからだ。つわりがなければ、もともと食べなくてもいいようになっているのだ。
「…俺は、まだ眠くはねぇんだがな…。」
「なまえを抱いて寝たら、きっとよく眠れるぞ。」
「オイ…それでいいのか?花京院。」
いつまで経っても戻ってこない私達を心配して、再びホル・ホースが戻ってきて話に割り込む。彼は、意外に寂しがり屋なのか?
「別にいい。承太郎は絶対に、なまえに手を出す事はしないさ。」
「はぁ…その話はもういい。ほら、さっさと寝るぜ。」
「わぁ!ちょっと承太郎!急に抱き上げないでよ!承太郎の目線、高くてちょっと怖いんだから!」
すっかり慣れたように、当然のように私を抱き上げる承太郎は、もしかしたら私を子供だと思っているのかもしれない。旅をしている時は何度も「重い」と言って眉を寄せていたのに、今では毎日のように私を抱っこし、移動している。まぁ、私は私を甘やかしてくれる人が好きなので、悪い気は全くしないのだが。
「おやすみ、ホル・ホース。また明日。」
なんだかんだ気遣ってくれるホル・ホースに、心を許してしまっている私がいて自分でも驚く。ムカつく奴ではあるが、ホル・ホースはDIOのような本物の悪党ではないのだ。現に「おやすみ」と手を振る彼の顔は、意外にもとても優しい。明日でお別れなのが、少しだけ寂しい気もする。