1年目
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「なまえ。少し、僕と話をしよう。」
昼食後、典明に改まって声をかけられ二人で寝室へとやってきた。約半日姿を現さなかった典明の事だから、何を話すか考えてあるのだろうと思うが、一体どんな話だろうか。
「僕達、一度本音を言い合った方がいいんじゃあないかと思ってね…。普段は気を遣って、言えない事とか。」
キラキラした藤色の瞳がまっすぐ私の目を見るので、私の視線は釘付けになった。普段は言えない事。彼にもあるそれが私にもあるのだと、典明は確信しているのだ。確かに一度くらいは、そういう話をした方がいいのかもしれない。
「うん…。上手く話せるか分からないけど、聞いてくれる…?」
「もちろん。僕の話も聞いてくれるかい?」
「うん。典明の話、聞きたい…。」
僅かに震える手で典明の綺麗な手を掴むと、そのままキスをするかのように口元へと持っていった典明は、本当に王子様なのかもしれない。もちろん触れた感触はないので胸がチクリと痛んだが、こんなのいつもの事だ。
「私ね、病院にいた時から、覚悟してたの。典明が、死ぬかもしれないって。」
「それは…僕もだよ。だから、君と体を重ねたんだ。…君はとてもかわいいから、僕がいなくても君を好きだと言う男はたくさんいるだろうと、諦めようとも思ったんだが…無理だった。自分勝手かもしれないが、この先誰も、君に触れて欲しくなかった。例え僕が死んでも、なまえが僕を忘れずにずっと僕を想い続けてくれればいいと。…幻滅したかい?」
典明の言葉を聞き、首を振る。正直に言うと、とても嬉しい。彼の独占欲が。諦めようと悩むのも、彼らしくて愛おしい。結果諦めなかったので、過程なんてどうでもいいのだ。彼の重いほどの愛が、私はとても嬉しい。
「典明からの想いなら、私、なんでも嬉しいかも。そばにいてくれるなら、だけどね。」
「はぁ…よかった…。本当に、君は器が大きいな…。」
「典明専用の器だけどね。」
自分で言って、気がついた。典明は、私は全てを受け入れてくれる、そんなところが好きだと言っていた事を。私は別に聖人君子ではない。受け入れるといっても、彼が彼であるから、全てを受け入れられるのだ。そう考えると、いま私が言った通り、大きいのは典明のための器だけだ。我ながら的を得た事を言えたものだ。
「もしも典明が死んでしまっても、思い出があれば生きていけると思ってた。だけど…、考えが甘かったんだなって、実感してるよ…。あの時は、幸せだったから…、こうなったあとの辛さを、何も想像できてなかったんだなって…!」
「うん…僕も、一緒だよ。君と同じだよ、なまえ。エジプトの旅は楽しくて、君といられる時間が幸せだった。君が隣にいるだけで。」
一緒だ。同じだ、典明も。いつも誰かしらが怪我をしていた危険な旅だったが、確かにあの50日間は楽しかった。そして、彼と過ごした時間は特に大事で、とても尊い瞬間だった。どの瞬間を切り取っても、幸せしかないのだ。
「典明、どうして死んじゃったの…?私…そばにいたのに、貴方を助けられなくて…ごめんなさい…!…私も、貴方と一緒に死にたかった…!!」
「ッ…!なまえ!!」
最近密かに思っていた気持ちが口をついて出てしまい、珍しく典明は顔を赤くして私を怒鳴りつけた。さすがに言うつもりはなかった言葉だったが、出てしまったものは仕方がないので、そのまま勢いに乗せて、全部吐き出してしまおう。
「典明が、命を懸けているのは知ってたもの!聖子さんと私のために、自分の命を懸けてDIOと対峙してたでしょう!?そんなの、止められないじゃない!!…典明が命を懸けてくれたから、私達はDIOを倒せた。だから、聖子さんも私も生きてる。それも、分かってる…。…分かってるから、辛いの…!」
「だからって!ッ、僕が守った命だぞ…!そんな簡単に…死にたかったなんて……ッ!…いや、違うな…。僕が、…僕が死ななければ…君はそんな事、言わなかった。……そうだろう?なまえ…。」
典明はやっぱり、私の心が読めるんだ…。そうだ。私は典明が生きてさえいてくれたら、例え目を閉じ眠り続けていたとしても、生きる希望になった。生きる意味があった。彼と生きる未来があったのなら。
「典明の魂を掴んだのは、無意識だったけど……嬉しかったの…。まだ、そばにいてくれるって、安心した…。だけど触れられなくて、余計に悲しくて、虚しくて…!でも…!こうしてお話できて、典明の声を聞けて、笑顔も見られて…幸せな瞬間もちゃんとあるッ…!そういう時、…私、典明に出会えて本当に良かったって…、本当に、大好きだなって思ってるの…!」
流れてくる涙は拭っても拭っても頬を濡らし、思い出したようにベッド脇のタオルを取りだし目に当てた。じわじわと涙が吸い込まれていく感覚に、このまま私の不安も吸い取って欲しいと願った。
「僕は…昨日も言ったが、死んだ事を後悔している…。こうして泣いている君を、ただ眺める事しかできないなんて…情けなくて仕方がない…。だけどね、僕はきっと、死ぬ前のあの時に戻っても、きっと同じ選択をすると思うんだ…。君を、DIOから守るために…。…ごめんね、なまえ。一人にしてごめん…!僕も…君を愛してる…ッ!!」
とうとう、お互い言葉を発する事はできなくなった。ただただ涙を流す事しかできなくなって、段々と息が苦しくなってくる。息継ぎが、上手くできない。
「…なまえ?大丈夫かい…?なまえ…。」
「っは、…ハァッ…!てん、…じょう、たろ…!」
「なまえ…!ッ、承太郎!承太郎!!」
これは、たぶんだが過呼吸というものだ。波紋の呼吸を使えるというのに、上手く呼吸ができないなんて情けない…!典明が私から離れられるのは、せいぜい2~3メートルだ。ベッドで蹲る私から距離をとりドアの方へ向かって承太郎を呼んでいるが、声は届かないはずだ。自分でなんとかするしかない。と、一度大きく息を吸おうとしたのだが
バン!
「花京院!」
承太郎が血相を変えて部屋へと飛び込んできて典明を見、私を見た。まさか、典明の声が届いたというのか
「なまえ!」
「はぁ…、だい、じょうぶ…!ただの…かこきゅ…。」
上がった息を整えようとゆっくり呼吸をするも、すぐに噎せてしまう。これは、呼吸法矯正マスクを着けたばかりの時を思い出す。
「ごめん…なまえ…。」と申し訳なさそうに謝る典明を見て、笑顔を返す。あのマスクを着けた時、典明は今みたいに心配していた。ならばあの時みたいに、安心させてあげなければ。
スゥーーーー、ハァーーーーとゆっくり呼吸するのに合わせて承太郎が背中を摩ってくれて、少しずつではあるが体の力が抜けてくるのが分かった。呼吸が自分のタイミングに戻ると、強ばっていた体からは完全に力が抜け、倒れるところを承太郎に受け止められた。
「あまり無理をするな…なまえ…。ホル・ホース。医者を呼んでくれ。」
「んん…ごめん……。…承太郎…もう少し、このままでいさせて…。」
口には出せないが、承太郎の温もりに触れて、安心した。触れ合ったところが温かくて、また少し涙が出た。
「典明…。」
承太郎の肩越しに典明へと両手を差し出すと彼も手を伸ばしてくれて、しっかりと掴んだ。典明の手は温かさも冷たさもなくて、少し寂しい。
「典明…、好き…大好き…。」
「なまえ…、僕を好きになってくれて、ありがとう…。僕も、君を愛してる…。」
泣き顔で笑顔を浮かべる典明は、今まで見たどんな彼よりも、綺麗だった。