1年目
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「ん?」
鞄の中身を机に入れていると、机の奥で何か紙が引っかかってクシャ、と潰れる音がした。昨日、なにか忘れていただろうかと奥に手を入れると、覚えのない感触。ゆっくりと手前に引くと、それは白い封筒のようだった。
「なまえ、それ…!」
「?」
後ろで息を呑む典明をちらりと見ると、眉間に皺が寄っているのが分かる。なに?呪いの手紙かなにか?と考えていたら「ラブレター、じゃあないのか?」と典明が言うので思わず噎せるところだった。
とりあえずそれを自然な動作で鞄へ移動させて、机の中身を整理して一旦心を落ち着かせた。しかし典明が私の背後で「なまえはかわいいからな…。僕以外が彼女の魅力に気がついても仕方がないか…。いや、だけど…。」とブツブツ呟いているので全然落ち着きはしなかった。ただ、典明が私をかわいいと言ってくれている事だけは、素直に嬉しかった。
ソワソワした気持ちで授業を受け続け、気がついたら昼休みになっていた。ソワソワというのは、主に典明がソワソワしていて私にもそれが伝わってきてしまったからだ。典明は、あの白い封筒を目に見えて分かるほど気にしている。
…屋上で、開けてみよう。
恐らく承太郎が既にいるであろう屋上に、お弁当と例の封筒を持って駆けていく。途中、先生に「走るなー!」と言われたけどお構いなしにダッシュして、階段の1番上に到着するとやっぱり先に承太郎は来ていたみたいだ。3年の教室は1階なのに、一体いつからここにいるのか。
「承太郎!なまえが!」
ドアを開けて承太郎の姿を見るなり典明は私を、私の手の中にある封筒を指さした。承太郎はその白い封筒を視界に納めると「…果たし状か?」と目を光らせた。そんなわけあるか。一瞬「いや、なくはないか?」と悩んだのは、つい最近までエジプトで旅をしていたせいだろう。ないない。
「なまえ!早く読んでくれ!」
珍しく典明が焦ったように感情を表に出しているので、大人しくそれに従って封を開けた。ピラ、と中に書かれた文字を見ると、綺麗な字が並んでいるのがチラリと見えた。書いたのは、男性のようである。
「…昼休み、屋上前で待ってます…。えっ。」
思わず3人揃って、屋上の扉を見る。ここは、普段は鍵が閉まっていて入れない。承太郎はなぜか合鍵を持っているし、私はクイーンの能力があるため鍵を開けることができるが、普通はそんな事できないので生徒は誰も入れないのだ。そのため、行き止まりになっているはずのここは、よく告白スポットになっている、とクラスの女子達が話しているのを聞いた事がある。
「え、と。い、行ってくるね。」
「…行くのか?」
典明は眉間に僅かに皺を寄せて悲しそうな表情を見せるので、心が痛んだ。その顔を見ただけで、足が動かなくなる。「はよ行け。」と承太郎がシッシッと手を払うのを見て典明は余計に眉間の皺を深くして承太郎を睨んだが「なまえがテメーを手放すわけねぇだろうが。」という一言で、典明を納得させた。承太郎は、典明の扱いが上手なんだな、と少し感心してしまった。
「典明。告白、かどうかは分からないけど…、もし告白だったとしたら、すごく勇気を出してると思うんだ。それを無視するのは、私にはできないよ。…心配なら、着いてきてくれてもいいよ。」
相手の子には悪いが、典明の不安が少しでも解消されるのなら、私は構わない。
「…そう、だね。…扉越しに、待ってるよ。」
未だ不安が残る表情の典明を見て、彼の手をぎゅ、と握った。数秒そうしているとやがて安心したように顔を上げて「ありがとう、なまえ。」といつもの柔らかい笑顔を浮かべたのでホッと胸を撫で下ろした。
問題は、この後である。一歩一歩、ゆっくり足を進めて扉まで戻ってくると、磨りガラスの向こうに人影がチラリと見えた。…もう、行くしかない。
カチャ…とゆっくりドアを開けると、その人物は驚いた様子でこちらを勢いよく振り返った。普段は決して開くことのない扉が開いたのだ。無理もない。
扉の向こうの承太郎の姿を見られると面倒だとすぐに扉を閉めた。閉まる直前、向こうの典明を再度安心させるために笑顔を向けると、彼も私に優しい視線を送ってくれたので、緊張が僅かに和らいだ。
「あ…隣のクラスの…。」
向き直って呼び出した彼を見ると、知っている人物ではあった。話した事はあっただろうか?合同授業の時に同じグループになった事があったような、なかったような…。
「えぇと、手紙の…?」と聞くと「あぁ、うん。」と返ってきたので、あの白い封筒は彼ので間違いなさそうだった。
「本当に来てくれると思わなかった…。ありがとう。」
「え、なんで?来るよ?」
待たせてしまっていると思うと、罪悪感でソワソワしてしまいそうだし、ろくにお弁当も喉を通らないだろう。と思ったが言える雰囲気ではないため口を噤んだ。この緊張感、私だけではなく向こうも緊張しているみたいだ。
「あの、もう察してると思うんだけど…。僕、みょうじさんが好きなんだ。」
やっぱり。やっぱり告白だったか。だけど、私は彼に、好きになってもらえるような事をした記憶は一切ない。話した記憶すら、思い出せない。
「…私の、どこが好きなの?」
思わずストレートに聞いてしまった。告白なんてされたのは人生2度目なのだ。初めては、もちろん典明だ。いや、実質2度目も典明か。なら、2人目、と数えておこう。
典明以外の人に告白されたのは初めてなので、純粋に気になったのだ。私の1番の魅力は、一体どこなのかと。
「えっ?あの、前から、かわいいと思ってて…。みょうじさん、しばらく学校休んでただろう?その前からかわいいと思ってたんだけど…最近、また学校に来るようになって、嬉しくて…。それに、前より綺麗になってて…。」
かわいい。綺麗。そんな事は、もう分かっている。典明も私の事をいつも「かわいいね。」と言うが、他の人に言われるのはなにか違う。なんだか、私の表面しか見られていないのではないか、と感じてしまう。この違いは、一体何なのか。
「…ありがとう…。でも、ごめんね。私、大事な人がいるの。」
無意識に、右耳のピアスに触れる。典明が肌身離さず着けていた、チェリーのピアスだ。
「私がかわいいのは、彼のお陰なの。…他の誰かじゃ、ダメなの。」
「そう、なんだ…。」
彼はあからさまにしゅんとしてしまって、とても心苦しい。だけど、だからといって気持ちには応えられないのだ。
「告白、してくれてありがとう。応えられなくてごめんね。」
「いや、大丈夫…。ありがとう…。」
彼はついにしゃがみこんでしまって、どうしていいか分からなくなってしまう。気にせず行ってくれて構わない、と彼は口にするが、本当に行ってしまっていいのだろうか?
「なまえ、戻っておいで。」
扉越しに典明の声が聞こえて、思わずそちらを見る。迷ってもたついていると「彼は、情けない姿を君に見られたくないんだ。おいで。」と再度再度私を呼ぶので、ようやく足を動かして屋上への扉を開けた。
「あの…ここ、本当は立ち入り禁止だから、内緒にしてくれる…?」
「はは…もちろん。」
空気が読めない奴だと思われたかもしれないが、どうしても伝えておかなければとお願いすると、彼はしゃがんで腕に顔を埋めたまま快諾してくれた。いい人だ。いい人だからこそ、心苦しく思う。彼が、素敵な女性と巡り会えることを願わずにはいられない。
「…なまえ、ありがとう。僕を、変わらず想ってくれて…。」
「?変わらず好きだけど?え、典明は違うの…?」
なんだか切なそうな言い方に、私の背中を冷や汗が伝った。まさか典明が、心変わりをしたんじゃ…と顔を青くして震えていると「あぁ違う!違うんだ!」と大慌てで否定したので、心の底から安堵のため息が出た。へにゃ、と座り込むと、しばらく立てない気になる。もしかして、これ、腰が抜けてないか?
「あの、承太郎。笑わないで聞いてほしいんだけど…。…立てない。助けて。」
私はまだ、お弁当を食べてない。昼休みは時間に限りがあるのだ。緊張と不安が消えたら急激にお腹がすいてきたので、今すぐ承太郎の隣に置かれたお弁当が食べたい。
「やれやれだぜ…。おら。」
決してそこから動かずにお弁当を差し出す承太郎は、彼らしいといえば彼らしいか。しかし、私が手を伸ばしても、あとちょっとが届かなくてプルプル震えていたらニヤニヤしている顔がお弁当越しに見えたので怒りで体が動いたので結果オーライだった。承太郎の肩を狙ったパンチは、彼が避けた事により彼が寄りかかっていた手摺りが少しばかり変形してしまったが。
うーん…、やっぱり、なんだか調子が良くない。午後の授業が始まって静かに席に着いてはいるが、全然集中できない。朝、承太郎に指摘された顔色の悪さと、関係があるのだろうか?早退するほどではないダルさなので、保健室で少し休んで、承太郎と下校しようか。
「すみません。体調が優れないので保健室に行ってきます。」
挙手をして先生に伝えて立ち上がると、少し立ちくらみがした。お大事にな、と労う先生の声を聞いて廊下へ出ると、身体中の血液がサー、と引いていく感覚がして思わずしゃがみ込んだ。
「なまえ!…大丈夫か…?」
私が体調不良を訴えたのは初めての事で、典明はオロオロと狼狽えている。おかしい。私は常に、波紋の呼吸を使っているのだ。それが、体調不良だなんて。意識して血の巡りをコントロールすると、やがて気持ち悪さも落ち着いてきてゆっくりと立ち上がる。とりあえず、今は一旦保健室へ行って、あとの事はそれから考えよう。
「大丈夫だよ、典明。少し、横になりたいかな。」
心配かけまいと笑顔を見せたが、上手く笑えていなかっただろうか?典明は私を見て、眉間に皺を寄せて黙ってしまった。今はもう、なんともない。さっきのは、なんだったのだろうか?