1年目
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「…承太郎…?」
いつ眠ったのか覚えていないが、朝日の眩しさで目が覚めた。違和感を感じて自分の腕を見ると点滴が繋がれていて、ため息がでた。そんなに、良くない状態だったのかと。
「なまえ。起きたか。気分はどうだ?」
「…ん…あんまり…。お腹の子は…。」
「あぁ、問題ない。頑丈な、波紋使いの母親で良かったな。」
承太郎は軽口を叩きながら、私のお腹をポンポンと撫でた。まだ外からじゃ全く分からないが、承太郎のその仕草にここにいるのだと実感させられる。
「私のお腹にいる間は、安心安全だね。」
ふふ、と笑顔が漏れたところで、ふと、典明の姿がない事に気がつく。典明はあのあと、どうしただろうか。
「承太郎…、典明は…?」
「あぁ、花京院は…少し、一人で考えて、落ち着きたいと。」
承太郎から返ってきた答えを聞き、典明らしい、と思った。典明は、意外とプライドが高いところがあるので、くよくよ悩んでいるところを私や承太郎に見られるのが嫌なのだろう。それに彼は一人で考えた方が、考えが纏まるタイプだ。それが分かるから、今は姿が見えなくても私は大丈夫なのだ。
「テメーらは、意外とお互いの事分かってンだな。」
「そうかな…?お互いがお互いの事を、一番に考えてるから、かなぁ…?」
私は典明の事を誰よりも考えて、想っている自信がある。典明の方は分からないけど、きっと同じなのだと思う。それに、そうだったら嬉しい。
「承太郎…ありがとう…。私…、や、きっと典明も、承太郎がいなかったらどうなってたか分からない。あと、苦労かけてごめんね。」
「!……別に、気にするな。泣くんじゃあねぇ。」
いつからかベッドの横に備え付けたタオルを顔に押し付けて涙を吸い取ってくれる承太郎。以前はゴシゴシと乱暴に拭いていたのが、今ではすっかり力加減にも慣れてその手つきは優しい。まるで、典明のようだ。
「承太郎…、この点滴はいつ終わる…?なにか飲みたいし…その前に歯を磨きたいんだけど…。」
起き上がるのは少ししんどそうではあるが、歯を磨きたいのは確か。それに、欲をいえばシャワーだって浴びたい。…しんどそうではあるが…。
「あぁ、あと1時間はかかるだろうな。歯を磨くくらいなら、連れてってやるが。」
「ありがとう…。あぁ大丈夫だよ。肩を貸してくれるだけで。」
ゆっくり体を起こすとそのまま抱っこで連れていかれるところだったので、慌てて制止した。放っておけば承太郎は、移動のたびに抱っこで連れて行ってくれそうな勢いだ。承太郎の優しさはありがたいが、このままでは寝たきりになってしまう。
「承太郎…肩を貸してと言った手前申し訳ないんだけど、肩はどう考えても届かないから、腕を貸して…。」
160センチと195センチでは肩の位置が違いすぎるのを失念していて、肩を借りようとすると却って辛くなるのに気づいて腕を借りる事にした。こうして改めて見てみると承太郎は本当に、足も長いし身長も高い。ジョセフさんに似たのだろうか?
「みょうじなまえ…。体は大丈夫…じゃあなさそうだな…。」
「ホル・ホース…。昨日の事は、忘れて頂戴。」
洗面所へと向かう途中で会ったホル・ホースが私の姿を見つけるなり心配そうな表情で駆け寄ってくるので、邪険には扱えなかった。それに今の言い方は、私が妊娠中の体であることを知っているかのような口振りだった。きっと、承太郎に聞いたのだろう。
「アンタがそんなに弱っているところを見るのは初めてだ…。さすがに心配にもなる。」
「そう…ね。私だって、初めてよ。…ごめん、あまり体調が良くないから、またあとで…。」
「あぁ、悪ィな、引き留めちまって。」
断りを入れてから洗面所へとやってきて、やっと歯を磨く事ができた。歯ブラシを上下左右へ動かしながら、ぼんやりと考える。昨日、DIOの夢を見ていた時に起こしてくれたのは典明とホル・ホースの2人だ。それも、ホル・ホースが私の腕を掴んだ事で目が覚めたと言ってもいいだろう。大袈裟に言うと、奴は私を悪夢から救ってくれた恩人というわけだ。そんな人に傲慢な態度を取るのは、もうやめた方がいいのかもしれない。というよりも、このまま貫き続ける意味もないし、むしろ誇れることではないのでこれからは態度を改めよう、と心の中でひっそりと決心して、口の中の汚れを全て洗い流した。
「ありがと、承太郎。行き先は、リビングのソファでいいよ。…ホットミルクを飲みたいんだけど、いい?」
「あぁ、分かった。」
再び重い体を引き摺ってリビングまで行くと、部屋にいた中野さんとホル・ホースは気遣わしげな視線を私に向け、ソファの上を片付けてくれてなんだか申し訳なかった。
「私は一度仮眠のために帰りますが…。体調は如何ですか?なにか必要なものがあれば、夕方、持ってきますが。」
「少し、いや、だいぶ体が重いですが、それだけです。大丈夫ですよ。必要なものは…美味しいものがたくさんあれば、嬉しいです。」
ソファに深く体を沈みこませて、弱々しくはあったが笑顔を返すと、中野さんはやはり心配ではあるようだが納得し、「分かりました。ではまた後ほど。」と部屋を出ていった。心配かけて、申し訳がない。
「ほら、ホットミルクだぜ。飲みな。」
承太郎が入れてくれたホットミルクを一口のみ、ようやく一息ついた。点滴のお陰もあってか、少しだけ楽になった気がする。
「…昨日は…起こしてくれてありがとう…ホル・ホース。助かったよ…。」
忘れてくれとは言ったが感謝は伝えたくて、素直に感謝の言葉を述べると彼は少し驚いたような表情を浮かべたあと「おう。」と短い返事を漏らした。余計な一言を言わないよう、彼なりに気を遣っているようだ。
「DIOは…本当、とんでもないものを残していってくれたわね…。」
それも関わった者たちへの恐怖心や行き場のない憎悪という、とても厄介なもの。奴は奪うだけ奪って、人々に恐怖心を植え付けるだけ植え付けて、消えてしまった。死してなお、忌々しい奴だ。
「なまえ、食えそうなら食え。」
承太郎が用意してくれた朝食のパン。色々な種類のパンを用意してくれているが、食べられるだろうか…と一口口に入れるととても美味しくて食欲が湧いてきた。
「美味しい…。食べられそうだよ、承太郎。」
「そいつはよかった。気に入ったものがあれば、あとで追加で買ってくるぜ。」
モグモグと咀嚼しながら、次はどれを食べようかと考えて、ひとつ手に取ったところで、ホル・ホースが口を開いて「追加でって…、まだこんなにあるじゃあねぇか。」と言うので思わず承太郎と顔を見合わせた。
「…ここにあるものは、なまえの1食分だ。」
「1食分…、1食分!!?嘘だろ!!?」
ガタ、と椅子を揺らし立ち上がるホル・ホースはテーブルを埋め尽くすパンを見て、そして私を見る。この体のどこに入るのだろうかと考えているのだろう。久しぶりの反応すぎて、逆に新鮮だ。
「男でも3つも食や腹いっぱいだぜ…?」
「元々そういう体質なのよ。波紋の呼吸のおかげで人並みになってたんだけど、悪阻の影響で戻っちゃって。」
話しながらも食べ続け、もう3つめを食べ始めている私を、ホル・ホースはなおも信じられないようなものを見る目で眺めている。さすがにちょっと失礼ではないだろうか?
「ん、これ承太郎好きそう。食べてみて!」
「…あぁ、悪かねぇな。」
「あぁ〜〜…!!」
承太郎が好きそうな味だと思い差し出したパンは、半分くらい食べられてしまった。私だって美味しいと思っていたのにだ。悲しい。思わずドン、と承太郎の胸を叩くと彼は苦い顔をして「…悪い。あとでちゃんと買ってくるぜ。」と謝罪を述べるので指切りをして約束をさせた。食べ物の恨みは怖いんだぞ。