1年目
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両手を典明と繋いで、そういえば、今は何時だろうかと時計を見ると夜中の2時を回っていて背筋が冷えた。このままこれが治らなければ、9月から大学生になる承太郎の迷惑になる事間違いなしだ。
「なまえ…。きっと、怖い夢を見ているんだよね?…僕は、君に何もしてあげられないんだな…。」
そう小さく呟く典明は、悲しげに視線を伏せてしまった。そんな顔しないで、と言いたいのに、そんな顔にさせたのは私なのだ。言葉が喉につかえて、出てこない。
「いや…今は、そんな事言ってる場合じゃあないな。」
顔を上げた典明はまた、眉を下げて力なく笑っていた。無理やり笑顔を浮かべているのは一目瞭然なのに、それでも私の口から言葉が出てくる事はなかった。
「あの時の君みたいに、今度は僕が、悪夢から救ってあげたいんだが…。」
「あの時…。」
あの時、と聞いて、数ヶ月前の出来事を思い起こした。典明が悪夢に悩まされていた、デスサーティーン戦の事を。
「あの時、僕は君に救われたんだ。そのもっと前から、君の事は好きだったけど、あの時、君は僕を無条件に信じてくれたから…。僕は、君に釣り合う男じゃあないが、誰かに取られるくらいなら僕のものにしたい、って思ったんだ。」
僕のもの。僕の。典明の。前にDIOに所有物扱いされた時はものすごい嫌悪感に襲われたのに、今、典明に「僕のもの」と言われてもなにも感じない。いや、それどころかとても嬉しい気持ちが湧き上がってきた。なんだ、私は所有物扱いされて怒っていたんじゃなかったのか。DIOに言われたのが嫌だっただけだったのか。と、典明の伝えたい事とは恐らく関係のないところだったが妙に腑に落ちて、納得した。私は、典明のもの。それが、今はなによりも嬉しい。
「…なまえ?…僕はいま、君に2度目の告白をしているんだけど、聞いているかい?」
「あ、うん。…聞いてる。嬉しい。すごく、嬉しい…典明。」
嬉しい?と典明は首を傾げる。きっと、思っていた反応と違ったのだろうと思う。だけど、嬉しい。嬉しくて、思わず「ふふ…。」と声が漏れる。それを聞いた典明は、ますます首を傾けるだけだった。
「典明。私はいつも、典明に救われてるよ。今みたいに。いつも、ありがとう。」
その言葉に嘘はない。本当は典明と触れ合ったり、キスしたりしたい。だけど、典明の笑顔や言葉で救われているのも確かだ。辛い事ばかりでは、ないのだ。
「…典明、好き。…大好き。愛してる。」
私はやっぱり、典明が好きだ。たとえ触れられなくとも、ずっと、この先も、死ぬまで。彼を愛し続けるだろう。
「…はは…。やっぱり、君はすごいな…。僕なんかより、ずっとかっこいい…。なまえ…僕も、ずっと君だけを愛してる。君だけを見てるよ。」
私達はきっと、お互いを傷つけあうだろう。彼がこうして、私のそばにいる限り。私達2人とも、彼の死を受け入れ、乗り越えない限り。お互いがお互いを、愛し続ける限り、ずっと。
「…ふぁ……、眠くなってきちゃった…。」
「眠いなら寝ろ。ここで寝ていい。」
辛い事実に気づいたところで、思考が鈍ってきて眠気がやってきた。もう夜中の2時半を過ぎているので当たり前だ。電話を終え戻ってきた承太郎はここで寝ていいと言ってくれているので、甘えさせてもらう事にしてそのまま横になった。
「明日の朝一で医者が来る。それまで寝てな。」
「ありがとう…、承太郎。典明も…。おやすみ。」
しっかりと肩まで布団を掛けてもらって、目を閉じる。眠るのは少し怖いが、こうして2人が見守ってくれているのでその不安も和らいでいく気がする。布団から出た手を握られ典明かもしれないと目を開けようと思ったが、違ってガッカリしたくなかったのでやめた。それにこの温もりは、恐らく承太郎のものだろう。それが分かってしまって、結局少しガッカリしてしまった。
「承太郎…。お医者さんは、なんて…?」
翌朝、目を覚ましてから待機していてくれたSPW財団の医師に診察をしてもらい、先ほど帰っていった。診断のあとは長い事承太郎と話していたので、診断結果などが出ていれば承太郎に告げられたのだと思う。私に直接診断結果を告げないという事は、あまりいい結果ではなかったはずだ。その証拠に、承太郎は私と目を合わせて険しい表情を浮かべている。
「……妊娠中だから、確かな事は言えねぇと…。」
長い沈黙のあと、承太郎が話したのはそれだけだった。その言葉には、続きがあるはずだが。
「私は、いま自分の体に何が起きてるのか、知りたい。…教えて、承太郎。」
私もまっすぐ彼の目を見つめ返し、数秒見つめ合った。そして先に視線を逸らしたのは承太郎の方で、やれやれだぜ…とため息を吐いたのち、テーブルにカサ、と白い袋を置いた。
「…これは、私の薬…?」
自分の名前の書かれたそれを手に取り中を改めると日本語で書かれた処方箋が入っていて、開いて読むと、処方されたのは抗うつ薬と睡眠導入剤のようで、妙に納得した。
「…妊娠中でも、そういった症状は出る。無理しねぇで、辛くなったら飲みな。」
妊娠中"でも"
承太郎は典明の死が原因で私がこうなったと思っている。
"辛くなったら"
辛くなる、なんてない。あの日から私は、ずっと辛い。いつも私のそばにいる典明に心配をかけないように、ただ、毎日を生きていただけだ。典明が、残された私を見て「一人にしてごめん。」と謝るのが嫌いだ。彼はやるべき事をやって死んだ。自分の命をかけるしかなかった。分かってたし、分かっている。分かっているからこそ、それを言われたくない。言われたくないから、私も彼が死んでしまった辛さを、隠していたのだ。
「なまえ…、ごめん。ごめんね…。」
やっぱり、典明は謝る。そんな事、言って欲しくないのに。
「…典明の、せいじゃないよ…。そういう時は…"それくらい僕の事が好きなんだね。ありがとう。"でいいんだよ。」
いつも私の欲しい言葉ばかりくれるくせに、こういう時は言ってくれないのか。
「〜〜っ!…承太郎、なにか飲みたい。温かいの!」
胸が苦しくて、気を紛らわせようと大きな声を出したが、結局目からは涙がポロポロ零れてきて、また止まらなくなってしまった。無意識にだが、承太郎にも典明にも、隠していた。それを自覚すると、悲しい、辛い、疲れた、色々な感情が胸の中で渦を巻いて、漠然とした不安が襲ってくる。私がこんなので、やがて産まれてくる子供は果たして幸せだろうか、私に育てられるだろうかと、不安や恐怖が纏わりついてくる感覚がする。
「私…どうしたらいい…?…今まで、どうやって生きてきたか、分からないっ……!」
「落ち着け。腹に障るだろうが。」
「…うっ……、典明…承太郎…私、どうしちゃったんだろう…どうしよう…。どうしたら…ッ!」
私の問いに、2人は答えてはくれない。典明が私に触れようとして、その手が無情にもすり抜けるのが見えた。典明は、ここにいるのに。なぜ触れられないのか。
「ッ!…承太郎、ごめ、気持ちわる…!」
突然やってきた吐き気に口元を抑えると、承太郎はすぐに私を抱き上げて洗面所へと走った。あんまり急ぐものだから、体が揺れて気持ち悪さが増した気がするがなんとか耐えて、目的の洗面台に着くと同時に腹の中のものを吐き出した。これが悪阻というものなのか、はたまた散々泣いた事で吐いたのかは、私には分からなかった。吐き出したものと涙でぐちゃぐちゃで、今の私の顔は、とてもじゃないが見れたものじゃない。
「…なまえ…。」
背後で典明が私を呼ぶ声がするが、鏡越しにでも今の顔を見られたくなくて、加えて喋るのも辛くて、手を軽く上げて精一杯の返事を返した。
「…なまえ、少し横になってな。」
口を濯いで顔を洗い終えると承太郎が気遣う声をかけてくれるが…。
「…ん…、…歩けない…。」
頭が重くて歩けない。こんな事、波紋を使えるようになってからはもちろんの事、初めての経験だ。と考えたところで、波紋の呼吸が乱れている事に気がついた。腹の中のものを吐き出した時に気道が塞がれて、それからずっと乱れていたようだ。
承太郎が来た時と同様に私を子供のように抱き上げてくれるのに甘えて身を委ねていると、典明の気遣わしげな視線と目が合ったので安心させようと目を細めたが、彼の眉間の皺が深くなったので私はいま、よっぽど酷い顔をしているのかもしれない。