1年目
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朝。いつもと違う感覚に違和感を覚えて目が覚めた。なんだか承太郎の匂いがするし温かいし硬いなぁ、と考え、ハッと目を開けると承太郎の部屋だった。私、また承太郎のベッドに…!目の前にいるのは承太郎なのだろうと思うが、顔を見れずにいたら「なまえ、起きたか…。」と疲れたような声で名を呼ばれた。やっぱり、起きている。
「承太郎…おはよう…。あの、私、また…。」
承太郎の背中にしっかりと回っている腕を解いて体を離ししかしそのまま動けないでいると、彼は小さくため息を吐きポン、と私の頭に手を置いた。
「俺は別に構わねぇが…なまえ、テメー本当に、大丈夫か?」
大丈夫、とは。もしかして一昨日の夕方見た怖い夢を見て魘されていたのだろうか。言われてみれば怖い夢を見ていたような気もする。内容は、思い出せないが。
「私は…大丈夫、だと思うけど…。どんな夢だったかも、覚えてないし。」
「そうじゃなく…いや、なんでもねぇ。」
そういえば、一昨日の夕方見た夢の内容もあまり覚えていない。その後にした会話は覚えているので、典明が死んでしまう夢だった、というのは覚えているが…。
承太郎は心配の眼差しを私に向けていたが、やがて諦めたように体を起こしてベッドから出た。体を伸ばして首を鳴らしているので、疲れているように見えたのは気のせいではないみたいだ。
「それより、花京院の心配をした方がいいんじゃあねぇか?一晩中すごい顔してたぜ。」
「すごい顔…?」
そういえば典明は…と体を起こして部屋を見回すと、口を一文字に引き結んで眉間に皺を寄せている彼と目が合った。確かに、すごい顔。それでも綺麗な顔だが。
「なまえ…。君、魘されていた記憶もないのか?…泣いていたんだぞ。」
「そうなの…?覚えて、ない…。なにも。」
そもそも、ここには自分で来たのだろうか?まさか承太郎が連れてきたわけではないだろう。魘されている声が聞こえて心配したのなら、部屋に入って私を起こすか、そのまま部屋にいてくれるかだ、承太郎は。という事は、私が自分で承太郎の部屋までやってきた事になるが…生憎、本当に記憶にない。
「今日の予定はどうする。やめとくか?」
いつの間にか私服に着替えた承太郎は私を気遣う声をかけてくれるが…私が部屋にいるのに着替えたのか。典明に視線を向けていたから気が付かなかったが、承太郎は本当に私を女性として見ていないのだと再認識した。
しかし、今日の予定か…。別に身体に異常はないし、気分が沈んでいるわけでもない。ただ、なんか変だなぁ、と感じているだけ。
「…行く。私、元気だよ。」
典明も承太郎も、未だ眉間に皺が寄っている。心配をしてくれているのだろうが、私には、何を心配しているのかよく分からない。
「そうか。何か不調を感じたら、すぐに言うんだぜ。分かったな?」
「…うん。」
まだ何か言いたげだったが、「まずはメシだな。」とだけ言って承太郎はそのまま部屋を出ていってしまった。私がここに残る意味はないので、続いてベッドを降りようと布団を捲ると、承太郎が部屋へと戻ってきた。手には私の靴があったので、部屋から持ってきてくれたようだ。
「…ありがとう、承太郎。」
「…あぁ。」
大人しく靴を履いて立ち上がり、考える。一昨日といい昨日といい、魘されて承太郎のベッドへ行くなんて、どうしたのだろうか?今までこんな事になった事はない。前例がないのだ。慣れない地に越してきて、疲れているのだろうか?それとも、妊娠している事で不安定になっているとか?考えても、分からない。
なんにしても、今日は悪夢など、見なければいいな、とこの時は軽く考えていた。しかしこの日の夜も、無意識のうちに承太郎の部屋へと行き彼のベッドで眠ろうとして、典明と承太郎に起こされた。起きた時に2人の顔が見えて、あぁまたか、と思った。頬が涙で濡れているのが分かって、やっぱり自分に何かが起こってるんだな、と他人事のようにぼんやりと考えた。
「ごめん、承太郎…。ごめん…。」
なぜだか、胸が苦しくて涙が出てくる。今まで泣いていたからだろうか。なぜ泣いているのか、自分でも分からない。ぎゅ、と承太郎を抱きしめると温かくて少し安心した。仕方なしに、泣いている私の背中に回された片腕も温かくて、さらにまた少し安心した。
「なまえ、どうしたんだ?どうして、泣いてるんだい…?」
チラリと見えた典明の顔は、眉は下がっているがとても優しい。声も私を安心させるような優しい声だ。だけど、彼の問いには答えられない。分からない。分からないのだ。なにも。
「わ、わか…分からないの…なにも。どうしてここにいるのかも、どうして、涙が出るのかも…。」
悲しいのか、辛いのか、苦しいのか、悔しいのか。この涙の正体は、なんなのか。典明なら、分かるだろうか?
「…なまえ。…僕は、話を聞いてあげる事しかできない。だから、なんでも話してくれ。僕も一緒に、考えるから。」
そんな事、そんな悲しい事言わないで。話を聞く事しかできないなんて、そんな事はない。典明の笑顔は、私を癒してくれるし、安心させてくれる。それに、……それに…。
…典明に触れたい。触れられたい。前みたいに、たくさんキスして、たくさんキスしてほしい。抱きしめて、ほしい…。
「うぅ…、典明……、典明ぃ……!」
名前を呼びながら彼の手首を掴むも、温もりはなくて胸がきゅ、と締め付けられた。なぜ、彼はここにいるのに。承太郎にだって見えているのに。彼は、確かにここにいるのに。
「…医者を呼ぶ。なまえ…ここにいていいから、一度腕を離せ。」
「い、嫌だ…!まだ、ここにいて、承太郎…ッ!」
電話をするために離れようとする承太郎を離すまいと、腕の力を強めて引き止めた。先ほど掴んだ典明の手が痛みで震えている、と思ったら、震えていたのは私の手の方だった。手だけではなく肩まで震えているようで、いよいよ自分はおかしいのではないかと疑い始めた。私は本当に、どうしてしまったのか。
「なまえ…。一度、落ち着こう。お腹に障る。…一度、深呼吸しようか。」
お腹に障る。その言葉に、一気に不安になった。私がこうしていたら、お腹の子供は、もしかしたら流れてしまうかもしれない。もしそうなってしまったら、私はきっと、生きる意味を失ってしまうような気がする。
「君は確か、5分間息を吸って、吐いていられるんだったか?本当にすごいな。その場合の深呼吸は…どのくらいのペースですればいいんだ…?」
気を紛らわせようと明るく接してくれる典明の声を聞きながら、乱れた呼吸を戻そうとゆっくり息を吸って、吐いた。そして典明の言った言葉について考えていたら、だいぶ呼吸も落ち着き、体の震えは徐々に治まっていき、やがて止まった。
「典明…すごい…。私、あなたがいないと生きられないかも…。」
「はぁ…。縁起でもねぇ事言ってんじゃあねぇ。いい加減離せ。」
嫌だ、と言いたかったが、仕方なく腕の力を緩めた。体の震えが治まりはしたが、不安はまだ消えていなかった。なんの不安なのか、これ以上どうすれば消えるのか、全然分からない。腕から抜け出した承太郎は「すぐ戻る。」と一言告げ、今度こそ部屋を出ていった。