1年目
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私達が日本に帰ってきてから、1ヶ月が経った。大好きな彼、花京院典明が死んでから、1ヶ月だ。
人が目の前で死んでいくような非現実的な状況が続いていたのに、久々の日本はとても平和で、この1ヶ月間、まるで夢を見ているようだった。
いや、もしかしたら、エジプトに行った事が夢だったのかもしれない。花京院典明なんて最初からいなくて、ただ、私と、聖子さんと、承太郎と、元々仲良く暮らしていたんじゃなかっただろうか?
いや、違う。あの幸せな時間は、確かにあった。…あったのだ。
そうじゃなかったら、いま私の目の前にいる花京院典明の存在の、説明がつかない。正確には、彼の魂、だが。
「おはよう…典明。」
典明は、死んで魂だけの存在になってしまった。私のスタンド能力を使わないと、彼には触れられないし、彼からは私に触れられない。会話ができる事が救いか。
「おはよう、なまえ。」
そう言って笑顔を浮かべる典明は、一晩中私の寝顔を眺めていたのだろうと思う。私が眠る前と同じ位置に、今も座っている。
ムクリと起き上がって、のそのそと布団を畳む私を、典明は静かに眺めている。エジプトへ行く前には行っていなかった、学校へ行き始めたのだ。もちろん、典明も着いてくる。彼は私から、離れられないのだ。離れられる距離はせいぜい、1~2メートルといったところか。これのせいでトイレにも一緒に行かないといけないのがネックである。(さすがにドアの外で待ってもらうが。)
「聖子さん、承太郎、おはよう。」
身支度を済ませて居間へ行くと既に2人は揃っていて朝食を食べ始めていたので、私もそれに倣った。聖子さんの作るお味噌汁は、やっぱり美味しい。
「おい、なまえ。今日は顔色が良くねぇぜ。」
承太郎のその言葉を聞いて、そういえば…と考える。ここのところ、なんとなく体が重い日が、あるような、ないような…。波紋の呼吸を使っているはずなのに、日中やたら眠かったりもする。今日も、もう少し横になっていたかった。
「自分じゃ分からないんだけど、そんなに悪い?」
承太郎はこういう事にはすぐ気づく。私でも分からないうちに体調を崩しているのかもしれない。
「いや、テメーが気にならねぇなら良い。…食ったなら、もう行くぜ。」
「あ、待ってよ承太郎!」
食べ終わったお皿を台所に返して、聖子さんへ行ってきますのキスも忘れずに、玄関を出ると、承太郎がちゃんと、私を待ってくれていた。置いていくみたいな事を言っておいて待ってくれる承太郎は相変わらず優しいが、思わずからかってしまいたくなるのは何故だろうか?
「なーに?私の事、待ってくれてたの?素直じゃないんだから!」
「…うっとおしい。本当に置いていくか?」
「やだ、置いてかないでってば!承太郎!」
朝から騒がしくしている私達を、典明は楽しそうな笑顔で眺めている。傍観者を決め込んでいる典明を見て、少し寂しく思う。本当なら、ここに典明もいて、3人で楽しく登校したかった。それは、ただの1度も叶わないのだと思うと、やっぱり寂しいし、悲しい。
「ジョジョ!」「おはよう、ジョジョ!」
承太郎と典明と登校ルートを歩いていくと、私のしんみりとした気持ちとは裏腹に女子生徒達の黄色い声が耳に入ってきた。だいたいいつも同じ道で、承太郎の登校を待っている子達。いわば承太郎のファン達だ。いつも朝から明るく元気で、かわいらしい。
「なまえちゃんも、おはよう。」
「おはようございます!」
彼女達の明るさに引っ張られるように、私も明るく挨拶を返した。最初のうちは私の事を訝しんでいた彼女達も、承太郎が「…妹だ。」と一言言っただけで対応が変わったので今や良好な関係だ。別に、友達などではないが。
「うっとおしい。」「やかましい。」と言われてもめげずに、むしろ「私に言ったのよ。」「違うわ、私よ!」と謎の奪い合いをする彼女達のメンタルの強さは尊敬できるものがある。相手が承太郎なので、それに関しては理解できないが。
「みんな、承太郎のどこがいいんですか?」と純粋な疑問を口にしたら「顔!」と口を揃えて言うのでますます分からなくなった。ただ綺麗なだけのこの顔がいいなんて、別に承太郎じゃなくてもいいじゃないか、と思ってしまう。
「典明…、花京院さんの方が、かっこいいのに。」
典明は元々顔がいい上に、色んなタイプの笑顔を見せてくれる。それに、泣いても怒っても綺麗だ。それなのにみんな、承太郎の方がいいなんてどうかしてる。
「花京院くんも、確かにかっこよかったわね…。」「もっと話してみたかったな…。」
途端にしんみりした空気になってしまったので、慌てて謝罪をした。なにもこんな空気にしようと思ったわけではない。
「なまえちゃんは花京院くん派なのね。というか、そのピアスって、「なまえ、置いてくぜ。」
承太郎が助け舟を出してくれて、助かった。別に典明と付き合っていたのはバレても構わないが、それで同情されるのはまっぴらごめんだったからだ。
「承太郎待ってよ!先輩方、すみません。失礼します。」
丁寧に挨拶を済ませて承太郎に追いつくと、じと、とした目で見られた。典明の姿は、私達にしか見えないのだ。無闇矢鱈に思い出させて、変な空気にするものではない。私はいつもそばに典明がいるから、当たり前のように名前を出してしまった。気をつけなければ。
「ごめんね、典明。」
勝手に自分の話をされて、挙句あの空気は嫌だったろうと謝罪すると、典明は意外にも嬉しそうに笑顔を浮かべて「ん?あぁ、君が、僕の方が好きだと言ってくれたから、嬉しくて。」と気にしてないように言うので思わず呆気に取られた。典明は、元々こんなに明るかっただろうか?私が知らなかっただけ?
「やれやれだぜ…。じゃあな。」
学校の玄関に着くと、承太郎はそれだけ言ってさっさと靴を履き替えて3年の校舎へ行ってしまった。私も、自分の教室へ行かなければならない。
学校にまた通い始めて1ヶ月経つが、未だに教室に入るのに、少し勇気がいる。
「典明…今日も手、繋いで…。」
彼の姿が周りに見えないのをいい事に、毎日こうして、彼にお願いをしている。私がお願いすると彼はいつも「いいよ。」と優しい笑顔で手を差し出してくれるので、私はそれに甘えさせてもらっているのだ。彼の手を握ると不思議なもので、緊張が和らいでくるのだ。うん、今日も大丈夫。
「ありがとう、典明。…好き。」
「ふ…、僕も好き。」
この1ヶ月の間ですっかり恒例になった儀式を済ませて、ようやく私は、教室への扉を開けて、一歩踏み出した。
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