第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「なまえさん、口開けて。」
私の前でしゃがみこんで箸をこちらに向ける露伴。箸で摘んでいるのは、伊達巻だろうか?手作りっぽくて市販のものよりは少し形が歪だ。
「えっ何それ露伴が作ったの?味見なら自分で、むぐっ!」
問答無用で口にそれが突っ込まれて、思わず露伴を睨みつけた。その様子を眺めていた初流乃が「岸辺先生、もう少し優しくしてあげてください。」と言ってくれているが、この男は直す気はさらさらないだろう。というか、初流乃は典親に栗きんとんの味見をしてもらっているじゃないか、かわいい。それに、初流乃は当たり前だが食べやすいように少量取って口に運んであげている。私も、初流乃からが良かった…。
「ん、美味しいよ。けど次からはもう少し食べやすいように「そうか、良かった。初流乃、戻ろう。」
「露伴!!」
なんだか今日の露伴は変だ。いや、元々そうなのだが。なんだかとても塩対応じゃないか?サッと体を起こして手を伸ばしたがかわされてしまった。立ち上がって逃げる露伴を追いかけると「なんだ君、立てるんじゃあないか!」と声を上げて私から逃げるので安心した。そうだ、露伴はこうじゃなくちゃ。
「おい!人の家で走らせないでくれ!止まれ!」
「えー露伴が止まってくれたら止まるよ〜。」
「うふふ、仲良しね。」
「!!」
ドタドタと走り回って、聖子さんの姿を見つけた露伴は突然ピタ、と立ち止まったのでやっと捕まえた。
「騒がしくしてすみません。」とすました顔で謝罪をする露伴はやっぱり変だ。なんというかこう…猫を被っているというか…。
「大丈夫だよ露伴。聖子さんはこんな事で怒らないよ。高校生の時も、承太郎とよく追いかけっこしてたし。」
尤も、その頃は私は追いかけられる側だったが、と心の中で付け足した。
「そういう話をしているんじゃあない。というか、今の話、君は高校生の時からなんにも変わってないって事じゃあないか。あ。」
私の額を人差し指で小突いているところを聖子さんに見られたと、露伴は再度体を硬くした。だけど、今見えた露伴の姿の方が、ずっといい。きっと、聖子さんもそう思ってる。
「露伴、私いつもの露伴の方が好きだよ。」
「はっ?好き、って、君…まさか、」
「あ、うん。聖子さんには言ったよ。」
そういえば露伴に言うのを忘れていた。さすがに露伴も怒るだろうかと様子を伺っていると「ホリィさん、ちょっとなまえさんと出かけてきます。途中なのにすみません。」と聖子さんにお箸を渡して私の腕を取った。痛くはないが強めに掴まれたそれは、逃げるなよ、と言っているようでやっぱり怒っているようである。
「聖子さん。典明と子供達に伝えておいてくれる?」
「えぇ。あんまり遅くならないようにね。典明くんが心配するから。」
「はぁ〜い。」
露伴はペコ、と最後に頭を下げてから歩き出した。玄関にかけっぱなしにしていた上着を着て外に出ると思いのほか寒かったので露伴の手を握ると温かかった。
「…おい。僕は怒っているんだが?当たり前のように手を繋ぐな。」
口ではそう言いながらもそのままポケットに手を入れるあたり本気で怒っているわけではないらしい。むしろかわいらしくて笑みが溢れた。
「ふふ。ねぇ、寒いから近くのカフェにでも行く?お話するにはいいでしょ?」
「君…僕が有名人だって忘れたのか?人が多いところはNGだ。完全個室の居酒屋なんかがあればいいが、夕食前だしな…。このままでいい。」
「あるよ、ちょうどいいお店。一駅隣なんだけど。」
露伴はこのままでいいと言うが、私が嫌だ。呼吸で体温を上げたって、寒いものは寒い。今度は私が露伴の手を取って、道を急いだ。駅に着いて電車がちょうど来たおかげで、家を出てから30分程で着いたそこはちょっと敷居の高い料亭で、露伴は少したじろいだようだが私が元気よく挨拶して入っていくのを見て大人しく後へと着いてきた。
「一部屋お借りしてもいいですか?この方は漫画家の岸辺露伴先生で、スタンドについて話をお聞きしたくて。」
「あぁ、みょうじさん。随分久しぶりだね。S市での活躍も聞いたよ。どうぞ、奥の部屋使って。」
このお店はSPW財団の運営している店舗のひとつで、スタンド関連の話をする時にたまに利用させてもらっているのだ。普通のお店ではできない話をするので、とても助かっている。まぁ今回に限っては、完全に私用なのだが。
「君がSPW財団の財団員なんて、未だに信じられないな…。」
「私もちゃんと、26歳してるでしょ〜?」
お通しとドリンクを1杯出してもらったしせっかくだからなにか食べようかとメニューを開いたら、露伴に即奪われた。別に私は今食べても、後でまた食べられるのに、と唇を尖らせると「そういうとこを言ってるんだ。」とバカにされた気がする。
「それで、露伴が話したい事だけど…ごめんね、言うの忘れてて。」
「そうそれだよ!普通親に言うか!?そもそも言うにしたって僕にお伺いを立てるのが筋なんじゃないのか!?挙句の果てに忘れるって…ッ!本当、君って奴は!」
大声で捲し立てられ、口を挟む隙もない。そもそも言い返す言葉もないが。思わず小さくなって、指をいじいじしながら思いつく限りの言い訳をするために口を開いた。
「ごめんってば〜。だって、私、"好き!"ってなったら態度に出そうだし…。子供達には、さすがに言えないけど…。」
「君、かわいく言って逃れようとしてないか?」
かわいく、言ったつもりはないし、逃れる、とは?一体何から…?
「逃れるって…?はっ、まさか露伴、私に手を出そうとして個室に…!?」
思わず両腕で体を隠すと今日一の声量の「バカか君は!」と怒声を頂いた。バカって言った!今バカって!
「だから、聖子さんは私達の関係も知ってるから、気を遣わないで過ごしてほしいの。じゃなきゃ、一緒に来た意味がないじゃない。」
私はそもそも、そういうつもりで露伴を連れてきた。じゃなきゃわざわざ声を掛けたりなんかしない。…多分。
「気を遣わないわけにはいかないだろう…君の家族だぞ。」
「うーん…私の家族だからこそ、かな。聖子さん、本当に怒らないよ。そういうところ、私にそっくりだし。」
私に、というより、私が聖子さんにそっくりなのだろうけど。
「君と似てるっていうのは分かる。明るくて憎めなくて、そして全てを包み込むような…。」
露伴はそこまで言って、言葉を切った。私の言いたいことが伝わったみたいだ。
「そうなの!全てを受け入れて、包み込んでくれるの!本当に、何度救われたことか…。聖子さんは受け入れてくれるの。だから、大丈夫だよ。」
ぎゅ、と握った露伴の手は、私よりも冷たかった。温もりを分けるように包み込むと、やがて触れ合ったところから体温が溶け合っていって、馴染んだ。
「全く君には、敵わないな。…これが、花京院さんが言っていたやつか…。」
「典明?」
「…いや、こっちの話だ。それより今のでいい話を思いついた。何か描けるもの…いや、書くものはないか?メモだけでもしたい。」
店員に頼んで紙とペンを持ってきてもらい、すぐに何やら書き始めるので静かに終わるのを待った。露伴の創作意欲には本当に頭が下がる。私も相当なはずだが、露伴には敵わない。現に今、先ほど彼に取り上げられたメニュー表からいくつか注文をして食事をしているが、尚もペンは止まらず、独り言も止まりそうにない。
「露伴、ひま〜。」
「そうか。」
「…露伴、好き。」
「あぁ、そうだな。」
ム。これは、話を聞いていないでは済まされないな。あからさまにテキトーな返事をしているのに腹が立つ。こっちはお酒も3杯目で、料理だって大皿を5つも空にしているというのに。そろそろ帰らないと、典明が心配する。
「露伴、キスしてもいい?」
「あぁ、いいんじゃあないか?」
露伴の返事を頂いたところで席を立ち、彼の隣に移動したが尚も紙に向かって独り言を呟いてペンを走らせているのでなんだか悔しかった。
しかし彼の頬にちゅ、と軽くキスをするとこちらに視線を向けたので、やっと私が隣に来た事に気がついたらしい。目を見開いてこちらを見るその瞳は、私からテーブルへと移り、そして腕時計へと到着した。
「何?もうこんなに経ってたのか。そろそろ帰らないとな。というか、君、いつの間に食事を?」
「露伴。そういうのはいいから、帰る前に少し、甘えてもいい?」
隣合った2人の距離を縮めて、膝が当たる距離に近づくと、彼はようやく体をこちらに向けて「君…本当にかわいいな。あざとい。」と不満気な言葉を吐きながらも頬を赤らめた。露伴はこういうところがかわいい。
「だって、露伴が構ってくれないから。ねぇほら、放っとかれて可哀想ななまえちゃんをかわいがってよ。」
露伴の手を取り頬に当ててスリスリすると「…猫みたいだな。」と言いながら親指で撫でるので、少し擽ったい。あぁ、このままキスしてほしいな、と彼を見つめていたら赤い顔を顰めて「その顔は反則じゃあないか?」と一言。その顔、がどんな顔なのかは分からないが、キスしてほしいと、彼に伝わっただろうか?
「してくれるの?しないの?」と最後に問うと「しないとは言ってないだろう!」と語気を強めた返事が返ってきた。本当に素直じゃない。だけどそこがかわいい。
「じゃあ露伴。キスして。してほしい。」
顔を近づけて目を閉じる。少し恥ずかしく思ったが、静かに待っていないと露伴はしてくれないと思ったのだ。やがてため息をひとつ吐いて「これが惚れた弱みってやつか…。」と零したと思ったら唇が触れ合った感覚がした。そのまま離れていきそうな気配を感じて距離を詰めるとさらに唇が密着して、彼の体が硬くなるのが分かった。
「…ん、露伴…。は…好き。」
「ッ、待っ、…待て!」
グイ、と両肩を押されて強制的に距離を取られた。露伴を見ると顔を真っ赤にさせていて、なかなか珍しい表情が見られた。
「君はいちいち反応がエロい!僕を誘惑するな!」
「ちょっと、大声でそういう事言わないでよ!」
個室とはいえ防音ではない。はずだ。仕事でやってきた体で借りているのに、そういう事に使われていると知れたら、もう使えなくなるじゃないか!
「うるさいッ!ほら、もう帰るぞ!花京院さんが心配するだろう!」
赤い顔のまま帰り支度をする露伴は、その赤い顔のまま帰るのだろうかと少し心配になるが、お酒で赤くなったようにも見えるからきっと大丈夫だろう。たぶん。
お店の人にきちんとお礼を伝えて、ついでに露伴のサインなんかもプレゼントして、問題なく店を出た。来る時は寒くて仕方なかったが、お酒を飲んだ今は逆に気持ちがいい。
「もう帰るまで、君とはキスしないからな。」
「空条邸に帰るまで?」
「バカか!今のでどうしてそうなる!杜王町に帰るまでだ!」
がーん。私が何をしたっていうんだ…。それにまたバカって言った!