第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「おやすみ、典親、初流乃。」
広い和室に、布団が4組。なんだか、修学旅行のようである。隣合って布団に入る典親と初流乃が微笑ましすぎて、口元のニヤニヤが抑えきれないでいたら「2人とも、同じ顔してるぞ…。」と露伴に指摘された。典明も、私と同じく典親と初流乃にキュンキュンしていたみたいだ。
「消すぞ。」という露伴の声と同時に部屋の電気が消されると、当たり前だが部屋の中が真っ暗になった。
子供達のおやすみなさい、という声を最後に静寂がやってきて、やがて寝息が聞こえてきたので典親も初流乃も眠れたようで安心した。初流乃は布団や枕が変わると眠りが浅くなるようなので心配していたが、枕だけでも持ってきておいてよかった。
「なまえ。」
「!」
随分久しぶりに、スタンド越しに名前を呼ばれた。呼んだのは、言わずもがな典明だ。同じ布団に入る彼の顔を見上げると、優しい笑顔の彼と目が合った。ただそれだけなのに、私の心の内側から、好きが溢れだしてくる。
「好き!」
「はは。知ってるよ。」
目を細めて楽しそうに笑うその笑顔も、好き!
「今日は、抱き合って寝ようって言っただろう?おいで。」
「…ッ!」
典明の言葉にさすがに心臓がドキッと音を立てて、思わず叫び出してしまいそうになった。だって、あ、あまりにかっこよすぎる…!!
お言葉に甘えて彼の腕の中へ収まると、典明の匂いがするし胸筋の弾力に脳が蕩けそうになる。典明の、硬いけどちゃんと弾力のあるこの胸筋が好きなのだ。本当に、いい筋肉!
「典明の胸に押し潰されたい…。」
「…変態。」
スタンド越しの会話は、うっかりすると心の声を聞かれてしまうのを忘れていた。だけど、まぁ、いいか。典明は私の事なら、なんでも分かってしまうのだし。
典明の胸で彼の匂いに包まれて眠ると、驚くほどよく眠れる。この世のどんな睡眠薬よりも私によく効く、と胸を張って言える。
「典明。好き。10年一緒にいても、ずっと好き。私の語彙力じゃ、どれだけ好きか、きっと伝わらないよね…。」
出会った頃から今まで、1日たりとも典明の事を考えない日はなかった。それに毎日、私の中の典明への愛がアップデートされていくのが驚きで、不思議でならない。花京院典明という男は、何度、私を惚れ直させた事か。きっと今日よりも明日、明日よりも明後日は、もっと好きになっているのだろうと思うと、明日がくるのが楽しみになってくるのだ。
「こうしてたら、分かるよ。君は本当に、僕が大好きだな。」
そう嬉しそうに言いながら典明が頬を寄せると、触れ合った頬が温かいような気がしてくる。体温はないはずなのに、じんわりと温かい、気がする。
「ねぇ、なんだか触れ合ってるところが温かい気がするの。この温かいのって、典明からの愛、だったりする?」
「ふ…。きっとそうかもな。そうだったらいいな。…もっと、伝わってほしい…。」
手を取って結ばれた指や手のひらから、また温もりが感じられるので心臓がきゅう、と掴まれたような感覚になった。やっぱりこの温もりは、愛で間違いなさそうだ。
「典明からの愛は、温かいね…。こんなの、もっと好きになっちゃう…。」
「はは、かわいい事言うな。いいよ、もっと好きになって。そうしたら僕も、もっと君を好きになって、たくさんの愛をあげる。」
典明はこういう事を、サラッと言ってのける。そのせいで、単純な私の頭はまたさらに典明に熱を上げ、心臓の鼓動をドキドキと速めた。毎日、これ以上好きになれないと思うほど好きなのに、軽々とそれを越えさせてくる典明が恐ろしい。
「はーー…。典明、本当に毎日かっこよさの更新するよね…。私、典明の事知らなさすぎ?」
毎日私の知らない一面が見られるのは嬉しいが、彼への理解力が足りないのではないかと少し不安になってくる。
「いや…、僕には分からないけど、それは君が引き出しているんじゃあないか?」
「私が…?じゃあ、私のかわいさは典明が引き出してるって事?」
「いや、それは元々だ。」
あまりの即答に、思わず閉口してしまった。私が典明の事になると何でもかんでも全て肯定するように、典明も私の事になると何でもかんでも肯定してくれるところがある。年々似てきた、というよりは、出会った頃からその辺は似た者同士だったな…と少しだけ過去を思い出した。
「ねぇ、典明は、いつから私の事かわいいって思ってた?」
出会った時からだが?と即答する典明にもう少し詳しく教えてほしいとお願いすると、あぁ、あの時からだ、と話してくれた。
「君と承太郎に、肉の芽を抜いてもらった時、あの時君は、僕のために怪我をしていただろう?君は僕に、死ななくて良かった、と言ったんだ。自分が怪我をするだけで、僕の命が救えるのなら、と。本当、あの時は君を、女神かなにかだと思ったよ。」
触れ合っている手がの温かさが増している気がして、思わずぎゅ、と握ると痛いくらいに握り返された。彼のその行為に、今度は心臓が掴まれたような感覚になった。
「それに、その日の夜、僕を気にかけてくれて色々と世話を焼いてくれただろう?たくさん喋る君が、かわいくて仕方なくてね…。」
「ふふ、懐かしい。こんなに綺麗な男の人なんて初めてだったから、緊張してたの。脱いだ服も、なんだかいい匂いがするし…、あ。」
そういえば、彼の学ランを預かった時、男の人からするものとは思えない、いい匂いがして驚いたのを思い出した。今も同じ匂いがするので、これは柔軟剤や香水などではなく彼の体からする匂いという事になる。一体どういう原理や理屈でこんなにいい匂いが…?
「私、典明の脱いだ学ランがあんまりいい匂いだったから…部屋を出たあと、クンクンするところだったの。」
「っはは!初対面でそれはちょっと怖いなぁ。」
「だよねぇ。立ち止まって葛藤してたら、その姿を承太郎に見られてね、助かったよ。」
あの時承太郎が通らなかったら、間違いなくやってただろうな。今はもう好きな時にクンクンできるけど、あの時は出会ってたった数時間だった。それでも危うくやってしまいそうになるほどに、典明の体からはいい匂いがしているのだ。
「ねぇ典明、キスしたい。や、してほしい。」
「うん。みんな寝てるから、静かにね。」
そう言って人差し指を口元にあてて「しー」と言う典明がかわいくて綺麗でかっこよくて、キスをする前からドキドキさせる。
「ふ、かわいい…。本当にかわいいね、なまえ。」
サラ、と典明のしっぽが頬に当たったのを合図に、目を閉じた。直後唇が重なって、もうなにも考えられなくなった。典明とキスをすると、もちろんドキドキしたり頭がふわふわした気分になるが、それだけではなく不思議な感覚になる。彼の魂と直接触れ合っているからだろうか。私の中の何かと、典明の中のなにかが、静かに混ざりあって、溶けて、ひとつになっていくような、とても穏やかで、心地よい感覚。
「ふふ、典明のしっぽ、擽ったい。」
「しっぽ、ね…。君がそう言うと、なんだかかわいらしいものに思えてくるな。」
顔を揺らすとフリフリとしっぽが震えて、本当に動物のしっぽみたいだ。頬をサラサラと撫でるような感覚が、やっぱり少し擽ったい。
「私のしっぽも、早く伸びないかな。」
典明とお揃いにしたくて伸ばしはじめた私のしっぽ。元々ロングだったのを切ってショートにして10年。伸ばしはじめたのは最近なので、もう少し伸びてほしい。
「これも君のしっぽだと思うと、やっぱりなんだかかわいいな。」
スル、と彼の手が私の髪を撫でる。その動物を撫でるような手つきに、少し笑ってしまう。
「さ、もう寝よう、なまえ。おやすみ。」
額におやすみのキスをして、典明は再度私を自分の胸に抱きしめた。そうすると私がよく眠れるのが分かっている。さすが私の事は私以上に知っている典明。
「ん…おやすみ、典明。」
典明の匂いに包まれて、思い出に浸って、今日は最高にいい気分で眠りにつける。幸せ。目を閉じると10年前の典明との思い出がいくつも浮かんできて、気がついたら眠りに落ちていたらしい。
次に意識が浮上したのはザッザッ、という何やらスケッチしているような…。恐らく露伴がスケッチブックに何かを描いている音が聞こえて目を開けると、私と典明がピッタリくっついているのを上から見下ろしてスケッチしていて、思わずビクッと体が跳ねた。その反応で典明も目を開けて「なまえ…?どうし、…露伴、何してるんだ?」と訝しげな視線を露伴へと向けた。
「おはよう、2人とも。朝からいいものが見れた。すまんがもう少しだけそうしててくれると助かる。」
真顔で鉛筆を走らせる露伴に見下ろされて、少し怖い。やがて子供達が目を覚ましてこの光景を不思議そうに眺め始めたところで、露伴は満足したように上から退いたのでやっと私と典明も体を起こした。なにか幸せな夢を見ていた気がするのに、寝起きの衝撃で忘れてしまった。
「露伴…寝起きでそれはやめてよ。びっくりするじゃない。」
「そうか。起きたら君達がかわいらしく寄り添っていたんでな、思わず。」
全く悪びれた様子もなく、露伴はスケッチブックと筆記用具を片付けている。あれはかわいらしいものを見る顔だっただろうか?
「さぁお前達。布団を片付けるから、先に歯を磨きに行ってなさい。」
もう興味もないのか、露伴は子供達にそう告げて布団を畳んでいる。それを見て、思い出した。これが彼の通常運転だったな…、と。