第4部 杜王町を離れるまで 前編
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「聖子さーーん!典親ーー!世界一かわいいなまえちゃんと世界一かっこいい典明くんが帰ってきましたよー!」
「おい…本当にこの家で合ってるのか…?大豪邸だが…。」
年末、半ば無理やり露伴を引っ張って、空条邸へと帰ってきた。もちろん、典明と初流乃も一緒だ。空条邸のあまりの広さに露伴は引いているが、表札の「空條」という文字を見て「…合ってるな…。」と更にゲンナリしている。めちゃめちゃ嫌そうである。
「あら、世界一かわいいなまえちゃんに、世界一かっこいい典明くんだわ!おかえりなさーい!」
聖子さんの明るい声に顔を向けると、いつものあの天真爛漫な笑顔を浮かべて私達を出迎えてくれた。少し遅れてやってきた典親は「パパ、ママ、おかえり。」と笑顔を浮かべたあと「初流乃くん!露伴先生!」と2人にも笑顔を向けた。時間が空いたから人見知りしないかと少し心配していたが、そんな心配は無用だったようだ。
「イギー!おいでー!」と声を大きくしてイギーを呼ぶと、面倒くさそうではあったが家の中からイギーが出てきたので抱き上げると「アギ。」といつもの挨拶をしてくれた。
「聖子さん、こちら、漫画家の岸辺露伴先生。訳あって彼の家にお邪魔してるの。聖子さんに紹介したくて連れてきちゃった。」
もちろん、事前に連絡はしているが。紹介された露伴は、いつもの彼とは大違いの振る舞いで、上着を腕にかけて恭しく頭を下げて「初めまして、岸辺露伴です。無理をいってお邪魔させてもらって、ありがとうございます。これ、つまらないものですが。」と口にするので、ここにいる聖子さん以外の全員は、彼を見て言葉を失った。ヘアバンドを外している露伴の髪が、重力に従ってサラ、と下に落ちた。
「まぁ、ご丁寧にありがとね。さ、上がって!」
露伴からのお土産を受け取った聖子さんが上がるようにと促すので、みんな露伴から視線を外して靴を脱ぎ始めるが、誰も一言も発さなかった。
「おい…黙るのはやめてくれ。」
「…いや…。ねぇ?」
みんなに同意を求めるように視線をさ迷わせると、典明も、初流乃でさえも、神妙な面持ちでコク、と一度頷いた。典親だけは露伴の手を取って「露伴先生…大人みたいだった。」と純粋な瞳で言うので私も典明も初流乃も、思わず盛大に吹き出してしまった。
「典親…僕はれっきとした大人だぞ…。」という露伴に、ついに全員笑い出してしまった。典親、露伴の事子供だと思ってたんだ…!
「…聖子さん。承太郎は?」
台所で2人になったタイミングで、私は気になった事を尋ねる。あれから、承太郎とは連絡を取っていない。露伴の家にたまに、今どうしているか、と電話がかかってくるようだが、私に繋がる事はないしこちらから連絡する事もないので分からないのだ。
「承太郎?さぁ…帰ってこないんじゃないかしら?」
そう口にする聖子さんは、平気なフリをしているが内心寂しいのではないかと感じる。承太郎は人の気持ちに鈍感すぎるくらい鈍感だ。小さい事にはすぐに気付くくせに、気持ちの機微に関してはてんでダメだ。
「なーに?承太郎と喧嘩でもしたの?」
「!」
聖子さんは、私の顔を見てすぐに勘づいたみたいだ。だけど、あの事件の事を、聖子さんに話すのは憚られる。
「うーん…。まぁ、喧嘩、かな。典明の手が出るレベルの。」
「まぁ!あの典明くんが!?」
あの、と聖子さんは驚いているが、典明は案外すぐに手が出る。それも流血するレベルの力で。私はその対象になった事はないが、何度か目にした事があるのだ。
「承太郎がごめんなさいね?あとでよく言っておくわ。」
聖子さんは、何があったのかは聞かないでいてくれる。私が言いたくないのを理解して、聞かないでくれているのだ。聖子さんは、私の事を典明の次によく分かっている。
「ありがとう、聖子さん。」
それよりも、だ。私は、聖子さんに聞いてほしい事がある。大事な話だ。
「聖子さん…。露伴の、事なんだけど…。」
声のトーンを落としてそう話し出すと、聖子さんは手を止めて私に向き直るので、私も手を止めた。
「聖子さんに、幻滅されちゃうかもしれないんだけど…。」と思わず予防線を張ってしまう。1回、2回深呼吸をして、私は再度口を開いた。
「露伴と私、今、恋人同士なの。…典明も、それを受け入れてる。」
「!!」
衝撃的な告白に、聖子さんは両手で口元を隠してしまった。やはり言葉にすると、なかなかに衝撃的な事実だ。
「そう…。そうなの…。」
「言葉にすると、最低だね、私…。」
言葉を失う聖子さんを見て、段々と気持ちが沈んできた。聖子さんを、失望させてしまっただろうか?だけど、露伴との事を、聖子さんには隠さずに知っておいてほしかったのだ。
「最低だなんて、言わないで。どんな経緯でそうなったのか、私には分からないけど…。なまえちゃんと典明くんが決めたんでしょう?きっと、2人とも悩んで、苦しんだ末に、決めたんじゃないかしら?」
「!…聖子、さん…。」
聖子さんは、私と、典明を信じている。心から、信じてくれているのだ。それが心から嬉しくて、胸の辺りがムズムズして温かくなって、ポロ、と涙が溢れた。
「ありがとう…聖子さん…。ありがとう…。」
聖子さんはやっぱり、私のお母さんだ。私の事を、承太郎と同じくらい心配して、理解して、信じて、愛をくれる。本当に、大好き。典明と同じくらい、大好きだ。
「でも驚いたわぁ。なまえちゃん、典明くん以外の男の人に、興味あったのね。」
「…ふ…。ね、それは私もびっくりです。」
聖子さんが零した一言に思わず笑ってしまったが、本当にその通りだ。一体、誰が予想できただろうか。
「なんだか、楽しそうですね。」
「典明!」
台所へやってきた典明を抱きついて匂いを嗅ぐと、なぜだか露伴の匂いがする。「典明、露伴の体に入ってるの?」と聞くと「あぁ、お絵描きしてたんだ。」と言うので納得した。典明は、物を触る事ができないから、露伴の体に入っていたのだ。
「君が泣いてると思ったから急いで来たんだけど…もう泣き止んでたか。」
典明はそう言って優しい笑顔で私の目元を指でなぞるので、それを見ていた聖子さんは「まぁ!」と女の子みたいに頬を染めている。
「典明くん、相変わらずなまえちゃんの王子様ね!素敵。」
「聖子さん、今の典明、最高にかっこよかったですよね?ね?」
「ほんと、かっこいいわぁ〜!」
きゃあきゃあと黄色い声を上げる私と聖子さんを前に、典明は照れたようにはにかむので危うく気を失うかと思った。自分がいると邪魔になるから、と典明が台所を去るまで、私と聖子さんの騒ぎが収まることはなかった。