第3部 杜王町 その後の物語
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「君は今、生きている。生きようとしている。後悔なんて、人間、生きていれば何度だってする。過去がどうだったかは関係なく、今の君の話をしてるんだ。」
「今の、わたし…?」
今の私は、あの頃より、強くなっただろうか?自分では分からなくて顔を上げると、ギョッとした顔の露伴と目が合った。
「おいおい…かわいい顔が台無しだぜ。花京院さんがいなくて良かったな。」
露伴はそう言ってそばにあったティッシュで涙を拭いてくれた。少し乱暴な手つきではあったが。
「ん…典明は、それでもかわいいって言ってくれるから大丈夫。」
「…はぁ…、そうだな。そうだったな。」
露伴のその言い方に思わず頬が緩んで彼を見ると、眉を下げて何やら優しげな、愛おしげな笑顔でこちらを見ていたので思わずドキリとした。
「君はそうやって、笑っていればいいんだ。どんなに辛い過去があったとしても、笑っていられる間は、笑ってろ。それが君の、強さの証明になる。」
露伴の言っていることは、簡単な言葉のはずなのに、私にはよく分からなかった。でも分からないなりに、かっこよくて、いい事を言っているという事は分かった。露伴はたまにこういうところがあるから、少し憎たらしい。
「…話が逸れちゃったね…ごめん。」
いくらか頭がスッキリしたところで、未だグラスに残っていたお酒を勢いよく飲み干した。
「おい。追い酒をするな。」
私を心配してグラスを掴んだ彼の手を、私はパシ、と逆側の手で掴み返した。
「露伴。…触れても、いい?」
「…もう、触れてるだろう。…別にいいが。」
良い、と許可をもらったのをいい事に、両手で露伴の手を取り、向かい合う。
「私は、露伴が好き。典明は、私と露伴が…恋人…のようなもの、になるのを許してる。…1番好き、じゃないのが申し訳ないけど…。それらを踏まえて、露伴はどう思ってる?どうしたい?」
お酒はもう、頭からは抜けている。まっすぐ露伴の目を見つめると、彼は数回ぱちぱちと瞬きをして、ふ、と目を細めた。
「僕は、別に君の一番になりたいわけじゃない。最初からそうだ。ただ、君の事が好きで、そばで見守っていられれば、それで良かったんだ。花京院さんの前でしか見られない顔を、横から見られるだけで…。それを君は…、」
露伴はそこで言葉を切って、ため息を一度吐いた。
「やたらと抱きついてきたり、露伴露伴とかわいく僕を呼んだり。挙句の果てにはキスしたいと強請ってきて…!人の気も知らないで、本当に君は…!!」
「あ、あの、それに関しては、本当にごめん。」
今まで私が好き勝手やってきた事で、露伴には相当我慢をさせてきた。我慢できる人だと思って甘えていたのだ。
「それでまんまとキスしたのは、あとでさすがに後悔したんだが…君があれをきっかけに、好きになってくれたのなら、良かったのかもな…。…あくまで、結果的に、だからな。」
怒ったり、笑ったり、また怒ったり。露伴は感情豊かで、忙しい奴だな。本当に、見ていて飽きない。
「君と初めて会った時…何の苦労も関係ないようなほど美人なのに、瞳の奥に真っ黒な闇が見え隠れしていて…なんて魅力的な少女なんだと思った。その、心の闇の正体は一体何なのか、とにかくそれが知りたかった。…最初は、本当にそれだけだったんだ。」
露伴は繋がれた手を離して残ったビールを煽るので、私もグラスにお酒をついで、それを勢いよく煽った。
一度酔いを醒ましたあとなので、心地よくなってきた。
「今は、君がかわいくて仕方がない。バカだし、花京院さんの事しか見えてないし、アホほど強いのにたまに子供みたいに泣くし、無茶ばかりするバカだけど…とにかくかわいいんだよ…。クソ、悔しい…。」
露伴はそう言って俯いてしまったが、今、私の事を褒めているようで貶している気がするのだが、胸倉を掴んでもいいだろうか?バカって2回言った。
「それに、花京院さんは…やっぱりかっこいいよな…。…いや…こういうのは、今はいいな。本題の…僕が、どうしたいか、だが。」
グシャ、と、露伴は飲み終わったビールの缶を潰してテーブルに置いた。いよいよ話すか、と気を引き締めたのだが、露伴は徐ろに立ち上がり、追加のビールを取りに行ってしまって思わず気が抜けた。戻ってきた彼は顔を強ばらせていたので、露伴も緊張をしているようだ。
席についてゴクゴクとビールを一気に、半分ほど喉に流した露伴は、急にダン、とビールを置いて潤んだ瞳を私に向けた。その潤んだ瞳はお酒のせいなのか、はたまたそうではないのか、私では分からない。だけどかわいくて、愛おしく思った。
「僕は、君が好きだ。それも、自分ではもう、どうしようもないくらいに。君がそうさせたんだ。責任を取ってくれ。」
「責任、って…、それは、私の都合のいいように捉えてもいいの?」
「構わん。僕もその方が、都合がいい。」
私と露伴が考えている事は、果たして一緒だろうか?恐る恐る腕を広げると、露伴は大人しく私の腕の中へと入ってきて、背中へと腕を回した。素直な露伴は、とてもかわいい。
「露伴。キスしてもいい?」
「…いちいち聞くな。僕らはもう、恋人…のようなもの、なんだろう?」
そう言って頬を染める露伴は、本当に素直じゃない。天邪鬼な露伴の事だから、素直に「いいよ」と言えないのだが、彼のこの減らず口も、最近では慣れてきて、かわいく思えてきた。
「じゃあ露伴、これからキスするから、目を閉じて。ほら。」
「!」
椅子から腰を浮かせて露伴の顔を覗き込むと、彼は私を見上げて体を固くし、僅かに頬を染めて「君…本当になまえさんだよな…?」と何かを確認するかのように聞くので思わず首を傾げた。
「い、いや…。今の君、花京院さんにそっくりだったぜ…。」と目を逸らして照れているのでかわいくて、我慢できなくて無理やり顔を上に向かせて、唇を重ねた。なんて、かわいいんだろう。いつも典明は、私を見て、こんな気持ちになっているのかもしれない、と頭の片隅で考えた。
「…君…!…花京院さんが言ってたのは、この事だったのか…!!」
「…典明?」
唇を離した途端に典明の名前を口にする露伴に、頭にハテナが浮かぶ。なぜ、今のキスで典明?
「さっき、夕食の時…花京院さんが、君がかっこよすぎてドキドキした、と言っていたんだ…。いつも君をかわいいかわいいと口癖のように言っているのに、何を言ってるんだと思ったんだが…これの事だったのか…!」
典明は、露伴にそんな事を言っていたのか。確かに、あの時の典明は珍しく顔を赤くして、興奮しているようだった。私が典明のかっこよさにやられた時に露伴を呼ぶように、典明もそうしたのだろうと思うと愛おしさとともに、少しの笑いが込み上げてくる。
「あはっ、典明も露伴も、かわいー。」
「君は、男に生まれていたらものすごくモテただろうな…。」
「は?私が男でも、典明のかっこよさで私なんて霞むでしょ。というか、男に生まれていたら、ってなに?今でも充分モテるんだけど?」
今日の露伴は、ちょいちょい失礼な発言をするな、と思ったが、これも彼なりの愛情表現なのだろう。そう考えたら、なんでも許せてしまう気がする。
「露伴、好き。」
「!」
「ふふ。改めて言うと、照れるね。」
典明にいつも言っているように言葉にすると思いのほか照れくさくて、思わず顔がだらしのない笑顔になってしまった。へにゃ、という効果音がつきそうなその笑顔に、露伴はまた体を硬くして「か、かわいい…!これが、かわいいの暴力か…!」と典明が言っていたような言葉を口にした。なんだか、みんな知らぬ間に仲良しで、似てきている気がする。
「ねぇ、もう1回、キスしたい…。露伴から、してほしい…。」
椅子に座り直して彼の手を取ってキスを強請ると、もはや赤い顔を隠す事も諦めて「君…かわいいのを武器にして、ずるい奴だな。」と憎まれ口を叩いてから、唇を重ねた。
「ん、…んん……、は、…きもちいい…。」
「ッ!…おい、静かにできないのか?いちいちエロい声を出すな!」
「え、エロ…!?…気持ちよかったら、出るものじゃないの…?我慢なんて、今までした事ない…。」
そもそもこれは、我慢しろと言われて我慢できるものなのか?みんな、我慢してるの?
「…私、波紋の呼吸の使い手だから、血液の巡りが速いの。だから、…その、敏感、なんじゃないかって、前に、典明が…。」
「あぁ…そうか…。そうか…、なるほど……。」
露伴はそれきり黙ってしまった。と、思ったら、残っていたビールをまた一気に飲み干して、グシャ、と潰した缶を勢いよくその辺に投げ捨てた。
「君と付き合うのは、予想以上に大変だな。」
「…えぇと、ごめん…?」
「本当…誠心誠意謝罪してほしいくらいだ…。」
なんだか、結局我慢させてしまっているようで申し訳ないが、露伴はまだ、この先の関係に進むつもりはないらしく内心ホッとした。露伴の事は好きだし、キスもしたい。だけど、この先…性行為となると、私もまだ勇気が出ない。私は、典明としかした事がないから。典明も、私としかした事がないから。お互い、正解が分からないままなのだ。
椅子に座っている露伴は頭を抱えて目を閉じている。頭を重そうにしているので、酔いが回ってしまったのだろう。
「露伴?もう寝る?寝室まで、連れてってあげようか?」
「うーん…。歩けない…。連れてってくれ…。」
「ふ…。その前に、お水飲んで。」
うんうんと唸る露伴は、もう完全に酔っ払いそのものだ。最近はこうなる前に止めていたのだが、今日は仕方がないだろう。明日は、二日酔い必至だな…。
「おやすみ、露伴。」
抱き上げて寝室へ行く間に、露伴は寝落ちしていた。ベッドへ降ろした露伴の、その寝顔がなんだか幸せそうで、まるで子供のようで、額にキスをひとつして、部屋をあとにした。
これから、私達はどうなるだろうか?魂だけの典明と、私と、それを理解した上で好きだという露伴と。こんな変な関係、他にいないだろう。
私達はいま、お互いに未だ申し訳なさを感じている。どうしようもない、申し訳ない気持ちだ。それを無くす事は、きっとできないが、だからこそ、お互いに、真摯に向き合って感謝して丁寧に付き合っていかなければ、と、心の中で誓った。この先の私達の未来が、良い方へ行くようにと願いながら。
→あとがき