第3部 杜王町 その後の物語
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「じゃあね、仗助、億泰。また冬休みに泊まりにおいで。」
「おい。勝手に決めるな。」
とても楽しい3日間だったと、玄関で仗助と億泰に感謝を述べる。典明と初流乃はこの休日の間、ずっと楽しそうにしていた。初流乃もついつい夜更かししてしまうほどには仗助と億泰とのゲームやおしゃべりを楽しんでいて、年上ではあるが友人ができたようで初流乃も私も、嬉しい気持ちになった。
「億泰。これ、お父さんと食べて。口に合うか分からないけど。」
億泰には事前に作っておいたおかずを数品、タッパーに入れて持たせて彼らを見送ったあと、朋子さんにはきちんと「仗助くんは今、家を出ました。」と報告を入れ、軽く雑談をしてから電話を切った。これでOK、と振り返ると露伴が無言で訝しげな表情をして私を見ていたので思わず驚いて飛び上がった。ストーカーの事が解決していない今、無言で背後に立たれるとどうしてもビビってしまう。
心臓を抑えつつ「な、なに?」と聞くと「いや…、君は意外とちゃんとした大人なんだなと感心していたんだ。つい忘れてしまうが、君は母親で、26歳なんだもんな。」と失礼ともとれる言葉だが、彼の顔を見るに悪気は全くないようで本当に純粋に感心しているようである。いや、普通に失礼だな。
「露伴は…もう少し、典明を見習った方がいいよ。」
「…それはどういう意味で言ってる。」
出会った頃…いや、こういう関係が始まった当初は、私にも優しくてもう少し大人な対応をしてくれていたはずだが、いつからか彼は大人げない態度を見せるようになってきた。いい意味で遠慮がなくなってきたのだろうが、私は紳士的な人がタイプなのを知らないのだろうか?
仗助達の使っていた部屋を片付けようと歩き出した私に「なぁ、なまえさん。さっきのはどういう意味だ。なぁ。」とついてくる露伴にため息が出た。ナァナァと、構ってほしがる猫のようにうるさい。
「なまえ、…何してるんだ?」
既に片付けを始めていた典明と初流乃は、遅れて部屋に入ってきた私と、私に纏わりついている露伴を見て、不思議そうに首を傾げている。
「露伴に、典明を見習って、って言ったの。」と説明すると初流乃が「あぁ。なるほど。」と納得したように言うので少し笑ってしまった。今ので伝わるのもすごいが、初流乃も露伴の事を大人げない大人だと思っているのだ。初流乃の方がよっぽど、大人である。
「はは。僕よりも初流乃を見習った方がいいぞ、露伴。」
「…よく分からんが、バカにされてる事は分かった。」
「なまえさん、布団はどうしますか?明日、晴れるみたいですよ。」
初流乃はもう露伴に興味をなくして、テキパキと片付けの作業に戻っている。微妙な顔で黙った露伴を見て、次に初流乃に見る。この子は一見クールで辛辣な言葉を零したりするが、根はとてもいい子なのを知っているので大人はみんなかわいがってしまう。私もそうだ。私に辛辣な言葉を向ける事はあまりないが、大抵の事は許してしまう。彼は、大人にかわいがられる子だな、と改めて実感した。
露伴も露伴で、初流乃の事をかわいがっている、と、思う。いつだったか露伴の仕事風景を眺めて「すごいですね。」と褒める初流乃に「そうか?」と答える露伴は満更でもないような顔をしていたのを覚えている。仕事場にいても静かに見ていられる初流乃だから、露伴も入室や、そばにいる事を許可しているみたいだ。
今だって、私や仗助相手ならものすごい勢いで言い返していたに違いない。黙ったのはきっと、子供相手にどう接していいか分からないからなのだと思うと少しかわいげがある。
「おい…急になんだ。やめろ、かわいがるな。」
「初流乃も露伴も、かわいいなーって思ってね。」
気がついたら両手が露伴と初流乃の頭を撫でていて、露伴は子供扱いされているようで不満げだが、初流乃は露伴とは対照的に「僕、かわいいですか?ありがとうございます。」と笑顔を浮かべて嬉しそうである。褒め言葉は全て素直に受け取るあたり、すごくポジティブで、私が初流乃の好きなところの1つだ。露伴はつい反発してしまう天邪鬼なので、もう少しくらいは素直になってほしいものだ。
「もうすぐ、完成しそうですね。」
制作部屋に集まって各々"Tenmei"を描いていると、初流乃がお茶を入れてくれたようでいい香りを漂わせながら部屋へと入ってきた。初流乃の言う通り、もうほぼ形は出来上がっている。あとは典明が描いている箇所に、彼自身が納得いくかどうかと、全体のバランスを見て調整するところは調整するだけになっている。
露伴は早くに描き終えていて、私も露伴に引っ張られていつもより早めに形になった。私は他にも第50番の"Tenmei"を仕上げなくてはならないため、典明は露伴の体を借りて自分の描くべき箇所の修正や仕上げを進めている。時々なにか喋っているので、露伴とおしゃべりをしながらリラックスして描いているようだ。
「初流乃、こっそり、おやつ食べようか。ドーナツ買ってあるの。」
「ふふ、いいんですか?」
小声でコソコソ話すと、初流乃は嬉しそうに笑った。いいんですか、とは、夕食前におやつを食べる事の事なのか、描きかけの絵の事なのか。どちらにしたって、私は今、初流乃とドーナツを食べたいと思ったので問題はない。
「初流乃、髪伸びてきたね。来週、切りに行く?」
2人でキッチンへやってきて、気になっていた事を尋ねる。
初流乃は綺麗な黒髪をしているが、前髪が伸びてきて、たまにうっとおしそうにしているのが気になっていた。目が悪くならないか心配なのだ。
「そうですね…。あぁでも、来週土曜日は岸辺先生とジムに行く約束をしてて。」
「えっ露伴と!?」
思わず大きな声が出た。まさか、そんな約束をしていたなんて。いつの間にそんなに仲良くなったのかと聞くと「意外とお話しますよ。」と言うので今度は2人がどんな話をしているのかが気になった。
「主に、なまえさんの話ですよ。あとは花京院さんの事とか、色々。どんな話かは内緒です。」
そう言って初流乃は唇に人差し指を当てるので、内容までは教えてもらえそうにない。今度、2人が話してる時に聞き耳を立てるしかなさそうだ。
「筋トレするのはいいけど、あんまり無理やり鍛えると良くないから、ほどほどにね。」
「そうなんですね。分かりました。」
体力をつけたいならランニングがいいよ、とアドバイスすると「じゃあ今度、岸辺先生にお願いしてみます。」と再び露伴の名前が出てきたので、2人は本当に仲がいいようだ。
「なまえ、初流乃。僕らに隠れて何食べてるんだ?」
「典明!」
後ろからお腹に腕を回して抱きしめる典明は、私の顔に頬を寄せてクンクンと匂いを嗅ぐので犬みたいでかわいい。少し考えたあとに「ドーナツだな。」と正解を言い当てたので頭をヨシヨシ撫でた。そのままドーナツを出して差し出したら大きな口を開けてがぶ、と噛み付いたので本当に犬みたいだ。
ふと、典明が食事しているところは久しぶりに見るな、と思った。彼は幽霊なので食事を摂らないが、今は露伴の体に入っているから食べられる。典明は私の食事している所を眺めるのが好きだと言うが、私も、食事している典明を見るのが好きだ。彼の大きな口が今みたいに一口齧りとって、モグモグと咀嚼するたびに動く口や頬がかわいくて好き。一口が大きいのに上品に見えるのは、典明の持つ気品のせいだろうか。なんにしたって結局好き、なのだが。
「そんなに見られると、食べづらいんだけど。」
典明はそう言って私を見るが、既に1個食べ終わっているので「ごめん、もう1個食べる?」と追加のドーナツを口元に持っていくと大人しくそれも口にするので初流乃は驚いたような、意外そうな顔で彼を見つめている。
「典明、かっこいいだけじゃなくて、意外とかわいいところあるでしょう?」
「…ふふ、はい。」
「…あ、ごめん。もしかしてこれ、露伴の分だったか?」
以前はかわいいと言われる事に抵抗を示していた彼だが、今ではそれを受け入れて笑顔を浮かべるまでになった。見た目は17歳のまま変わらないのに、中身はどんどん変わっていく彼を見ていると時々不思議な感覚になる。あの時の典明のまま、内面は大人になっているのだ。露伴の能力で27歳の姿になるのは少し寂しいが、彼の精神年齢と合っていて、彼にとってもいいのかもしれない。そのためにはやっぱり、私ががんばらなければ。
「ふふ。その体は露伴のだから、食べてもいいでしょ。一緒一緒。」
私は、彼の心を守りたい。幽霊ではあるが、彼が生きやすい環境で幸せに過ごしてくれたらいいと願っている。それが、私の1番望んでいる事だ。
「今日はピザでも取ろー!Lサイズ5枚!」
「あはは。そんなに食べられ…いや、食べられますね。なまえさんなら。」
楽しそうに笑う初流乃も、露伴も、出会って間もないのだが既に、私の大切な人になっている。そんな大切なみんなの事を守りたい、と最近、常々思う。この笑顔の溢れる楽しい時間が、誰にも邪魔されなければいいと思うのに。
翌日の朝も、私達を憂鬱とさせる例の手紙は、玄関へと落とされていたのだ。