第3部 杜王町 その後の物語
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最近、気になっている事がある。中学校へ通い始めた、初流乃に関する事である。
「ねぇ…初流乃。ジャージはどうしたの?」
「あぁ…。えっと……すみません、無くしました。」
初流乃は私の前で気まずそうに視線を逸らし、申し訳なさそうに謝った。今日、洗濯をしようとしたら初流乃の、学校用のジャージの上着がない事に気がついたのだ。あのしっかり者の初流乃が、ジャージを無くすなんてあるのだろうか?それに、近頃シャーペンや消しゴムなども頻繁に買い直している。なにか、おかしい。
「ねぇ、初流乃。いじめられてるとかじゃ、ないよね?」
「…いえ。そういうんじゃあないです。」
初流乃はハーフであり、尚且つクールな出で立ちだ。田舎ではとても目立つ。誰かに目をつけられてもおかしくないと思ったのだが…初流乃の反応を見るに、本当に違うようだ。別にS市郊外の中学に転入させてもいいが、つい先日ぶどうヶ丘中学に転入したばかりだし、郊外まで通うとなると初流乃が毎日大変だろう。とりあえずは、ホッと胸を撫で下ろした。
「ならいいけど…ジャージは明日注文しとくからね。」
「すみません…ありがとうございます。」
初流乃を問い詰めても、きっと気を遣って話しはしないだろう。これは秘密裏に、スパッと、解決してあげよう。その決意を胸に、初流乃の部屋をあとにした私は1度自分の部屋に戻り仗助へと電話をかけた。億泰でも良かったが、あいにく彼の家の電話番号は知らないのだ。
「もしもし、東方でェす。」
何コール目かで繋がった電話は、朋子さんではなく仗助が出た。話が早くてラッキーだ。
名前を名乗ると「なまえさん!?…今度はどうしたんスか?」とまるで私がトラブルメーカーかのように言うのでとても心外である。
「初流乃の事なんだけど。」
「あぁ…。初流乃の事ねぇ…。」
初流乃の事を聞きたいと話し出すと仗助はうーん…と曖昧に唸るので、やっぱりなにかあったのだと勘づいた。嘘や隠し事ができないのは、彼のいい所だ。
「初流乃が心配なの。何があったか教えて。」
真剣な声で問い詰めると、やがて仗助はため息をつき、初流乃の学校での様子を話し始めた。どうやら、初流乃は学校ですこぶるモテているらしい。いつも初流乃の周りには、女の子達が群がっているのだという。心配していたような事はなかったのだが、これはこれで…。
「…それって、もしかして。」
初流乃のファンが、私物を持ち帰っているのではないか?気持ちは分かる。私だって典明が使用した物はほしい。コップとか、タオルとか。だが勝手に持っていくなんて…。
初流乃の申し訳なさそうに謝る姿を思い出す。
思ってたような事態ではかったが、私のかわいい初流乃を困らせ、悲しませた事に変わりはない。相手が女の子だからといって許していいものではない。
「ありがとう、仗助…。お願いがあるんだけど。」
「お願い…?俺にできる事なら協力するっスけど… なまえさん、声が怖いっスよ…。」
思っていたよりも低い声が出てしまっていたようで、仗助をビビらせてしまった。なにも、女の子相手に暴力を振るうわけではないのに。
なんか嫌な予感すんだよな、と呟く仗助にお願いしたのは、できるだけ初流乃のそばにいてほしいという事だけだ。ついでに億泰の電話番号も教えてもらい、私の方から億泰にも連絡すると伝えて電話を切った。
仗助と億泰がそばにいれば、女の子達も下手な事はできないだろう。あの2人は、イカつい見た目をしている上にガタイもいい。2人の圧で、女の子達はなかなか近寄る事はできないはずである。
「いやー、なんかすんません…。」
その日の夜、仗助からの電話に出ると何やらヘラヘラしており、話を聞くと、昼休みに初流乃の所へ行ったら中等部の女の子達に囲まれて「えっ、高等部の、仗助さん!?」とキャーキャー言われて喜んでいるようであった。そういえば典明や初流乃で霞んでしまっていたが、仗助もイケメンだった。これは、大誤算である。億泰だけ行かせればよかった…!と、私は頭を抱えた。
「これは…あの作戦しかないな、なまえ。」
電話を隣で聞いていた典明が、ニッコリと綺麗な笑顔で私を見ている…。あの作戦…。できればあまり、やりたくはなかったが、典明はそもそもあの作戦を推していたのだ。なんだか典明の思い通りに事が運んでいるような気がしないでもないが…。典明は、なんだか楽しんでいないだろうか?
来てしまった。ついに、この時が。朝、初流乃を送り出してから今まで、ずっとソワソワと落ち着かなかった。露伴にも「落ち着けよ。」と言われる始末だ。だって、こんな格好、落ち着けるわけないじゃない!
「よく似合ってるよ、なまえ。」
私とは真逆で朝からすこぶる機嫌のいい典明は、100点満点の笑顔で私を褒める。が、典明に褒められたところで緊張が収まるわけではない。
私は今、かつて高校時代に着ていた制服に身を包み、この前SPW財団に頼んでいたロングヘアのウィッグを着用して、どこからどう見ても女子高生スタイルで外を出歩いている。ちなみにどこからどう見ても、というのは露伴と典明が言っているだけで、私は自分が本当は26歳だとバレたらと思うとヒヤヒヤしている。この前は露伴の漫画のために着たからよかったが、これで外を出歩くとなると話は変わってくる。玄関にしがみついて離れない私を、ハイエロファントとヘブンズ・ドアで無理やり外に放り出されたのだ。ヘブンズ・ドアの前では、何も抵抗ができなかった。
「ほら、初流乃が出てきたぞ。」
しゃがみこんで羞恥に耐えている私の腕を、典明は容赦なく掴んで私を立たせた。校門の方を見ると確かに、初流乃の姿があり周りに人だかりができている。なんなら中等部の子だけじゃなく、高等部の子もいるようである。
もう、ここまできたら行くしかない。やるしかない!無理やりだが自分にそう言い聞かせて、私は足を踏み出した。
「初流乃!」
「……なまえ、さん?」
名前を呼ばれた初流乃は一瞬固まり、私である事を確認して不安げに名前を呼んだ。驚いたように見開かれた目が、私の心を僅かに怯ませる。
「え、美少女…。」「めっちゃかわいい…どこの学校の子…?」「もしかして、初流乃くんの彼女!?」
群がっていた女の子達は初流乃から少し距離をとり、ザワザワとし始めた。彼女、に見えるのなら、この作戦は一応成功である。
「初流乃、遅かったね。私、待ってたんだよ。」
「あぁ、すみません。寒くなかったですか?」
こちらの意図を察した初流乃が、寒くなかったかと尋ねながら両手で私の手を包むので、辺りには悲鳴が上がった。その事に安堵していると、初流乃はそのまま私の手を自分の頬に当てて「冷たい…今日は、手を繋いで帰りましょう。」とキラキラスマイルで私を見るので思わず顔に熱が集まるのを感じた。て、典明だ…。やっぱり初流乃は、典明に似ている…!
「こら、初流乃にドキドキするんじゃあない。」と典明は言うが、違うのだ。私は今、初流乃を見ながら典明にドキドキしているのだ。しかしそれを今口にできるはずもなく、顔を赤くして口をぱくぱくするほかなかった。
「ふふ…かわいい人だな。…さ、帰りましょう。」
それでは、また明日、と女の子達にきちんと挨拶をして、初流乃は私の手を引いて歩き出した。ヨロ、とよろめいた私を気遣う姿にまた悲鳴が上がるが、それ以上の事は何もなかった。結局、初流乃が何とかしてしまった。ただ、私は顔を赤くさせただけだ。
「よく分かりませんが…あれで良かったですか?」
だいぶ歩を進めたあと、初流乃は私にそう尋ねた。あれで良かった?いいも何も、完璧だ。そう伝えたら「良かったです。」とまた綺麗な笑顔で微笑むので目に毒だ。
「なまえ…君…。」子供相手にもドキドキするのか?と典明が目で訴えかけている。違う!そんな目で見るな!心外だな!
「なんか、今日の放課後、中等部の方にとんでもない美少女が現れたらしいんスけど… なまえさん、何か知りません?」
「は?知らないよ。なんで私に聞くの?」
その日の夕食後、またしても仗助からの着信があった。なにか用だろうかと電話に出たのだが、まさかもう話が高等部の彼にまで到達しているなんてと驚いた。
「いやぁ…その子が初流乃とイチャイチャしながら帰って行ったって聞いて、学校中の女子達、泣いてたんスよ。初流乃関連だったから、なまえさんが絡んでんのかな〜って思ったんスけど。それに、とんでもない美少女って、なまえさんの事かと思ったんスけどねぇ〜。」
仗助の言葉には、僅かにからかいの意図を感じる。
「はいはい。用はそれだけ?切るよ。」
長々と話していたらボロが出るかもしれないと、私はそのまま電話を終わらせた。若い子達の噂の広まるスピードがあまりに早いので驚いた。田舎というのもあるかもしれない。これからは外での行動には気をつけようと、改めて心に誓ったのだった。