第3部 杜王町 その後の物語
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「行ってらっしゃい、初流乃。」
「なまえさん、行ってきます。」
聖子さんから受け継いだいってらっしゃいのキスを頬に受け、初流乃は家を出ていった。数日前から、ぶどうヶ丘中学に通い始めたのだ。
突然預かってくれと言われて預かったはいいが、初流乃は13歳。義務教育を受ける年齢なので、学校に通わせなければいけない。本当は夏休み明けから行かせたかったが、手続きに時間がかかってしまって今になってしまったのだ。しかし、これでやっと生活の基盤ができてきた。杜王町への滞在は1年間の予定でいたが、2年間に伸びる事となった。
「…露伴。この子のセーラー服だけど、中に何か着ないと下着が透けちゃうよ。」
「なに!?そうなのか!」
露伴の描く女の子を指差して教えると、露伴は驚愕の表情で振り返った。夏服仕様の白いセーラー服から、お腹がチラリと見える構図。たかが漫画の一コマだが、露伴はリアリティを求めて描いている事を知っているので口を出したのだ。
「そうか…いや、そうだよな…。夏服は白いから…。」
露伴は手を止めて、ブツブツと手を口元に当てて独り言を呟きだす。妥協を許さない彼の姿勢は、本当にいつも尊敬する。
「なまえさん。お願いがあるのだが。」
露伴はそう言って立ち上がり、自分の部屋へと歩を進めていく。お願い事とはなんだろうか?露伴の後ろを着いていくとクローゼットを開けて何かを探しているようで、やがて1着の服を取り出し、「これ、着てくれないか?」と。これ、とは、どこのかは分からないがしっかりとした作りのセーラー服だった。安っぽいコスプレ用ではなく、実際の制服のようだった。
思わずジトーっとした視線で露伴を見ると「おい!資料用だからな!」と弁明を始めたが、男の私室のクローゼットに女子高生の制服があるのだ。こんなの、誰だって引くだろう。
「なまえ、セーラー服着るのか?君はまだ、似合うだろうな。」
後ろから典明が顔を出して、私の顔を覗き込む。する、とお腹に回された腕がなんだか擽ったい。もしかしてこれを着たら、17歳の姿の典明と並んでも違和感がないだろうか?もしそうなら、着てみてもいいかもしれない。
「かわいい…やっぱりまだまだ似合うね、なまえ。」
「花京院さん、すまんが離れてくれないか?デッサンができないのだが。」
セーラー服に着替えた私を、典明は抱きしめて離さなくなった。私は典明の匂いに包まれて幸せだが、そもそも露伴の漫画のためにやっているので、露伴のためにも離れなくては。とはいえ、どれくらい下着が透けて見えるかの実験なので、ほんとは離れてほしくないというのが本音だが。
「ふむ…確かに、これで外を出歩くのは色々マズイな。…少し、腕を上げてみてくれるか?」
露伴は仕事モードの真剣な顔で私の周りをウロウロ歩き回り、スケッチブックにペンを走らせている。私も協力しなくてはと腕を上げると「あぁ、いいな…。」と顎に手を添えて真剣な顔と声で言うのでなんだかいたたまれなくなってきた。
「君は、高校時代は中に何を着てたんだ?その中で、チラリと見えたらドキッとするようなものがあればいいんだが。」
露伴の質問に、私は戸惑った。セーラー服ではあったが、別に見えないのだからとかわいいものは着ていなかったのだ。それに、男の人がドキッとするようなインナーなんて、皆目検討もつかない。
そう伝えたら「そうか…。」と露伴が考え込むように口元を覆って黙るので部屋は沈黙に包まれた。
「うーん…露伴のへそ出しファッションとか?」
近年ドキッとした事といえば、典明の関連以外だとそれかな、と思い言ってみたのだが、それを聞いた露伴は「それだ!」と言ってまたクローゼットを漁りに行き、戻ってきた彼の手には今度は自身の服が何着か握られていた。差し出されているので、今度は中にこれを着ろ、という事らしい。
典明が広げた学ランの裏で着替えていたら「なんだか、昔に戻ったみたいだね。」と優しく微笑むので、心臓がきゅ、と掴まれたみたいになった。エジプトの旅に、意図したわけではなかったが、制服を着ていってよかった。
目の前にある典明の体を抱きしめると学ラン1枚分彼と近くて、愛おしさとともに切なくもなった。
「…なんだか、露伴の匂いがする。ちょっと嫉妬するな。」
確かに。典明の胸の中で、典明の匂いに包まれているのに、露伴の匂いもする。露伴の服を着ているのだから当たり前なのだが。嫉妬する、という典明の言葉が嬉しくて胸に鼻を擦りつけたら「…あとでやってくれないか?」と露伴が呆れたように声を上げるのでやっと体を離した。彼の仕事のために協力していたはずなのに、申し訳ない。
「うん、これが1番いいな。」
これは丈が長すぎるだの色はこれじゃない方がいいだのと人を着せ替え人形かのように私に着替えを要求し、5着目に着替えた時だった。360度色んな角度から眺めてスケッチする姿は、本人は至って真面目なので申し訳ないが、少し怖い。
「もう少し腕を上げてくれ。」
露伴の指示に従って腕を上げるとお腹が外気に晒される感覚がして、少し緊張する。
「なまえ。」
「ッ!っ、典明!」
手持ち無沙汰で暇を持て余していた典明が、私の晒されたお腹を指でツ…と撫でるので擽ったさと恥ずかしさで思わず体が跳ねた。いくら暇だからって、いきなりお腹を触るなんて…!
「なるほど。」
何がなるほど、なのか不明だが、露伴はその言葉だけを残して、スケッチブック片手に部屋を出ていった。向かった先は仕事部屋のようなので、執筆に戻ったようだ。
「…なまえ、本当に、昔に戻ったみたいで嬉しい。…かわいいね、なまえ。」
ぎゅ、と後ろから抱きしめられて、さっきのいじわるな行いを思い出して一瞬身構えたが、今はただ甘えたいだけのようなので、そっと彼の手に、自分の手を重ねた。
「…花京院くん。」
「!…ふふ。なんだい、なまえさん。」
出会った頃の懐かしい呼び名で呼ぶと、典明も同じように昔の呼び名を呼ぶ。当時の幸せな記憶が呼び起こされて、胸が熱くなる。
「花京院くん。キスしてほしい。」
当時、よくこうしてキスをせがんでいた。お互いに。最近はしたい時にする事が多いので口にするのは少し照れたが、当時の記憶をなぞりたくなったのだ。
「うん。こっち向いて。」
緩くなった腕の中でゆっくり体の向きを変えて彼を見上げると、ものすごく愛おしそうな顔で私を見下ろしていたので心臓がドキドキと大きな音を立て始めた。あの頃から何も変わっていない。なのに、いつ見ても私は、彼にドキドキしている。
ゆっくりと近づいてくる整った典明の顔に見とれてしまうところだったが、キスされるのだと思い出して目を閉じた。
「なまえ…かわいい…かわいいね…。」
もうなまえさん、と呼ぶのをやめたのか、忘れたのか。その言葉の直後に、唇が重なった。
ちゅ、ちゅ、と何度かキスを繰り返しているうちに、典明はスイッチが入ったのかお腹のところからスル、と服の中に手を入れてきたので慌てて止めたが、気がついたら露伴のベッドに倒れ込んでいて驚いた。キスに、夢中になりすぎた。
「これを着てる君…ものすごくエッチだね。君が露伴を見て顔を赤くしてた気持ちが、やっと分かったよ。」
セーラーの裾をススス、と指で押し上げる典明の顔はオスの顔をしていて、私なんかよりもよっぽどエッチだ!!!
「ままま待って典明!ここ露伴の部屋だし!この制服も露伴のだし!初流乃がもうすぐ帰ってくる!」
このままでは流されてしまう、と思い大声で伝えると、典明は体を離して「確かに…もうそんな時間か…。」と時計を見て残念そうに体をベッドから降ろした。胸に手を当ててみたらドッドッドッと大きく脈打っているのが分かる。体が緊張から強ばっていて、すぐには起き上がれなかった。
「なまえ……今のその姿も、ものすごくエッチなんだけど…誘ってるのか?」
ただ動けないだけなのだが、典明は困ったように眉間に皺を寄せて私を見下ろしているので、体を無理やり動かして急いでベッドから降りた。
「今度、SPW財団に頼んで、ウィッグを作ってもらおう。もう一度、ロングヘアの君を抱きしめたい。」
緩く腕を私に巻いた典明は、ぽす、と私の肩に額を乗せてそう呟いた。なんだか、昔を思い出して感傷的な気持ちになっているようだ。
「典明は、ロングの私の方が好き?」
典明が長い方が好きなら、また伸ばしたっていい。いや、伸ばしたい、と思って聞いたのだが、「長くても短くても、君は最高にかわいいから、どっちでも関係ない。」と返ってきたので、単に昔を思い出したいだけだったようだ。最愛の典明からのお願いなのだ。今日の夜にでも、SPW財団に連絡を入れよう。
ガチャ
「ただいま戻りました。」
「初流乃。」
玄関のドアが開かれる音と、初流乃の帰宅を告げる声に、2人揃って顔を上げる。恐らく今ので、典明の表情はいつも通りに戻っている。
「おかえり初流乃〜。」
「!待て、なまえ!その格好で出るのはまずい…!」
慌てて引き止める典明の声に、私は今セーラー服を着ているのだと思い出した。26歳の母親代わりの女がセーラー服を着ているなんて、目も当てられないだろう。
「ごめん初流乃!今、手が離せなくて…!すぐ行くから!」
「?はい。」
大慌てで制服を脱ぎ捨て、もともと着ていた服に爆速で着替えて廊下へ飛び出すと「?岸辺さんの部屋にいたんですか?」と初流乃にとても不思議がられた。脱いだ制服はすまないがベッドの上に放り投げたままなので急いでドアを閉めた。
「ちょっと片付けを手伝ってて…おかえり。」
誤魔化すように初流乃の頬にキスをすると、彼も素直に「ただいま。」とキスを返してくれた。本当に、よくできた子で助かった。…私は、こんななのに…!