第3部 杜王町 その後の物語
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「僕も、ピアスを開けたいです。」
という初流乃のお願いから約2週間。母親に確認してからにしようと言ったら「いや、そんな事しなくて大丈夫ですよ。」と冷静に言うのでそれもそうかと思い直し、その日のうちに病院へ行って穴を開けてもらった。綺麗な顔をしている初流乃に、ピアスは絶対に似合うだろう。
「なまえさん。僕とデートしましょう。」
と言う初流乃の言葉に彼を見る。初流乃がこう言う時は、私と2人で出掛けたいという意味だ。ピアスを選んでもらいたいというので、大した用事もないし特に断る理由がない。
いいよ、と答えると本当に嬉しそうに笑うので、かわいくて仕方がない。
せっかくならばと2人でS市郊外までやってきた。チェリーのピアスは露伴のものと交換してきたので、輪郭に触れる感覚がいつもと違って変な感じだ。
「初めてのピアスは、ぜひなまえさんに。」と初流乃は目をキラキラと輝かせてお願いするので、かわいいお願いを聞かないわけにはいかないだろう。
「あれ…もしかして、みょうじなまえ?」
駅を出てすぐ自分の名前が聞こえて振り返ると、女性2人と目が合った。もしかしてファンかなにかだろうかと余所行きの顔をしたが、そもそも私は顔出しはしていないのだが…?それに、何やら様子がおかしい。
「ほんとにみょうじさん!?昔とそんな変わらないじゃん!」
という言葉に、余所行きの顔が崩れて眉間に皺が寄る。昔、とは、一体。
「分かんない?私達、小学校が一緒だった…!」
小学校。…そうか。ここはS市だ。私の出身地だった。同級生だった人がいても、なんらおかしな事はない。過去の嫌な記憶が、奥の方から無理やり引っ張り出される感覚がして、だんだんと表情が硬くなってくる。
「今、画家なんでしょ?名前聞いた事あるなーって思ってたんだ。良かったら、サインくれない?」
「てか、みょうじさん若くない?整形?それに隣の子…もしかして彼氏?それともみょうじさんの子供?」
「なまえさん…。」
彼女達の並べる失礼な言葉を聞いて無言でいる私を見て、初流乃が心配するように私を見上げる。そうだ、この子は、守らなくては。なるべく早く、穏便に。…穏便に…できるだろうか?
ゆっくりと息を吸って、初流乃を後ろへ隠すようにズイ、と一歩前に出て、彼女達に向き直る。
「私は、みょうじなまえで合ってるし、今は画家なんかもしてる。けど、サインはファンにしか書かない事にしてるの。…あと、この若さと美貌は、整形じゃなくて、10代の頃に死ぬほど努力して手に入れた物の副産物。それと、毎日私に、かわいいかわいいって、愛をくれる人がいるから。…そしてこの子は…血は繋がってないけど私の子。」
他になにか質問ある?と聞くと、シーンと静まり返った。話が終わったなら、ここに留まる理由はない。
「じゃあ私達は行くから。さようなら。」
行こう、初流乃、と彼の手を引いて歩き出しても、彼女達が動く事はなかった。
「なまえさん。さっきのは…?」
歩き出してからしばらくして、初流乃が口を開く。そういえば初流乃は、私の過去を知らない。彼ももう13歳だし、隠す事もない。
「私、杜王町の近くに住んでたんだけど…小学生の時に虐められてたのよ。力がものすごく強いから、ゴリラだって。」
小学生のいじめなんて、そんなくだらないところから始まるものだ。みんな、私が怖かったのだ。自分達よりも何倍も力が強い私を、あちらは人数を集めて対抗しようとしただけ。
初流乃は目を細めて、後ろを振り返った。
「中学生に上がる時に東京に引っ越して承太郎と聖子さんと出会って、そんな事もなくなったけどね。」
まさか、かつての知り合いに会うなんて…ましてや私の事を覚えているなんて、思いもしなかった。嫌な記憶を無理やり思い出させられた。
「いじめって本当に、した方は綺麗さっぱり忘れるのね…。私は、ずっと覚えてるのに。」
覚えているからといって恨んでいるわけでは決してないが。むしろ、転校して承太郎と出会い、典明と出会えたのだから結果的には感謝したいくらいだ。本当、人生何があるか分からない。
「さ、あとの時間は、楽しい時間にしよ。」
典明の事を思い出したら、いくらか心が軽くなった。未だチラチラと後ろを気にする初流乃の手を引いて百貨店の方へと足を向けると、やがて諦めて、大人しく従った。突然邪魔が入ってしまったが、ここからは、楽しい時間にしなくては。
「初流乃、本当になんでも似合う!女性物も似合うのね!」
やっぱり予想通り、初流乃はどんな色、どんなデザインのものも似合っていた。選ぶのが本当に楽しくて、ピアスだけでなく、指輪やネックレス、髪飾りなんかも当てて見て、まるで着せ替え人形のようにしてしまった。
これまで今まで聖子さん用しか製作していなかったが、久々にアクセサリーのデザインをしたくなってきた。モデルがいいとアイディアがどんどん湧き出てくる。まるで、典明のようだ。
「初流乃、何色が好き?今度、アクセサリーを作る時の参考にさせて。」
初流乃は青空のような、綺麗な瞳の色をしている。瞳の色と合わせた指輪なんて、綺麗でいいかもしれない。
私の問いに、初流乃は「うーん、そうだなぁ…。」と真剣に考えてくれて、やがて「オレンジ、かな。」と答えた。オレンジ。なんとなく、初流乃のイメージとは違って意外な答えだ。だけど水色とオレンジは保護色だ。上手くデザインすれば、きっと綺麗に見えるだろう。
頭の中でデザインをいくつか思い描いていると初流乃はクス、と笑って「なまえさんの、瞳の色ですよ。」と綺麗な笑顔で私を見るので思わずときめいてしまった。まだ13歳だというのに、色気がありすぎるのではないだろうか?この子の成長が楽しみではあるが、少し恐ろしく思った。
初流乃のピアスをいくつか見繕って、他のアクセサリーもいくつか購入し、店を後にした。最近チェリーのピアスが承太郎や露伴の元へと行ってしまう事が多いので臨時のピアスを購入しようかと思ったのだが、アクセサリーを選ぶ時は典明と一緒に…なんなら彼に選んでもらいたいと思い、今は買わなかった。これを口実に、今度は私が、典明をデートに誘おう。
「ねぇ初流乃。ランチを食べて、もう少しデートしよう。それで帰る前に、ケーキでも食べて帰ろ。」
この辺に、チェリーの乗ったケーキ屋さんがある事は知っている。帰る時に、買っていってあげたい。その意図を知ってか知らずか「いいですね。デートっぽい。」と初流乃は柔らかい笑顔を浮かべて同意した。
なんだか、今の笑顔は典明っぽかった。もともとそうなのかもしれないが、だんだん初流乃が、典明に似てきている気がする。