第3部 杜王町 その後の物語
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「典明……、ごめん、私が…。」
私が悪いのだと説明しようと視線を下げると、典明は「承太郎は帰したよ。とりあえずホテルに、だが。」と言葉を遮って、いつもの笑顔を浮かべている。
「あ、あの…典明。」
「いいんだ。いいんだよ、なまえ。」
私がなにか言おうとすると、典明は言葉を重ねてくる。まるで話したくないとでも言うような彼の態度に、落ち着いたはずの気持ちがザワザワと騒ぎ出すのが分かる。
「典明…こっち見て…私を見てよ…。」
「!なまえ…。」
ストッパーが緩くなった涙腺からは、簡単に涙が流れてくる。その涙を見て、典明はすぐに私の側へ駆け寄ってくる。涙を武器にするようで悪いが、今は好都合だ。
「典明、私の話、聞いてくれる?明日がいいなら、明日まで我慢するから…!」
だから私の言葉を遮らないでくれと懇願すると、典明は「ごめん。」と小さな声で謝った。違う。謝ってほしくて言ったんじゃないのに。
「典明…私、典明に触れてもいい…?」
さっきまで露伴とキスをしていた私が触れたら嫌かもしれないと、すぐにでも触れたかったのを我慢していた。もしも触れようとして避けられたらと思うと、触れられなかった。
典明は私のその言葉を聞き、返事の代わりにぎゅっと、私を強く抱きしめた。触れても構わないのだと分かって、私も抱きしめ返した。
「典明〜。ごめん。ごめんなさい、典明〜。」
自分でも訳が分からなくなって、子供のように声を出して泣き喚いた。典明は私の背中を摩って、「謝らないで。謝らないでくれ、なまえ。」と優しく声をかけて落ち着かせようとしてくれている。
「君が露伴とキスしていたのは、別に怒ってないし、嫌いにもならないよ。ただ…突然だったから、少しショックを受けただけだ。」
ぎゅ、と腕の力を強めた典明はそう口にした。怒ってないし、嫌いにもならない。それはあまりにも、私に都合が良くないだろうか?
「露伴を許したとき、いつか、こうなってもいいように、覚悟していたんだ。僕には、君に温もりを与えてあげられないんだ。僕があげられるならいくらでもあげるけど、無理なんだ。」
そこまで考えて露伴を受け入れていたなんて、知らなかった。やっぱり、何も考えていなかったのは、私だけだ。私は、だめな人間だ。2人に好かれる資格なんてないのではないかと思うほどに。
「典明、私、露伴とキスしたいと思って、キスしたの。典明がいるのに…!」
「うん。それでいいんだよ、なまえ。君の1番が僕であれば、それでいいんだ。…さすがに、ヤキモチは妬くけどね。」
みんな、優しすぎる。どうしてこんなに、私に優しくしてくれるのか、不思議でならない。こんなに優しくされる資格なんて、私にはない。最低な人間なのだから。
「僕は、君と露伴が性行為したって許すよ。それでも僕が1番ならね。」
「えっ!」
ガシャン!
典明の爆弾発言に、私の涙は止まり、露伴は持っていたコップを落とした。せっかく仗助に直してもらったコップが、無残にも再び割れてしまっている。
「か、かか花京院さん正気か!?」
「典明…。」
そんな事を言われて、どんな反応をすればいいのか分からないし、露伴の顔も見る事ができない。
「ものすごく、ヤキモチは妬くけどね。……あまり人に言うものではないけど、僕は…勃たないから。」
「!」
本当に、人に言う話題ではない。典明の口から出る性的な話題に、顔に熱が集まってきて両手で頬を挟んだ。
「確かに…花京院さんは肉体が無いから…。あれは、血液が集まらないといけないからな…。」
露伴が冷静に分析し始めるので、私がおかしいのか!?と混乱してきたところで、コップが割れた音を聞いて仗助と初流乃がリビングへとやってきてこの話題は終わりになったのでホッとひと息ついた。
しかし、典明の覚悟を聞いただけで、話は終わってはいないのだが…。
「続きは、また夜にね。」
私の表情を見て、典明はウインクして話を一旦終わらせた。子供がいる前でする話ではないので、私も露伴も初流乃が寝たあとに話をしようと、気持ちを切り替えた。
「お待たせ、露伴。初流乃、寝たよ。」
私の体に入って、不安がっていた初流乃をすんなり落ち着かせた典明はやっぱりすごい。私は余計に不安にさせてしまったのだ。もっと典明を見習わなくては。
「続きを話す前に…。典明と承太郎の話、聞いてもいい?」
そもそも承太郎が来た事で起こった事だ。忘れないうちに聞いておかなければと、先に話題を出した。
「あぁ。僕のなまえに何してるんだって、エメラルドスプラッシュを何発か。それと、ハイエロファントで1発、殴らせてもらったよ。」
典明は特徴的な横髪をサラ、と払いながら、なんて事ないように言ってのけるが…。エメラルドスプラッシュを数発だけでも結構なダメージだが、それに加えてグーパン1発とは。私は当たり前に受けたことはないが、上半身の筋肉を見る限り相当ダメージを負うだろうと予想できる。やっぱり、私よりも典明の方が強い。
「話し合いの方は、なまえが話した事と、後から出た週刊誌に書いてある事が全てだと話して納得させたよ。なまえが話した事に、嘘偽りはないと。……次にまたこの話題を出したら、3対1で戦う事になると釘を刺しておいた。」
「3対1…。」
私と、典明と、露伴。さすがの承太郎も、この3人相手では勝てないであろう最強のメンツだ。そう言われては、諦めるほかないだろう。やっぱり典明はすごい!
「君にちゃんと謝れって言ったんだけど、どうする?」
「嫌。会わない。しばらく顔も見たくないし、声も聞きたくない。」
典明の言葉に即答してプイ、と顔を背けると、典明は声を上げて笑いだし「分かった。伝えておく。」と混じり気のない綺麗な笑顔で了承した。
私は典明に甘い自覚があるが、承太郎も典明に相当甘い。逆に、私に厳しすぎると思うのだが。
「それで、君達の話を聞いても?」
承太郎の話は終わりだと、話題を変える典明の言葉に、私も露伴も口を閉じた。何を、どこから話せばいいのか分からない。
ぐ、とお酒を煽ると、露伴も同じようにビールを煽って「…花京院さんが、そこまで考えて、覚悟しているなんて知らなかった。」と口にした。私も、思っていた事だった。
「僕も、あの頃いろいろ考えたんだよ。… なまえを幸せにするには、僕だけの力じゃ足りないんじゃないかって悩んで…。」
「そんな、事…。」
ない、とは言いきれなかった。確かにいつだって、典明は愛をくれていた。それだけで幸せだと思っていた。だけど…露伴と触れ合ってその温もりに安心を貰ったり、性行為中も物足りなく思ったりしなかったわけではないのだ。
「だから、なまえが許せる相手なら、受け入れようと思ったんだ。…もちろん、なまえの気持ちを最優先にできる、僕が認めた奴に限るけどね。」
その言葉に、露伴は天を仰いで涙を流し「花京院さん、かっこよすぎるな…。」と声を漏らした。本当、かっこよすぎる…。私も、露伴の涙を見てもらい泣きをしてしまった。
「典明…かっこいい…。好き…大好き…!」
「はは。もう酔ってるのか?2人とも。」
酔ってる?お酒はまだ、飲み始めたばかりだ。だけど、酔っているのかもしれない。典明のあまりのかっこよさに。
「…それに……いや、さすがに引かれるかもな。」
それまで笑って私達を眺めていた典明が、僅かに声のトーンを落としてテーブルへと視線を落とした。まるで独り言のような呟きに、私と露伴は顔を見合わせて「いや、引かないが?」と首を傾げた。今さら典明相手に引くことなんてないと、確信がある。露伴も同じである。私達は、典明の全てを受け入れている、いわば典明信者なのだ。
だが、意を決したように紡がれた彼の言葉は、引きはしないが私達の言葉を失わせるような、驚くべき発言だった。