第3部 杜王町 その後の物語
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「…着いたぞ。」
「うん。降ろして。典明みたいに。」
数秒前にバイクのエンジンが止まった事は分かっていたのだが、動く気にならなくて露伴に引っ付いていたのだ。典明みたいに降ろしてくれと腕を離して広げてアピールすると「…君は、たまに子供みたいになるな。」と呆れた顔を見せながらも珍しく優しく労わってくれるのでそれに甘えた。
露伴に触れられて気づいたが、私の手は、まだ少し震えているらしかった。ぎゅ、と手を合わせて握りしめていると「大丈夫か。」と露伴が背中に手を当てて心配してくれる。こうして心配して優しくしてもらえるなら、がんばってよかったかも、と少し思った。
「うぅ…露伴…今日はお酒呑む…あとで、たくさん買ってきて…。あと、承太郎にはしばらく会いたくないの…。家に入れないで、ほしい…。」
要求しすぎかと思い、最後の方はものすごく小さな声になってしまって露伴は体を寄せ、耳を近づけて聞いてくれている。そしてため息を吐き「そんなにかわいく言われたら…聞いてあげないといけないじゃあないか…。」とそっと抱きしめてくれた。もう、承太郎なんか嫌いだと、露伴の腕の中で、また少しだけ泣いた。
「ただいま…初流乃。と、康一くん…?」
恐る恐る家の中に足を踏み入れてリビングまで行くと、留守番をしていた初流乃と、そもそもの元凶である康一くんの姿があって、思わず身を固くした。なぜ、康一くんが初流乃と一緒に…。露伴を見ると「そうだった…。家を出てすぐ、彼に会ってね…。」と気まずそうに頬をかいた。
初流乃1人を残すのは心配だからと、近所にいる康一くんに留守番を頼んだ、という事らしい。
「あ、あの… なまえさん、泣いたんですか?」
康一くんが気まずそうに聞いてくるが、康一くんの顔を見るとどうしても承太郎の姿が思い出されてきて、胸がザワザワとしてくる。
「無理…。…ごめん康一くん…。もう帰って、いいよ…。」
こうしていたら八つ当たりしてしまいそうだと、視線を逸らしながらも何とかそう言葉を絞り出した。尚も心配の声をかける康一くんに「康一くん、ありがとう、助かった。彼女の事は僕に任せてくれ。」と露伴が制してくれ、心配しながらではあったがやがて家を出ていった。
「なまえさん…大丈夫ですか…?僕の事で迷惑かけて、すみません…。」
椅子に座って頭を抑えていたら初流乃が心配してくれて、申し訳なさそうな顔で私の顔を覗き込んでいる。なんだか、私の方が申し訳ない気持ちになってくる。
「初流乃のせいじゃないよ。これは、承太郎のせいだから。」
そう口にしたら、承太郎に対する怒りがぶり返してきた。初流乃が出してくれた水の入ったコップを、思わず強く握りしめて粉々にしてしまった。
「あぁ、ごめん。初流乃、危ないから離れて、新聞紙持ってきてくれる?」
「!なまえさん、怪我を…!」
初流乃に離れるようにと掲げた手を見て、初流乃が焦ったように声を上げる。あぁ、破片が刺さったのか。
「露伴。めんどくさいから仗助呼んで。」
粉々になってしまったから破片は小さいし、握りしめていたから深く入ってしまった。私の能力でも破片は取り出せるが、今度は逆の手を怪我してしまう。もう、めんどくさい!
「電話したら母親が、カフェ・ドゥ・マゴに行くって言って出てったと。僕が連れてくるから、大人しく待ってろ。」
露伴がバイクに乗って出ていくと、5分もしないうちに仗助を乗せて戻ってきた。その間初流乃は私に謝るので、謝らないでくれとお願いしたが、それでも謝るのをやめなかった。
「なーにしてんスか、なまえさん…。」
破片も片付けずに血を流し、謝る初流乃を慰めているというおかしな状況に居合わせた仗助は、戸惑いながらもとりあえず私の手を治して、コップも直してくれた。本当に、すごい能力である。
「みんな、ありがとう…。」
何が起きたのか理解できない様子の初流乃を抱きしめてやりたいが、今は力加減を間違えてしまいそうなので拳を握りしめて必死に堪えた。
「こら。せっかく治してもらったのに傷を作るんじゃあない。」
露伴は私が拳を握ったのに気がついて腕を掴んで制した。なんだか、今日の露伴はとても優しい。
「仗助…露伴も。2人は、承太郎派?私派?」
「僕は、なまえさんの味方、のつもりだが。」
康一くんは承太郎派の人間だった。露伴は私派だと思っていたが、承太郎に連れ去られた時に見捨てられた。なにが私派だ、この薄情者め。
だが、仗助はどうだろうか?彼はいい意味で、どっちつかずなところがあるのだ。じっと仗助を見つめていると、段々と居心地悪そうな表情に変わっていって、
「そんな顔で見ないで下さいよ…。」と頬をかいた。
「俺は…人がどうとかより、どんな内容かによるっスよ。承太郎さんと、なにかあったんスか?」
仗助らしい返答に、私はホッと息を吐いた。私派と言われた訳ではないが、仗助らしい返答に安心したのだ。
なにかあったのかという仗助の問いには、とてもじゃないが答えられない。ただの内輪揉めだというより他なかった。
「てか、花京院さんはどうしたんスか?」
「…仗助。典明が帰ってくるまで、いてくれると助かるんだけど。この子の、話し相手になってほしいの。」
申し訳ないが今は、初流乃のケアをしてやれる余裕が私にはない。怒りだとか悲しさが入り交じって、頭が混乱している。
「初流乃、ごめんね。仗助と一緒に、典明が帰ってくるの待っててね。」
康一くんに仗助に、話し相手がコロコロ変わってしまって申し訳ない。なにより、心が弱くて申し訳ない。
「僕は、大丈夫ですよ。」
初流乃は聞き分けよく、行きましょう、と仗助に声をかけ、部屋を出ていった。本当に、申し訳ない。情けない。
「典明、まだかな…。」
帰ってきてから15分は経っている。早く、帰ってきてほしい。ソワソワと玄関の方と時計に視線をさ迷わせていると、露伴は目の前に立ち、外でしたように控えめに私を自分の腕の中に納めた。当たり前だが、露伴の匂いがする。
「花京院さんの代わりには、なれないが…。」
小さい声でそう言う露伴を抱きしめ返すと、体がくっついて温かくて、少し落ち着いた。ついでに顔を埋めてクンクンと匂いを嗅いでいると「ま、待て。汗くさくはないか?」と僅かに抵抗したので思わず少し笑ってしまった。
「露伴…ありがとう…。露伴がいてくれて、よかった…。」
普段は自分勝手な露伴だが、こういう時はすごく優しくしてくれる。本当に、私の事が好きなのだと、思い知らされる。
「……ねぇ、露伴…。すごく、最低な事言ってもいい?」
「?なんだ。」
今、私の中に湧き上がってきた感情。我ながら最低だが、これを言ったら、露伴は私を嫌いになるだろうか?
「露伴…。キス、したい。典明の代わりじゃなく、露伴と。」
「!?それ、は……。」
幻滅した?と言いながら、自嘲気味な笑顔が漏れた。本当に、最低だ。この気持ちは、露伴が好きだからなのか、自分でも分からない。でも、承太郎は無理だったのだ。基準が、自分でも分からない。分からないのだ。
「露伴が嫌なら、しないよ…。ごめん。狡いね。露伴の優しさにつけ込んで。最低だ…私…!」
自分の口から出た言葉に、いかに今まで露伴に酷い事をしてきたか理解した。露伴は、今だけじゃなく、いつだって優しかった。それでも私を好きだと、そばにい続けてくれていたのだ。私はその優しさに甘えていたのだと気づいて、承太郎との事なんて忘れて、涙を流した。
「謝らないでくれ。僕が、それでもいいと言ったんだ。…僕の好きななまえさんを、最低だなんて言うな。」
露伴の覚悟は、これほどのものだったのか。典明よりも、承太郎に近い精神力の強さだ。私なんかよりも、ずっと強い。
「なぁ、なまえさん。僕は、正直嬉しい。花京院さんの代わりじゃなく、僕としたい、なんて…夢みたいだ。… なまえさんの気が変わっていなかったら、してもいいか?キス。」
そう言った露伴の声は酷く優しく、表情は嬉しそうだった。どうして、そんなに強くいられるのか、教えてほしい。
「…こんな私でも、好きだと、言ってくれるなら…。」
「…。あぁ、好きだよ。自分でも、不思議なくらいに。」
直後、私達の唇は重なった。何度か角度を変えて落ち着く位置を見つけると、不思議と心が落ち着くのが分かった。涙は、もう止まったようだ。やがて唇が離れると、徐々に罪悪感がやってきた。典明や、露伴、子供達に対する罪悪感だ。
「…そんな顔するな。僕が悪いみたいじゃあないか。」
「!ご、ごめん。」
露伴は悪くない。悪いのは、私なのだと顔を上げると、彼は楽しそうな笑みを浮かべている。からかわれた…!
「はは。…君を、好きでい続けて、よかった。」
露伴は幸せそうに、笑顔を浮かべている。その笑顔を見ているだけで、なぜか胸が温かくなった。これは、好き、とは違うのだろうか?典明に感じている感情とは違う、この感覚はなんなのだろうか?誰か、教えてほしい。
「露伴…もう少し、甘えてもいい…?」
この気持ちの正体が知りたい。この混乱を理由に、もう少し踏み込んでも許されるだろうか?
「…君、自分がかわいい事を、理解してやっているだろう?」
「?うん。」
典明が毎日かわいいかわいいと褒めてくれるのだ。典明が間違った事を言うわけがない。つまり、私はかわいいのだ。
「本当に…かわいくて困る…。」
その言葉と共に、露伴が顔を近づけるので目を閉じた。再度触れ合う唇に、私は集中した。典明のとは違う、露伴の唇。私は今日まで、典明としかした事がないので、人によってこんなに違うものなのかと少し戸惑った。唇の形はもちろん、キスの仕方だって、典明とは違う。
「露伴…君もか…。」
「ッ、典明!」
「花京院さん…。」
突然聞こえた典明の声に、私も露伴もビクッと体を跳ねさせ、お互いの体を離した。夢中になっていて、典明が帰ってきた事に気が付かなかった。またしても、罪悪感が私を襲った。