第3部 杜王町 その後の物語
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ピンポーン
ちょっとしたトラブルから2日後、朝早くに岸辺邸のインターホンが鳴り響いた。まだ、朝の6時半である。私はなんだか、嫌な予感がしていた。寝起き姿の露伴の代わりに玄関までやってきたが、なにか、閉じられたドアの向こうからよくない気配を感じ、ドアを開けるどころか返事をするのも憚られた。この、気配は…。
「なまえ?」
インターホンが再度鳴らされても返事すらしない私を見て、典明が不思議そうに私を呼ぶ。
「承太郎がいる。」
小声でドアを指差してみせると、典明はぎょっと目を開いてドアを見、そして不思議がって玄関ホールまで出てきた初流乃を見て、すぐに初流乃を隠そうと動き出した。全く、察しがよくて助かる。
そう、このドアの向こうには、承太郎がいるのだ。アメリカに帰ったはずなのだが、なぜ急にやってきたのか。タイミングがタイミングなだけに、嫌な予感しかしない。
「承太郎?殺気なんて出さないでよ。アメリカにいるんじゃなかったの?」
カチャ、とドアを開けて外の人物…承太郎を見ると、スタープラチナを出して拳を握りしめているところだった。今、ドアをぶち破ろうとしていたらしい。なんて奴だ。
「テメーがなかなか出てこないからだろうが。オイ、これはなんだ?」
拳を握る手とは逆側の手の中にあるものを目の前に、よく見えるように掲げる。例の週刊誌だ。バレている。
「あぁそれ。典親が一昨日までいたのよ。露伴とみんなで出かけてたところを撮られたって、露伴が…。」
「…典親だけじゃねぇようだが?」
表紙の"預かった子"という文字をトントンと指で叩く承太郎の視線は、鋭く光っている。ものすごく。
「やぁ承太郎。どうしたんだ?こんなに朝早く。」
スル、と典明が私のお腹に腕を回し、後ろから顔を覗かせた。落ち着け、と伝えてくれるが…承太郎がどこまで情報を掴んでいるのか分からないので全然落ち着けない。今分かるのは、典明が救世主のようでかっこいい、好き、という事だけだ。
「典明…承太郎がこわい…。」
正面に向き直って典明に抱きつくと「はは。承太郎、なまえを怖がらせないでくれよ。」と優しく背中と頭を撫でてくれた。好き。本当に好き。
承太郎はそんな私達のやり取りを見てため息をついて「花京院…テメーはなまえを甘やかしすぎだ…。」とやれやれと頭に手を当てた。甘やかすなんて、当たり前だ。私も典明には甘いのだから。
「おい露伴。いるか。」
承太郎の呼びかけに、露伴が奥から姿を現し、アメリカへ帰ったと聞いていた承太郎の姿を視界へ捉えて「承太郎さん!?」と驚いている。そして承太郎の手にある例の週刊誌を見てギョッと目を見開いた。
「話はコイツに聞く。」
「あっ!ちょっと、承太郎!」
何をしようとしているのか分からないが、ふ、と承太郎の手が私の耳に触れ、ピアスが外された。それが意味するものは…!
「花京院はついてくるな。テメーは口が上手いからな。露伴と一緒にここで待ってろ。露伴、テメーのピアス貸しな。」
ポイ、と中に放り出されたピアスは、露伴の手の中に納まった。そんな乱雑に扱うなんて!!
返ってきた露伴のピアスを私の耳に着けて、承太郎は私を肩に担いだ。
「や、やめ…!て、典明〜〜!!」
典明に向かって手を伸ばしたが、典明は承太郎に睨まれてビク、と体を強ばらせて縮こまってしまった。
「露伴…助けて…。」
露伴にも助けてほしいと視線を送ったが、フイ、と視線を逸らされた。薄情者!!!
「で、なんだアレは。」
ちゃっかり、私が借りたレンタカーに乗ってやってきたのは海だった。車からは、降りないが。外では楽しそうに、人々が海水浴をしている姿が見える。
「康一くんに連絡をもらって驚いたぜ。まさかテメーが、子供を預かってたなんてな。」
こ、康一くんだと!?そういえばこの前仗助と亀友デパートで会った時、口止めはしなかった。康一くんが承太郎派だというのをすっかり忘れていた。でもまさか、電話で近況報告をするような仲にまでなっているなんて、誰が予想できただろうか。
「典親の隣にいるコイツは一体誰だ。またなにか、厄介な事に巻き込まれてるんじゃあねぇだろうな?」
助手席のシートで膝を抱えて黙っていたら、承太郎が「聞いてんのか?」と眉間に皺を寄せて覗き込んでくる。先ほどから色々と質問をしてくるが、私は週刊誌に書いてある事しか喋らないつもりだ。それ以上に話すつもりはない。
「この子は、昔の、親戚の子よ。突然連絡がきたの。…親が育児放棄してね。2年間って期限付きで預かってるだけ。典明も了承してるんだからいいじゃない。」
親戚、以外は事実だ。突然、自分勝手に預かってくれと言われて2年だけという約束で預かった。そのまま、言葉通りである。
じっと承太郎の目を見ると、彼もじーっと私の瞳を真っ直ぐ見つめた。これが典明であれば思わず見とれてしまうところだが、相手は承太郎なので段々と眉間に皺が寄ってくる。
「他にもなにか隠してる気がするんだが。吐け。さもねーと…キスするぜ。」
「は?」
キスだって?承太郎が、私に?そんな事するわけない。いや、できるわけがない。私が承太郎にキスできないように、彼も私にキスなんて、できないはずだ。
「隠し事はない。承太郎は、私にキスなんかできないでしょう?できるのなら、すればいい。」
承太郎を見据えて強気な発言をし、そのまま目を閉じた。動かずに待っていたら、ややあって承太郎がため息を吐いて、僅かに身動きをした、衣擦れの音が聞こえてきた。え、まさか、と思ったら唇になにかが触れ、反射で目を開いてしまった。目の前には、承太郎の顔。…判断を誤った。承太郎は、やる時はやる男だった。ものすごく嫌そうな顔をしているのが気に入らないが。
「言う気になったか?次は、今のじゃ済まねぇぜ。」
「!…本気?」
承太郎は今、次、と言ったか?まだ続くというのか、この尋問が。だが、ここまできたら、私の性格上、引くことはできない。
「もう隠し事はないって、私は言ってる。これ以上話す事はないよ、承太郎。」
「そうか。」
承太郎との心理戦は本当に骨が折れる。心理戦とは名ばかりで、多少は体を張らなくてはいけない。シートベルトを外してもう一度承太郎を見ると、まだやるのかと言いたげな視線を向けてくるが、こっちのセリフである。早く諦めろ!
「ほら、やるなら早く。」
もう一度目を閉じて今度は薄く口を開いて待つが、この挑発、承太郎に通用するだろうか。
「テメーは、それでいいのか。」
最後の確認というように、承太郎が聞いてくる。彼はやっぱり、根は優しいのだ。今はそんな気遣い、不要なのだが。
「いい。そんな事聞くなんて…承太郎、諦めたの?」
目を開けてふ、と笑うと、承太郎は眉間に皺を寄せて何度目かのため息をついた。そしてぐ、と体をこちらに寄せてくるので思わず後ろへ身を引いてしまったが、頭を掴まれて「おい、今さらビビるんじゃあねぇぜ?」と言う言葉のあとに唇を塞がれた。先ほどの宣言通り、さっきのキスとは比べ物にならないキスである。まさか、本当にするなんて。ここまでやれば、諦めると思っていた。悔しい。承太郎に勝てない事が、悔しい。
「いい加減話しな。手、震えてんじゃあねぇか。」
承太郎の声で、承太郎の腕に添えた自分の手が震えている事に気がついた。だめだ。こんなの。首を横にフルフルと振ると「なまえ。諦めるんだな。俺はこの先だって、できるんだぜ。」と言われて思わず体がビク、と固くなった。私は、無理だ。できない。ここが、私の耐えられるギリギリだ。
「嫌だ…。承太郎、」
言葉の途中でまた唇を塞がれて、とうとう涙が流れてくる。嫌だ。助けて。典明、助けて。典明!
「なまえ!!」
助手席の扉が開けられたかと思うと、今まさに思い浮かべていた典明の声が私を呼んだ。最初に見えたのはハイエロファントの緑色で、承太郎はすぐに拘束された。
「承太郎…これはどういう事だ。説明しろ。なんで、なまえが泣いてるんだ。」
私を抱きしめて承太郎を責める典明の声は、今まで聞いたことがないほど低い。怒っている。静かに。
「典明…、典明…。」
「うん。怖かったね、なまえ。ごめんね。僕も、無理にでも着いていけば良かった…。」
典明ならば、こうはならなかっただろう。こうなったのは、私が女だったからだ。私が、承太郎に心を許しすぎたからだ。
「なまえ、君は露伴と先に帰るんだ。僕は、承太郎と話をつけなくちゃいけない。分かるね?」
典明は、私達の間の落ち着かせるための儀式をして、優しい笑顔で私にそう諭すので、静かに頷いた。私には、無理だった。全然適わなかった。あとは…典明に任せよう。
「おい、まだ話は「その話は、僕が引き継ぐって言ってるんだよ。分からない奴だな、承太郎。」
承太郎は私を逃がすまいと声を発するが、典明がそれを遮って、圧で黙らせた。去り際にチラリと見えた承太郎は、苦虫を噛み潰したような顔をしていて、心から、ざまーみろ!と思った。
「またあとでね、なまえ。露伴、くれぐれも頼むよ。」
露伴の跨るバイクに優しく降ろされ、典明がまた優しく微笑む。本当はこのまま一緒に帰りたいが、承太郎の言う通り、話はまだ終わっていない。承太郎は納得していないのだ。家には、初流乃が1人でお留守番をしている。早く帰らなければ。
「典明…キスして、今。」
その前に今すぐ、承太郎にされた、この感覚を消してほしい。強請るように腕を伸ばすと、典明は迷いもせず私を受け入れて、ちゅ、ちゅ、とたくさんの優しいキスをしてくれた。居心地悪そうにしている露伴には申し訳ないが、今してもらえないと、帰ってから耐えられそうになかったのだ。
「じゃあね。」と最後に挨拶を交わしたのを合図に、、露伴はバイクを加速させた。ぎゅ、と露伴のお腹に回した腕に、力を込めた。
大丈夫。典明なら、きっと上手いことやってくれる。私の意図も、ちゃんと汲み取ってくれるはずだ。そう信じて、私は目を閉じた。