第3部 杜王町 その後の物語
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「さ、仕事するかぁ。」
今日は、というかしばらくは、画家としての仕事をしなくてはならない。もちろん、露伴にも付き合ってもらわなくてはならない。
「露伴、メインの絵だけど。」
メインの絵は会場の1番奥に飾る予定で、会場の広さを考えてF130号にするつもりでいる。それを私達2人で描こうとしているのだが、なかなかいい案が出ないのである。というより、モデルがいいので案が出すぎて決まらないのである。
「本当に、最高の被写体だな、花京院さんは。」
ため息混じりに呟いた露伴の言葉に、私は何度も頷いた。典明自体が芸術なのである。
「これが、花京院さん…。綺麗な人ですね。」
と、初流乃まで"Tenmei"を見て彼を褒めるので、本人は頬を僅かに染めてはにかんでいる。か、かわいすぎる…!!
「パパも一緒に、描いたらいいのに。」
「花京院さんも絵を描くんですか?なら僕も、いい案だと思います。」
純粋な子供達の言葉に、私と露伴は顔を見合わせた。その発想は、今までなかった。数秒視線を交わしたあと典明へ視線を移すと「僕?」と戸惑いの表情を浮かべている。
「僕は2人みたいに描けないよ。もう何年も、描いてない。」
「…私、典明の絵、好きよ。未だにあの時の絵、持ってるもの。」
「!」
いつも移動時に持ち歩いている鞄を漁って、中からトートバッグを取り出した。さらにそこから古いスケッチブックを取り出して、中に挟んでいた紙を露伴へと手渡した。
「ふむ、単なるスケッチだが、上手いじゃないか。花京院さんは、謙遜するのが癖なのか?」
なんだか上から目線なのが気になるが、褒められている典明は照れくさそうに頬をかいているので口を噤んだ。今の表情はあまり見られるものではなかったので、もっと見ていたかったのだ。
「ほら、露伴もこう言ってるし、自由になにか描いてみてよ。私は子供達と席を外すから。」
見られていると集中できないかと思い腰を上げたのだが、典明がいや…と声を上げた。
「描くのなら、君と2人がいいんだが。」
典明は恐らく、人がいると集中できないタイプだ。確かに、席を外すのなら私よりも露伴が外すのがいいだろう。だが、露伴が子供達を見ていられるだろうか、と露伴に視線を向けると「あぁ、構わない。行くぞ、お前達。」とすぐに子供達を引き連れて部屋をあとにした。子供が苦手なくせに、こういう時は行動が早い。
「ご指名ありがとうございます。」
と典明に頭を下げると「うん。その前に、」と椅子に座る私の目の前にやってきて「最近、できなかったから。」と背中を丸めて優しくキスを落とした。彼のキスを抵抗せずに受け入れると、ふわ、と彼の香りがして心臓がドキドキし始めた。前よりも、香りが強くなっている気がする…。
「ふふ…かわいい。」
彼の匂いを堪能しすぎて、気づいたらキスが終わっていて、頬を指で撫でられた。はぁ…本当にかっこいい。
「典明…かっこいい…好き…。」
「僕も。君がかわいすぎて困る…。」
やっぱり典明は私の王子様だ。典明がなんと言おうとも、それだけは譲れない。
どれだけそうしていただろうか。やがて典明は体を離して「そろそろ描き始めないと、露伴に怒られちゃうな。」と少し眉を下げて言うので、仕方なく腕を離した。外から、楽しそうな典親の声が聞こえてきている。
「お邪魔します。」と一声かけて、典明が入ってくると、私の意識は僅かに薄れて、体が勝手に動く。やっぱり、何度やっても不思議な感覚だ。
椅子に腰掛けてスケッチブックを見、鉛筆を手に取るが、そのまま動かなくなった。"典明、緊張してるの?"と聞くと「はは、まぁ、そうだね。」と歯切れの悪い答えが返ってきた。なにか、私にできないだろうか?
"典明、私の事描いてよ。"「うん、そのつもり。」"かわいく描いてね。"「僕に、君の魅力が表現できるかな?」"典明なら、私のかわいいとこ全部知ってるでしょ?"「…うん。そうだね。」
しばらく言葉を交わしても、典明の手は動かない。典明の不安や、緊張が感じられる。
"典明。私との、1番幸せだった瞬間を思い出して。"
「1番、幸せだった…。」
"昨日、初流乃に言った事も、思い出して。私、嬉しかったよ。"
「……。」
ついに典明は口を噤んでしまった。一体いま、どんな顔をしているのだろうか。私からは見えないのが、今、とてももどかしい。
しばらくの沈黙のあと、典明は鉛筆を持った手をス、と持ち上げて「なまえ、ありがとう。…また君に、惚れ直したよ。」と呟いて、鉛筆を走らせ始めた。そんなの、私だって毎日惚れ直してるが…やっと集中し始めた典明の邪魔をしないように静かに我慢した。気分が乗り始めた典明は、たまに離して見たり描き直したりしながらも、鉛筆をサラサラと動かしていく。典明から見た私は、こんな表情をしているのかと思うとなんだか胸の辺りがムズムズしてくる。
「ふふ、とりあえずは、こんな感じでいいかな?」
コト、と鉛筆を置いて、典明はスケッチブックを掲げた。描く前とは違いなんだか嬉しそうにしているので自分でも満足しているのかもしれない。
フッと典明が体から出ていったので、改めてスケッチブックを見つめて、抱きしめた。
「うん。いいと思う。ありがとう、典明。」
典明の描いた私は、自分が思っているよりもかわいらしく見えた。
「花京院さん。この絵、僕に売ってくれないか。」
部屋へ戻ってきた露伴は、典明の描いた絵を見て開口一番そう口にした。顔は、至極真面目である。
「えっ!わ、私もほしい!」
慌てて私も手を上げるが、露伴は譲る気はないようで眉間に皺を寄せて「君は何枚も持ってるじゃあないか。」と言ってきたが、それはそれ、これはこれだ。昔もらった絵に描かれている私は過去の私であって、今の私ではないのだ。
「や、やだ。これはこれで大事だけど、それもほしい!」
「子供みたいな事言うんじゃあない!僕だって花京院さんの絵が欲しいんだ!」
子供2人の目の前で、大人2人がぎゃあぎゃあと典明の絵を奪い合って騒いでいる光景はとても大人げないとは分かっているが、どうしてもほしい。
「典明!」と彼を見るとなんだか嬉しそうな笑顔を浮かべて「うーん、そうだなぁ。」と私と露伴を交互に見て「なまえ、君にはまた今度、描いてあげるよ。」とまさかの露伴を選ぶのでショックで言葉を失って膝から崩れ落ちた。
床に手をついて「典明…ろ、露伴を選ぶなんて…。」と涙を流していると「お、おい。なにも泣く事ないだろう?」と露伴に引かれた。うるさい。そう言うなら、私に譲ってくれてもいいじゃないか。
「ママ、大丈夫?」
典親の声を聞いて顔を上げると、眉を下げて心配してくれているようだった。私が泣いているところを見るのは初めてだったので、典親も泣きそうになっている。
「ご、ごめん典親。大丈夫だよ…。」
大丈夫と言ってぎゅ、と典親を抱きしめるとヨシヨシと頭を撫でられて胸がきゅんとした。本当に優しい子である。お返しにヨシヨシと頭を撫で返すと「ママ、元気になった?」と典親は元気よく聞いてきたので体を離すと、かわいらしい笑顔を浮かべていた。「典親のおかげで元気になったよ。」と伝えたら「良かった!」とまた嬉しそうに笑うので今度は愛しくてぎゅー、と抱きしめた。本当に私の子、世界一かわいい!