第1部 M県S市杜王町
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ボフッ
私はフカフカの、ホテルのベッドへと倒れ込む。
あの後、音石明を警察に引き渡したのち承太郎と分かれ、私とジョセフさん、イギーは、先にホテルへとやってきた。
ジョセフさんは隣の部屋におり、イギーには監視を頼んでいる。本当はジョセフさんと一緒にいた方がいいと思うのだが、承太郎が気を利かせて、私が休めるようにと承太郎と同じ部屋にしてくれたのだ。
私はここ数年、すぐそばに人がいないと眠れなくなってしまった。1人になると不安になってしまって、寝ても途中で起きてしまう。それがずっと。毎日だ。薬を飲んで眠っても、途中で薬が切れると結局目覚めてしまう。その事に気がついた承太郎が、度々同じ部屋で眠ってくれるようになった時は感謝の気持ちと、彼の優しさが嬉しくて、泣いてしまったのが懐かしい。
承太郎が戻ってくるまでもう少し時間がかかる。その前に、シャワーを浴びよう、と体を起こし、私はシャワールームへと足を動かした。
「あ、承太郎。おかえり。」
シャワーだけのつもりが久しぶりにお風呂にも浸かりたくなってゆっくり入浴し、いい気分で部屋へ戻るとちょうど承太郎が戻ってきたところだった。
未だ濡れている髪もそのままに、ぎゅ、と承太郎に腕を回すとため息をついて「まず髪を乾かせ。」と肩にかかっていたタオルでワシワシと拭いてくれた。
それが気持ちよくてそのまま動かずにいたら「おい。」と厳しい声が降ってきたので仕方なく体を離した。
「承太郎、ドライヤーして。」
洗面所からドライヤーを持ってきて承太郎に手渡すと、
「ハァ…本当に26歳か?」
と言いながらも意外にあっさり受け取ってくれて、ドレッサーにコンセントを繋いだのでウキウキで椅子に腰掛けた。
承太郎の私の頭を撫でる手つきは、意外にもとても優しい。閉じていた目を開けると、いつの間に出てきたのか典明が鏡越しに優しそうに私を見ていて、幸せな気持ちになった。体は温かいし、頭は優しく撫でられて気持ちがいいし、最愛の人は優しく私を見つめている。この瞬間が幸せすぎて、段々と眠気がやってくるのが分かった。
「ここで寝るな。ベッドで寝ろ。」
承太郎の声に、私が眠りかけていた事に気がついた。
チラリ、と典明を見ると視線がかち合い、私が無言で手を広げたのを見て彼は笑った。そして彼が出したハイエロファントは私を抱き上げて、ベッドまで運んでくれた。完璧だ。やっぱり彼は、私の意図を理解して正確に読み取ってくれる。
「今のでなんで伝わるのか分からねえな。」
承太郎は不思議そうにしているが、私だってなぜなのか分からない。典明がすごいのだ。
「承太郎、一緒に寝よう。私が眠るまででいいから。」
眠い目を擦りながらベッドから承太郎を呼ぶと、彼は心底嫌そうな顔をしていて、その顔は高校生の頃の彼の姿を思い起こさせた。きゅ、と承太郎の手を掴むと、彼は典明に視線を向けた。彼は変わらず笑顔を浮かべている。
「典明も、いいって。」
「…本当か?花京院。」
私の返答が疑わしかったのか、承太郎は典明に問いかけるが、典明も笑顔で頷いている。
その姿を見て諦めたのか承太郎はため息をついたので私は掴んでいた手を離した。
彼のため息は諦めのため息。つまりは折れた時の合図だ。
上着を脱いで、電気を暗くして、やがて彼が戻ってくる気配。私は既に、半分ほど眠りの世界へ入っている。
「ん……おやすみ、承太郎…。」
ポン、と頭に手を置いて「あぁ、おやすみ、なまえ。」と言う承太郎。目を閉じる最後に見えたのは、承太郎の、気遣わしげな笑顔だった。
「綺麗な町だね、ここは。」
さすが海辺の町なだけあって、高台から見える海はとても綺麗だ。
承太郎はジョセフさんを引き連れて仗助くん達に会いに行くと言っていたので、私は典明とデートに来た。イギーにも来るかと尋ねたが、町に繰り出していったので特に止めもしなかった。たまには自由にしたいだろう。
「君…。」
典明と体を寄せ合い、高台の手摺りから海や町を眺めていたら後ろから声をかけられた。
振り返ると、奇抜な服装の男性が私を見ていたので、声をかけたのはこの人だろう。典明は既に姿を隠している。
「なにか?」
典明との静かな時間を邪魔されたので眉間に皺が寄りかけたが、なんとか抑えて笑顔で聞いた。
「君の隣に今…何か見えたんだが。人型の、何か。」
マズイ。そういう類が見える人だ。滅多に会わないが、今まで数名、スタンド使いの他に何人か、見える人に会った事がある。典明も外では滅多に出てこないが、人気のない場所という事で出てきていたのだが。それを、見られた。
「人型の何かって……幽霊、って事ですか…?こ、怖い…!」
怯えたようにキョロキョロして、迫真の演技を披露すると一瞬男は気のせいか?という顔をしたが、「いや、さっき君、話しかけてなかったか?見えてただろう。」と距離を詰めてきたので驚いて胸をドン、と強く押してしまった。
「君…力が強いな…!どこにそんな力が…!面白い!それに、よく見ると、とても美しい顔をしているじゃあないか!僕は岸辺露伴。君は?」
今、私に急に突き飛ばされたというのにもう一度距離を詰めてくる岸辺露伴という男。彼は嬉しそうな、楽しそうな顔で私の肩に両手を置いた。
腰に着いている人形から、僅かに怒りの感情を感じる。典明だ。この初対面の男が遠慮なしに私に触れるから、怒っているのだ。
「みょうじ なまえです。あの、手を離して貰えます?」
じゃないと、典明がハイエロファントで攻撃してしまうかもしれません、と心の中で付け足した。しかし彼は私の言葉をスルーし、
「みょうじ なまえ、だって!?あの、"Tenmei"の、画家の!?」
と、さらに興奮した様子だ。
だが、彼は私を知っているようだ。私の絵のファンだというのなら、邪険にはできない。攻撃も、できればしたくない。彼がなにを望んでいるのかは分からないが、なるべく穏便に済ませたい。
「待てよ…そういえばさっき見えた何か…"Tenmei"に描かれている人物と似ていたような…。いや、読んでみた方が早い。」
彼は私から一歩離れ、顎に手を当ててブツブツと独り言を呟いている。再びピンチ。名乗らなきゃよかった。こういう時、典明ならば上手く受け答えできるのだろうが。この先彼はなんと言うだろうかと考えていると、彼はバッグの中から取り出した紙を私に向け「ヘブンズ・ドア!」と。
その瞬間意識が薄れ、スタンド使いだ…と気がついた。典明が見えていた理由は、彼がスタンド使いだったからだ。
次に目を開けた時にはハイエロファントがエメラルドスプラッシュを放ったあとで、私は座っていたし、エメラルドスプラッシュを食らった彼は吹き飛んでいて、典明は片膝を付き心配そうに私の顔を覗き込んでいる。その典明の姿が王子様すぎて久々にときめいたが、今はそんな場合じゃないと頭を振った。スタンド攻撃を受けたのだ。
立ち上がり、体の異常を確認する。が…特段変わったところはない。無傷だ。
その事を典明に伝えると安心したように微笑んだので、また心臓が跳ねた。
「クッ…どういう状況なんだ、それは……。」
先程吹き飛んだ岸辺露伴という男は、地面を這いながら私達を見る。もう隠す事はできない。
「岸辺露伴くん。貴方は敵?私を攻撃してくる?それとも、さっきのは興味本位でやったの?もし敵だというのなら、良くて入院、最悪の場合は死を覚悟してもらう事になるけど。」
仕事モードに切り替えてそう彼に問う。スタンド使いが相手だというのなら、敵か、味方か、きちんと分けなくてはならない。
「敵ではない!攻撃の意思はない。さっきは興味本位で…いや、そのおかしな状況の過程を知りたくてやった。今も知りたい!」
この岸辺露伴という男は、とても変わった人らしい。知的好奇心が強いのだろう。それも異常に。
「貴方のスタンド能力はなに?」
「スタンド…?この能力の事か?…言ったら見せてくれるか?」
見せる、ということは…。どうやら、攻撃型の能力ではないようだ。まだ、油断はできないが。
「能力の内容によるわ。簡単には許可できない。」
そう答えると、彼は仕方なしに能力の事を話し出した。人の記憶や経験を、本にして読む事ができる能力。そして新しく外から書き込む事もできるという。
「ふーん…。」
なるほど。それを先程、私に行使しようとしたと。
私は未だ地面に這いつくばって、「見せてくれるか!?」と期待しているいる彼を見下ろすと視線がかち合った。
「ダメよ。」
「何ィ!?」
話が違うじゃないか!と怒り出すが、話が違うもなにも、見せるなんて一言も言っていないのだが。
ぎゃあぎゃあとあまりにうるさく騒ぐので、ドォン!と拳で地面に穴を開けるとようやく黙った。彼の左手と顔の間の地面に穴があいたのだ。それは声も出なくなるだろう。
「私と典明の記憶を、なぜ貴方に見せなきゃならないの?」
この体に宿った記憶は、大事な、私達の宝物なのだ。承太郎や聖子さんにならまだしも、どうして、よく知りもしない奴なんかに。
「行こう、典明。そろそろ、承太郎達が戻ってくる。」
私はそう言って、未だ岸辺露伴を見下ろす典明の手を掴んで歩き出す。
デートを途中で邪魔をされた挙句、私と典明の記憶を見ようとしてきたスタンド使い、岸辺露伴。
敵ではなかったため命は取らなかったが、そのせいで町でバッタリ出会う事もあるかもしれないと思うと、少し憂鬱な気分になってしまった。
今後極力、関わりたくない人物である。