第3部 杜王町 その後の物語
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汐華初流乃を預かって2日。彼はものすごくいい子だというのが再確認できた。聖子さんが困っているとすぐに手を貸し、典親の遊び相手にもなってくれる。そして彼なりに、典明と意思の疎通を図ろうと色々と問いかけてくれるのだ。これも全て、母親に好かれようとしていた事だと思うと少し胸が痛い。
15歳になったらイタリアの学校の寮に入れるつもりだと言っていたが、彼さえ良ければずっとそばにいてくれてもいいとさえ思いはじめている。それだけ健気で、いい子なのだ。今も、聖子さんの隣で初流乃は、ご飯の支度を手伝っている。
「ねぇ、典明。私、初流乃みたいに少し落ち着いた方がいいかな?」
何の気なしに典明にそう問うと、フッ、クク…と笑いを堪えようと顔を伏せた。笑われるような事を話したつもりはないが。
「ごめんごめん。君は、このまま変わらないでいてくれ。僕は、今の君が1番好きなんだ。」
ス、と腰に腕を回されて顔が近付く。最近ずっとパパの顔をしていた典明が急に男の顔に変えるので、顔が急激に熱くなるのが分かる。か、かっこよすぎる…!
「なまえさん?なに見てるんですか?」
初流乃は不思議そうな顔で私の視線の先を見るが、そこには何もない。初流乃にも見せたい!この私に向けられる完璧なお顔を…!
「て、典明が…かっこよすぎて…!」
「パパとママ、またラブラブしてる。」
初流乃の隣でお手伝いをしていた典親が、踏み台の上で嬉しそうに微笑んでいる。私達が仲良くしているといつも、嬉しそうに眺めているのだ。
「本当、2人は素敵よね。」そう言って頬に手を当てる聖子さんも嬉しそうに顔を綻ばせている。とてもかわいらしい。
「聖子さんだって、貞夫さんとずっとラブラブじゃないですか。」
私は電話でしかお話したことはないが、承太郎の父である貞夫さんは、私に電話を代わると「ホリィは元気か?何かあったらすぐに知らせてくれ。」と毎回言ってくるし、貞夫さんと話している聖子さんの顔は恋する乙女の顔になるのだ。
「そうだわ!結婚式、絶対に行くって言ってたわよ。」
「え、ほんとですか!?ど、どうしよう、緊張しちゃう…!」
聖子さんに貞夫さんに伝えてくれるようにとお願いしていた私達の結婚式。貞夫さんは典明の姿が見えないのにも関わらず受け入れてくれて、ものすごく良くしてくれているのだ。来てほしいが世界中を飛び回っているため、来られたら奇跡ぐらいに思っていたので本当に嬉しい。
「結婚?なまえさん、結婚するんですか?」
初流乃が戸惑い気味に声を上げる。大切な人が既に亡くなっているので、誰か別の人と結婚するのかと困惑しているようだった。
「パパとママの結婚式だよ。」と典親が答えるとあぁ、そういう事ですか、と納得したようだ。物分りがとてもいい。
それにしても、今まで会ったことのない聖子さんの夫であり承太郎の父 空条貞夫さん。ミュージシャンとして世界中を飛び回るほどの有名人であるが、写真などは今まで見ないようにしてきたのだ。変に写真を見て先入観を持ちたくなかったからだ。それが、ついに会えるかもしれないので、私はソワソワが止まらなくなってしまった。
明日、ついにまた空条邸をあとにする。夏休みが終わるまでのあと数週間は典親も露伴のところへ連れていく事になっているが、聖子さんと離れるのが寂しい。イギーは露伴と相性が悪そうなので聖子さんの元へ置いていく事にした。聖子さんも1人でいるよりは寂しくないと思っての事だった。
「アギ…。」
「イギー!」
夜寝る前に部屋で寛いでいると、イギーが襖を器用に開けて入ってきた。自分から来るなんて珍しいが、もしかしてこの子も寂しいのだろうか?と思うととてもかわいく思えた。
「驚いた…。イギーが自分から、君のもとへ来るなんて。」
私を挟んだ反対側から、典明がイギーを覗いて感嘆の声を漏らす。典明は未だにイギーと距離を置いているのだ。
「一緒に寝よう、イギー。」
布団を捲ると、イギーは私と典明の間で丸くなった。イギーはもう、典明に敵意は持っていないのだ。
典明が恐る恐る布団に入るとイギーがチラ、と典明を見るので、典明は僅かに身を固くしていた。こんな彼の姿は、割とレアだ。かわいい。
「おやすみ、イギー。」「アギ。」
イギーの返事を聞いて電気を消すと、温かさが心地よくてすぐに眠気がやってくる。一時はどうなることかと思ったが、終わってみれば幸せな1週間だった。
とりあえず、明日はお昼にはここを発って新幹線でS市まで行って…と明日の予定を考えていたはずが、最後まで予定を立てる前に思考は完全に停止していた。
朝、目を覚ますと典明の優しい笑顔に見つめられていて、やっぱり幸せな気持ちになった。
「聖子さん…体には気をつけてね…!」
ぎゅーー、と長い抱擁をして、別れを惜しむ。聖子さんの匂いを忘れないように思う存分匂いを堪能しているとさすがに典明が引いている気配がしたのでようやく体を離した。
「なまえちゃんも、あんまり無理しちゃダメよ。典明(ノリアキ)くん、ちゃんと見張っててね。初流乃くんもお願いね。」
「?分かりました。」
「もう!聖子さん!」
話を振られた初流乃は素直に、よく分からないけど分かりましたと返事をするので、本当にこれではどっちが大人か分からない。典明はそのままでいてくれと言うが、やはりもう少しくらいは落ち着いた方がいいのかもしれない。
「またね、なまえちゃん。」
聖子さんが頬にキスをひとつするので、私も頬にキスを返した。典親ともキスを送りあって、聖子さんは最後に初流乃を見る。初流乃は僕もですか?と戸惑いながらもキスを受け入れ、ぎこちなくキスを返した。
「また帰ってきます!行ってきます!」
典親と初流乃の手を取り、最後に元気よく挨拶をして空条邸をあとにした。また年末にでも、帰ってこられるだろう。そう考えると、案外すぐ会えるじゃないか。
「もしもし露伴?今から帰るよ。2時半頃、駅まで迎えにきて。」
露伴に電話でお迎えのお願いをすると「ゆっくり休めたみたいだな。」と言われたので、声でなにか伝わったようである。いい休暇だったと伝えるとため息が聞こえた気がしたが、やはり寂しかっただろうか?
「露伴にサプライズがあるから、楽しみにしてて。」と言うと「嫌な予感がするが。」と即答されたので、彼は一体私をなんだと思っているのか。とにかく2時半に駅で!と会話を切り上げて電話を切ると「ママが…露伴先生とお話してる…。」と典親が感動しているような顔でこちらを見上げていたので片手で抱き上げた。休暇の半分は承太郎に独占されていたので、典親を堪能し足りない。
「なまえさんって、意外と力持ちですね。小学生を片手で抱っこするなんて…。」
「ふふ、そうでしょう?杜王町に行ったら、初流乃も抱っこしてあげる。」
さすがに東京の街中では、かなり目立ってしまう。杜王町ならば、程よい田舎なので問題ないだろうと思って言ったのだが、初流乃は「いや、僕は重いので…。」と断った。
「ママ、パパの事も抱っこできるよ?」
という典親の言葉を聞いて視線をさ迷わせている初流乃。幽霊は重さがあるのか考えているのだろうが、そもそも典明の姿が見えていないので典明が高身長でムキムキなのも知らないのだ。
「要は大人の男の人も抱っこできるって事。」
というと少し驚いたように目を丸くしたが「楽しみです…。」という呟きが聞こえて、胸がほっこりとした。13歳とは思えない大人びた振る舞いをする初流乃のたまに見える子供らしい一面が、私の母性本能を擽ってくるのだ。
早く、杜王町に帰って、初流乃を抱っこしてあげよう。母親にしてもらえなかった分もたくさん。