第2部 杜王町の殺人鬼
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バイツァダストが発動した。川尻早人はみんなへ聞こえるよう、そう言った。バイツァダスト。それは今朝私達が体験した、同じ時間を何度も繰り返したものの事のようだ。
「典明、もう大丈夫。治癒の呼吸で、回復したよ。ありがとう。」
全回復とまではいかないが、目眩ももうだいぶ回復したので下ろしてくれるよう頼むと、彼はゆっくりと私の体を地へと下ろした。
目を瞑って長い深呼吸をすると、吉良吉影の声が聞こえてくる。それは、彼の性癖に関する話で、吐き気がして呼吸が乱れた。女性の手が好きとは知っていたが、まさかそこまでのものとは…と引いていると、典明が私の左手をぎゅ、と握ってスリスリと撫でた。
「君の左手、取り返せてよかった…。」と宝物のように両手で包むので一瞬吉良吉影の姿と重なったが…典明にだったら、左手をあげてもいいかも、という思考が一瞬頭を過ぎって、思わずドキリとした。だって、典明なら私の手を、ずっと大事にしてくれるだろうと思ったからだ。言ったら怒られるか引かれるかだから口にはしなかったが。
「た、大変だ!バイツァダストが始まるぞ!」
川尻早人のその声で、みんな一層気を引き締める。あの女性以外全員吹き飛ばしてしまうつもりらしい。ここで今倒さなければ、ここまで追い詰めた努力が無駄になってしまう。
私が走り出すと、向こうからは承太郎と露伴も飛び出しており、典明も後ろについてきているのが分かる。私が、今やるべき事は…!
「露伴!私に書き込んで!ザ・ワールドの中でも動けるようにして!」
その指示を聞いた露伴は、吉良吉影へ向いていた体をすぐにこちらへ向けヘブンズ・ドアを発動した。すごい…どんどん速くなっている。私が意識を飛ばしたのはほんのコンマ数秒の出来事だったようだ。
吉良吉影に視線を移すと、指でスイッチを押すところだ。承太郎、間に合ってくれ…!
「act3!3FREEZE!」
「スタープラチナ!ザ・ワールド!」
康一くんが咄嗟にエコーズを発動した事で吉良吉影がスイッチを押すのが遅れ、時が止まった…ようだ。周りの景色が止まっていて、不思議な感覚だ。
「やれやれ…間に合ったぜ。」
康一くんはすごい。咄嗟に、承太郎のザ・ワールドに合わせてアシストをするなんて、承太郎が彼を気に入るのも頷ける。
スタープラチナが吉良吉影の指をへし折るのを見て、私も攻撃の体制に入った。時間は、数秒しかない。
「オラオラオラオラ!」とスタープラチナが拳を叩き込むのに合わせて、私も拳を叩き込む。主にキラークイーンの起爆スイッチになる右腕を重点的に攻撃したので、骨は粉々に折れているはずだ。
「時は動き出す。」
承太郎のその声で、奴は動き始め、全身から血を吹き出して地面へと倒れた。周りの風景は、もういつも通りだ。やった……ついに、吉良吉影を倒したのだ。みんなの頑張りによって繋いだ勝利だ。
「なまえ。」
ス、と典明が背中に触れたのが分かって振り向くといつものあの優しい笑顔を浮かべていて「お疲れ様。」と労いの言葉と共に軽く腕を広げてみせるので、素直にその腕の中に納まった。のだが、
「!!て、典明!」
ある事に気づき驚いて顔を上げると、彼は不思議そうな顔で私を見下ろした。確かに、本人には分からないだろうが…これは…!!
「押す、んだ…、押し、て…やる…。」
「!」
足元に転がっている吉良吉影は、未だ意識を保ち、震える体で右手を動かそうと足掻いている。もう、右手の指は動かないのに。
「ストップ!ストーップ!!」
「!!」
全員の視線が吉良吉影に集まっていて、救急車が迫っている事に気が付かなかった。バックしてきた救急車は、あろう事か吉良吉影の頭を轢いてトドメを刺してしまった。顔が潰れて、誰なのか分からなくなってしまった。
「下がって!テープの外に下がって!」
規制線が張られ、近くにいた私達はひと塊に集められた。これは…こんな、こんな結末って…!
「承太郎…。」
承太郎の袖を握って彼を見ると、黙って眉間に皺を寄せて吉良吉影を見つめている。承太郎も、悔しいのだ。
「でも、これでいいんだ…。アイツは法律では、決して裁くことはできない。これが1番いいんだ…。」
「…僕は、裁いてほしかった。アイツを、誰かに裁いてほしかった…。」
露伴の言う事は尤もだが、川尻早人の言い分も、気持ちが分かる。…痛いほどに。この子は、突然父親を奪われたのだ。そして母親すらも、奪われる危険があった。私はただ、抱きしめてあげる事しかできなかった。
「仗助、こんなになるまで、よく頑張ったね。」
救急車に乗るのを拒否した仗助の治療のため、川尻早人を送り届けた後に全員で岸辺邸へとやってきた。みんな、なんだか呆然としていたので連れてきたのだ。
腹と足に木片が刺さっていたので結構大掛かりな治療だが、露伴は「汚すなよ。」と言っただけで仗助を家に上げることを拒否しなかった。多少は心配しているのだろう。
「よし、血は止まったはず。まだ痛むだろうから、無理はしないでね。」
体に残った異物をクイーンの手で全て取り出して、治癒の波紋を流し続けてようやく血が止まった。クレイジー・ダイヤモンドの能力はすごい能力だが、自分の傷を治せないなんて、考えものである。
「なまえ。」
治療を終えて一息ついたところで、典明が私を呼んだ。そこで先ほど私が気付いたある事を思い出した。
「典明!」
勢いよく立ち上がり、先程のように彼の胸に顔を埋めてゆっくり息を吸い込んだ。突然立ち上がって彼を抱きしめたものだから、全員私達に注目している。康一くんなんかは「またやってる…。」と呆れた声を上げている。しかし、今はそんな事に構っている暇はない。
しばらくそのままの体制でスンスンとしていると、彼は私の様子で察したのか、背を丸めて私の背中に腕を回してくれて、思わずポロ、と涙が出た。
する……。彼の体から、微かではあるが、私の大好きな、彼の匂いがしている…!
「君は、本当に僕の匂いが大好きだね…。」
耳元で聞こえた典明の声は、とても優しくて、とても愛おしそうな声だ。
「うん…好き…。大好き……。」
私の1番大好きな匂いで、10年前に、嗅ぐことができなくなってしまった、彼の匂い。もう思い出せなくなっていたと思っていたが、ちゃんと体が、記憶が、覚えていた。
「なまえ。手を出して。」
まだ匂いを堪能していたいのだが、典明が優しい声でお願いするので体を離すと、彼の手は私の右手から薬指の指輪を抜きとるので、自然と左手を典明へと預けた。そしたら「ふ…、今度は間違えなかったね。」と私を見て笑うのでなんの事か分からなかったが、10年前、この指輪をもらった時の事だと気がついた。あの時は、プレゼントをしたいと言われて手の平を上に差し出したのだ。そんな事を覚えてくれていて嬉しいような、いじわるなような…でもやっぱり嬉しい。
「生きててくれてありがとう。出会ってから今まで、ずっと好きだよ。これからもずっと、一緒にいようね。」
「っ!」
典明はプロポーズのようなセリフを言い、私の左手の薬指に指輪を嵌める。突然の公開プロポーズに周りはざわついているが、私は典明のあまりのかっこよさに思考が停止して体も固まってしまった。心臓がドキドキとうるさくて、顔も赤くなっているのが分かる。
「典明……、かっこよすぎる……!ど、どうしようみんな…!典明がかっこよすぎて困る…!!」
立っているのがしんどくて、その場にしゃがみ込んで赤い顔を隠した。先程とは違う涙が出そうだ。
「なまえさん、返事、してあげないのか?君がいらないなら、僕が貰おうかな。」
露伴の発した言葉に顔を上げると、彼は腕を組んでニヤニヤと私を見ている。なんだか、ちょっとうざい。
チラ、と典明を見ると視線が交わり、ス、としゃがんで目線の高さを合わせてくれる。表情は、とても優しい。
「典明…。私、典明と出会って10年の間…辛い事もあったけど今思えば幸せだった。いつも、そばにいて支えてくれてありがとう…。これからも、死んでも、生まれ変わっても、ずっと一緒にいて。」
「もちろん。」
きゅ、と握った手は、典明によって指が絡められ、彼の即答と共に手の甲にチュ、と優しくキスを落とした。やっぱり、かっこよすぎて心臓に悪い!
「え?今のプロポーズってやつかァ?なまえちゃんと花京院さん、結婚すんの?」
「ばっ、億泰…!」
空気が読めないのか辛抱堪らなくなったのか、億泰が声を上げ、部屋の中の空気が変わった。思わず2人だけの…露伴もいたので3人だけの世界になっていたのが、彼の一言で賑やかになった。仗助に小声で叱られているが、納得できていないようで頭にハテナが浮かんでいる。億泰のこういうところ、憎めなくて本当にかわいい。