第2部 杜王町の殺人鬼
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私達はいま、知らない人の家の中に逃げ込んでいる。隠れるために典明も一度人形へ戻したのだが、室内に入ると再び姿を現して私の右手に、婚約指輪を嵌めた。ハイエロファントの触手で拾っていたらしいそれは、血に塗れているが破損はないようで安心した。
「ごめん⋯典明。体が勝手に動いて⋯。」
心配かけてしまった事を謝罪すると、典明は私の左腕を見て、目を閉じた。そして「いや⋯あの状況は、あれが最善だった⋯。僕では⋯君の腕を切り落とすなんて、きっとできなかっただろう。すごいな、君は。」と優しい声で言うので、思わず涙が出そうになった。開かれた彼の瞳はとても優しく、キラキラと輝いていた。
「どうしますか?つっても、さすがになまえさんは動けないっスよね。」
「いや、戦うよ。」
仗助は私の体を気遣ってくれるが、だいぶ痛みに慣れた今は、左手が使えないだけだ。上着を脱いで左腕に巻き付けるとさすがに傷が痛んだが、これで血の流れは止まるだろう。
「私と典明は、裏から外に出る。それでいい?典明。」
典明に聞くと異論はないようで静かに頷いた。囮にするようで申し訳ないが、仗助は今、奴に狙われているのだ。吉良吉影のそばに近づくのはきっと、私達の方がいい。
「川尻早人くん⋯。ちゃんと、仗助の言う事聞いてね。危なくなったら1人でも逃げて。⋯それと、あの子無理しちゃうから、危ない時は止めてほしい。」
壁に張り付いていた川尻早人へ、左手を隠しながら優しく声をかけた。典親と同じくらいで放っておけない。こんな戦いに巻き込まれて、可哀想だ。彼は私の言葉に、静かに、だがしっかりと、頷いてみせた。聞き分けが良くて、我が子、典親の姿と重なった。
「じゃあ、あとで。死なないでね、みんな。」
頭を切り替えて立ち上がり、みんなへと背を向けて歩き出す。吉良吉影は、今、ここで倒す!
「あぁ、お互いにな。」
仗助のその声を聞き、私は静かに部屋のドアを開けた。
物音を立てずに、息を殺して家の中を歩き回り、やっと外に出られた。だが、家の中からは爆発音と大きな物音が聞こえてくる。仗助が、攻撃を受けたようだ。
「なまえ。上から行こう。」
久々のスタンド越しの会話で、典明の指示を聞いて屋根を見上げる。確かに、屋根に登れば壁伝いに回り込むよりも速く移動できるだろう。すぐに飛び上がって、音を立てずに着地するが、やはり左腕が痛んで一瞬動きが鈍った。早く、左手も取り返さなくては。
「…行こう。仗助、きっと怪我してる。」
「…そうだな。」
典明が気遣わしげな顔をしているのに気づかないフリをして、屋根の上をそろそろと真ん中まで移動し、吉良吉影の動きを確認する。彼は家の中の様子を気にしているようで、こちらには気がついていないようだ。
ドォォオン!
「!」
突然、1階の天井辺りが爆破され、屋根が一部吹き飛んだ。咄嗟に姿勢を低くしたお陰で下からは見えないようで、こちらの位置はバレなかったみたいだ。
「仗助…!」
家の中から姿を現した仗助は、木片が腹に刺さり、誰がどう見ても重傷だ。ここへ来るのに時間が掛かってしまったのが原因だ。
しかし、吉良吉影は今、仗助を見ている。出ていくなら、今しかない。
バッ!と飛び出すと、典明も同時に飛び出していた。考えている事は一緒だったようだ。
「吉良吉影!ここで死ね!」
振り下ろした踵が奴の肩にめり込むのがスローモーションのように見える。これは、確実に脱臼か、最悪骨折だろう。奴の骨の砕ける振動が、足を伝わってくる。
「ああぁぁああ!!」
ついに奴は、苦痛の表情を浮かべて地面に這いつくばった。そこにトドメのエメラルドスプラッシュを食らって、奴は動かなくなった。死んではいないだろうが、とりあえずはひと息つける。
「なまえ。仗助のところへ行こう。手は取り戻した。」
典明は吉良吉影の懐から、私の左手を取り出して大事に抱えて持ってきたのだが…典明が持っていると、不気味だけどなんでか絵になるので、こんな時なのに感心して一瞬見とれてしまった。
「はは…なまえさん、遅いっスよ…。」
仗助は息も絶え絶えにこちらへ歩いてきて、クレイジー・ダイヤモンドで私の手を治してくれた。本当に、彼の能力が羨ましい。今の今まで痛くてたまらなかったのに、もうなんの違和感もなく元通りだ。
「仗助…。クレイジー・ダイヤモンドには、遠く及ばないけど…。」
何もしないよりはましだろうと、治癒の波紋を流してみるが…効いているのかいないのか分からない。
「すげぇな、これ。温かくて、少し楽になってきた。」
そんなわけあるか!と仗助を見ると、確かに少しだけ表情が明るくなっているので、もしかしたら彼は効きがいいのかもしれない。今までそんな特例、なかったが。
「あれぇ?終わっちまったのか?」
「…ッ!億泰!!」
呑気な声のした方に顔を向けたら、先ほどまで眠っていた億泰がやはり呑気な顔で立っていた。よかった…何事もなくて…。
「良かったな、なまえ。」
私が億泰をかわいがっているのを知っている典明は、優しい顔で、嬉しそうにそう言うので、なんだか体の力が抜けてきた。フラ、と傾いた体は、典明がしっかりと抱きとめてくれて、そのまま抱き上げられた。体は治してもらったのだが、さすがに血を流しすぎたみたいだ。
「かっこよかったよ、なまえ。僕のお姫様。」
典明があんまり大事そうに私を抱えておでこにキスするものだから、私は自分が本当にお姫様になったのではないかと錯覚してしまった。典明は何もしていなくても、ただ立っているだけで王子様なのに。
「バカな…運命はこの、吉良吉影に味方しているはずなのに…チャンスは私に訪れたはずなのに…!」
「!」
先ほど気を失った吉良吉影が目を覚ましたようだ。本当にしぶとい奴だ。奴はキラークイーンでまた攻撃を仕掛けようとしているが、億泰のザ・ハンドがストレイ・キャットを奪い取って、攻撃を封じた。
億泰のザ・ハンドの能力は、色々応用がききそうで羨ましい。
「ほら、承太郎さん!今の大きな音はあの家からですよ。どうしたんだろう、ガス爆発かな?」
康一くんの声、承太郎、そして露伴。3人揃って、音を聞いてこちらにやってきたみたいだ。承太郎が来たなら、もう、安心だ…。
「!なまえさん!?一体何が…!それに、川尻早人と、川尻浩作だと…!?」
「どうやら、話が見えてきたな。」
1対多数。この状況、吉良吉影はどうするつもりだろうか?騒ぎを聞きつけ、消防車まで出動している。平穏に暮らしたい彼からしたら、一般人にこのような場面を見られるのは避けたいはずだ。
「こちらに怪我人がいます!早く担架を!」
救急隊員の女性が吉良吉影へ近づいてこようとするのを「その男に近づいちゃダメ!」と制止したのだが、彼女はただ、怪我人を助けようとしているだけだ。訝しげな顔をしただけで、吉良吉影の目の前へと到達してしまった。そして、奴の手が、彼女の手に触れてしまった。
「典明…。」
今、私は咄嗟に飛び出そうとした。だが、それを典明は許さなかった。私が行ったところで、爆弾になるのが彼女か私かの違いだっただろう。それに典明の気持ちも分かるので、何も言えなかった。