第2部 杜王町の殺人鬼
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8時過ぎ。露伴の車に乗り、シートベルトを締める。なんとなく、今日は助手席に座った。2人に少し意外そうな顔をされたが、先ほどの事もあったので特に何も言われなかった。
走り始めて数分すると、だんだん雲行きが怪しくなっている。天気予報では雨なんて言ってなかったが、もうあと数分もすれば降り出してくるだろう。
空模様と同じように、段々と頭の中がモヤモヤとしてくる。やっぱりおかしい⋯。なんか、なんか変だ。
「⋯なまえ?本当に、どうしたんだ?」
いつもと様子が違う私を見て、典明は心配してくれている。だけど、私はこの違和感を説明できない。
「本当に大丈夫か?」
露伴も心配して声をかけてくれるのに、「⋯うん、大丈夫だよ。」としか返せない。この漠然とした不安は、一体何なのだろうか。なんだか無性に、承太郎に会いたい。
「雨だ⋯。」
車を止めるとすぐに雨が降ってきて、雷も鳴り始める。そして、ペプシの看板に雷が落ちた。なんだか、この光景を見た事がある気がする。デジャブだ。
時間は8時27分。承太郎は、30分ぴったりにここにやってくるだろう。
「典明⋯、抱きしめて、ほしい。」
露伴はドアを開け外に立っているので、典明はス、と運転席へとやってきて私を抱きしめた。嫌だ。なんなのだ、この感覚は。嫌な予感がして、不安が消えない。典明が優しく背中を摩ってくれているのに、気分は一向に良くならない。
「典明⋯、典明⋯。ッ痛!」
突然手に感じた痛み。チラ、と視線を移すと血が出ている。そして、私だけでなく、露伴もだ。彼は私よりも重傷で、フラフラとこちらに後ずさってくる。
「ろ、露伴⋯!」
運転席へと移動して彼を受け止める。いま、何が起こったのか分からない様子だ。私もそうだ。「なまえ、さん⋯。」と私を呼ぶ露伴の体を抱きしめる。辺りに視線を回すが、敵の姿は見えない。ハイエロファントの触手を伸ばそうと車を降りた、典明の背中が見えたところでまた、私の記憶は途切れた。
「うッ⋯!」
「なまえ!」「なまえさん!」
気持ち悪い⋯吐き気がする⋯!部屋に漂うコーヒーの香りに頭が痛くなって、思わず膝をついて蹲る。ここは、露伴の家だ。さっきまで、外にいた気がするのだが⋯そんな訳はない。私達はさっき起きてきて、まだ家から出てはいない。外を見ると、晴れ間が覗いている。さっきは雨が降っていたはずだ。夢、でも見たのだろうか?
「露伴⋯。」
目の前にいる典明ではなく、隣にいた露伴を抱きしめる。なぜだか、今は典明ではなく、露伴を抱きしめたいのだ。ぎゅ、と強く抱きしめると、温かかった。それに服越しに心臓の鼓動を感じられて、生きている事が確認できてホッと息をついた。露伴は一度私の肩を掴んだが、ただならぬ様子の私を見て、その手はゆっくりと背中に移動して私の背中を摩った。ぎこちなく動くそれは典明のものとは違うが、温かくて私を安心させた。
「露伴⋯私の、記憶を読んで⋯。なにか、なにかおかしいの。けど、私にはそれが説明できない。⋯典明、露伴⋯私を助けて。」
静かに涙を流して懇願する私を2人は戸惑った様子で見つめているが、やがて意を決したようにヘブンズ・ドアを発動した。
この⋯この絶望感の正体を、突き止めてくれ。まるで、典明が死んでしまった時のような絶望感は、一体なんなのだ。閉じた瞼の裏に、DIOの姿が見えた気がした。
「これは⋯なまえ。」
目を開けるとヘブンズ・ドアは解除されていて、典明が私の手を握って指を絡めているのが見えた。
「これは憶測だが⋯吉良吉影は、自分の正体が見破られそうになっているのを察知して、何らかの方法で阻止しようとしてきている。そして、吉良吉影の正体は恐らく⋯川尻浩作だ。」
川尻浩作⋯川尻早人の父親だ。典明が目をつけていた奴が、まさか⋯しかし、一体どんな方法で⋯。
「考えたくもないが⋯もしかして、時を戻して⋯。いや、奴の能力は物を爆弾に変える能力のはず⋯。一体、なにがどうなって⋯。」
典明の独り言のような呟きを聞いて、私は目眩がした。康一くんのスタンドは、act1からact3まで様々な形態がある。そして既に、吉良吉影はキラークイーンの基本能力である触れた物を爆弾に変える能力以外にも、自動追跡型の爆弾 シアーハートアタックを使えるのだ。もうひとつなにか能力に目覚めても、不思議な事ではないだろう。
「⋯それだけでも、分かっただけ充分だろう。もう少ししたら出発する。君はもう少し、ゆっくり休んでいてくれ。」
グ、と露伴に腕を引かれて立ち上がると「君⋯案外重いな⋯。」と失礼な事を言われたので残っていた不安が吹き飛んだ。一瞬、優しいと思ったのだが前言撤回だ。
「なまえの体にはかわいいが詰まってるんだ。その重さが愛おしいんじゃないか。」
典明はフォローにもならないフォローを入れているが、真面目な顔で言っているので本当にそう思っているのだろう。だけど、暗に典明も私の体を重いと思ってるのが分かってちょっぴり悲しくなった。
8時25分。ペプシの看板の見える交差点へやってくると、雨が降り出してきた。さっき来る時に、承太郎の姿が見えたので彼の元へ向かって正面から胸に飛び込んだ。なんだか、無性に承太郎に会いたかった気がする。クンクンと匂いを嗅ぐと、いつもと変わらない承太郎の匂いがして安心した。彼は変わってしまったが、匂いは昔から変わらないのだ。
「え?なまえさん、何してるんですか?」
康一くんは若干引いたような声で私を呼ぶ。この子には、いつも変なところを見られているような気がするが、気にせずぐりぐりと、承太郎に顔を押し付けた。
「なまえ⋯なにかあったか。」
いつもと違う様子を見て、承太郎は珍しく私を引き剥がさずに背中に手をあてて心配してくれている。承太郎のこういうところ、大好き。
「吉良吉影の正体、川尻浩作だって、典明が。」
「何⋯!?」
未だ引っ付いて話す私を、承太郎は肩を掴んで無理やり剥がした。そういう事は早く言え、と眉間に皺を寄せているので、もう承太郎にはくっつけないだろう。
「吉良吉影は、何らかの方法で、時間を戻してる。仲間がいるとは考えにくいし⋯もしかしたら康一くんみたいに、能力が進化したのかも。私達は何度か、同じ日を繰り返してる。」
承太郎は真剣な顔で話を聞いてくれている。彼はきっと、私の言う事を信じてくれるはずだ。数秒見つめ合った後、承太郎は「そうか。」と一言漏らした。今のは多分、把握した、という意味だろう。彼の言葉の少なさには、ため息が出る。
露伴の元に、承太郎、康一くんが集合した。あとは仗助と億泰だが、集合時間は過ぎている。露伴が言うように、寝坊したのだろうか?
辺りを見回していると、向こうの曲がり角から男の背中が見えた。顔は見えないが、路地で立ち止まっていて少し怪しい。
「ちょっと、向こうを見てくる。」
一度みんなに声をかけてから、みんなの元を離れた。仗助達はあちらの方から来るはずだ。仗助を探しがてら、先ほどの男を確認しよう。典明も私に着いてきたようで、どうかしたのか、と私の様子が気になるようだった。
「いや、ただの確認だよ。」と曖昧な返事を返して急ぎ足で先ほどの道へ足を進めると、やがて男の顔が見えてきた。その顔は、髪型が変わってはいたが紛れもなく、川尻浩作のものだった。
走るスピードを上げて足で蹴りつけると、奴は5メートルほど吹き飛んで行った。もっと吹き飛ばすにはスピードが足りなかったようだ。
「仗助!億泰!」
既に戦闘が始まっていたようで、仗助は傷だらけで億泰は植木に仰向けに倒れているのが見えた。
「億泰!」
ピクリとも動かない億泰に血の気が引いていくのが分かる。綺麗なところを見ると、1度怪我をしたが仗助が治しているはずだ。
「なまえ。一先ず億泰を。」
思考が停止してしまった私に、典明が指示を飛ばす。そうだ、今は億泰の容態を確認しなくては。
ぎゅ、と手を握られる感覚がして典明かと思いそちらを見ると、先ほど蹴り飛ばしたはずの吉良吉影が、両手で私の左手を握っていて、全身に鳥肌が立つ。咄嗟に典明がエメラルドスプラッシュを放ったが、それでも離そうとしないので、奴の執着心に背筋が凍った。
「みょうじ なまえ。この前は手を怪我していて分からなかったが、とても綺麗な手をしているじゃあないか。」
まずい。このままでは、私も爆弾に⋯!そう思ったら、頭で考えるより先に体が動いて、右手で左手を切断していた。さすがに、痛い⋯!
「なまえ!!なんて事を⋯!!」
「いい⋯それよりッ、私を億泰の、ところへ⋯!」
典明は泣きそうな顔をして、それからややあって私の体をハイエロファントの触手で仗助の方へと投げた。
「典明は、動かないで。億泰の、無事が確認できるまで⋯!」
きっと彼は、私の左手を取り返そうと無茶をするはずだ。彼は悔しそうな顔をしているが、きっと素直に従ってくれるだろう。
「なまえさん!!」右手が痛んで、自分では着地できない。背中から地面に落下するところを、仗助はしっかりと受け止めてくれた。ナイスキャッチ。
「なまえさん、今治します!」
「いい。今治したら、きっとアイツもついてくる。」
私の切断された手を頬にあてて惚けている、吉良吉影は、今仗助の能力で治しても、奴は手の中にある私の手を、決して手を離さないだろう。簡単に離すのであれば、先ほど振りほどけたはずだ。
「億泰⋯起きないんでしょう?ッ、きっと、魂が、どこかに⋯!」
まだ近くに魂がいれば、私が掴んで戻せる。体は綺麗に治っているのだから、絶対に元気になる。
「なまえさん、あれ!」
仗助の声に顔を上げると、少し先に不思議そうな顔をした億泰の魂が立っているのが見えた。
「億泰⋯。よかった⋯こっちにおいで⋯。」
早くしなければ、吉良吉影がまた攻撃を始めるかもしれない。
億泰は私の声に顔を上げて、自分の体を不思議そうに動かしながらこちらへとやってきて、「俺、死んだのか?」と言うので心臓がぎゅ、となった。これだから、この子達は戦いに参加させたくないのだ。
「大丈夫。死なせないよ。ほら、いい子だから体に戻りな。」
クイーンの能力で億泰の手を掴んで引っ張ると、「おぅ。」と素直に従ってくれ、体の中へと入っていった。横になっている億泰の胸に頭を預けて耳をくっつけていると、やがて心臓の音が聞こえてきた。
「生きてる⋯よかった⋯⋯!」
今はただ、眠っているだけだ。安心すると、また左手が痛む。今、奴は⋯吉良吉影は⋯。
「これはいらないな。今度新しい指輪を買ってあげよう。」
「!!」
吉良吉影は私の左手に着いていた、典明から貰った婚約指輪を外してポイ、と道に投げ捨てた。持ち去られても困るが、10年大事に着けていた、何よりも大切な宝物をぞんざいに扱われ、頭の血管が切れたのが自分でも分かった。
「吉良吉影!お前は、殺す!!」
飛び出そうとする私の体を、仗助がガッチリと掴んで制止した。痛む右手からは、血がポタポタと滴っている。ただの傷ではないので、治癒の波紋では、傷口を塞ぐ事ができないのだ。ちょっと、早まったかもしれない、と今さら思った。