第2部 杜王町の殺人鬼
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「おはよう、露伴。なに飲む?」
「おはよう。濃いめのコーヒーを頼むよ。」
朝7時。朝の身支度をしてキッチンでお茶を入れていると露伴も起きてきたので、オーダーを聞いてコーヒーを出した。濃いめのコーヒーを頼むなんて、昨日は遅くまで起きていたのだろうか。コーヒーを飲む顔も少し眠そうだ。
「露伴、やっぱりヘアバンドがない方がかっこいいね。」
というより、眠そうな顔も相まってとてもかわいい。
「またそれか。最初からあれがなかったら、君を誘惑できたか?」
ニヤリと笑ってこちらを見る露伴に少しドキリとした。ドキリとはしたのだが⋯と少し考える。
「いや、私毎日典明に誘惑されてるから。見てよこの完璧な顔!どの角度から見てもどんな表情をしてもかっこいいの!」
話していて、自分の頬がポと赤くなるのがわかる。突然グイ、と腕を引かれた典明は戸惑っているが、そんな顔すらも素敵なのだ。まさにパーフェクトフェイス。
「あーハイハイ、そうだったな。」
露伴は典明を引き合いに出したあたりからもうこの話題に興味を無くしたようで、呆れた顔をしている。昨日も思ったが、彼は本当に私の事が好きなのか?最近冷たいのではないか?
「露伴、最近冷たい⋯!」
そう抗議すると、彼は目を細めてジト、と私を睨んだが、すぐに逸らされ、ため息をひとつ。なんかバカにされてないか?
「ハァ⋯なんで僕はこんな人を好きなんだろうな、と思ってるんだ。」
「こんな人ってなに!?失礼だな!かわいいでしょ!?ね、典明。」
話を振られた典明は完璧な笑顔で「世界一かわいい。」と完璧な答えをくれる。私も典明が世界一かっこいいと思う。
「かわいいから困ってるんだよ⋯分からんやつだな。」
露伴の言葉を聞いて、思わず思考が停止した。今、私の事かわいいって言った?あの露伴が?最近冷たい態度を取っている、あの露伴が?
「⋯なんだよ。かわいいって自分が言ったんだろ。」
口元を手で隠して照れている露伴。言うつもりはなかったのだろうが⋯視線をずらして僅かに頬を染めている彼の姿は、私の心臓をきゅん、とさせた。初めて見せた、かわいすぎる一面だった。
典明が露伴の頭をポンポンと撫でているのを見て、我慢できずに2人とも抱きしめて頭を撫でた。「やめろ!かわいがるな!」と露伴は逃れようとしたが、椅子に座っているので逃げられまい。典明の笑顔も相まって、幸せな朝だな、とこの時、確かに思った。
8時過ぎ。私達は揃って家を出て、露伴の車へ乗り込んだ。いつもの後部座席だ。
康一くんは承太郎と来るらしいので、そのままペプシの看板目指して車を走らせていると雲行きが怪しくなってきた。雨が降る予報ではなかったはずだが、天気予報は外れるみたいだ。
「あ、承太郎だ。」
今通り過ぎた道の先に、白いコートと小さい人影が確認できた。どう見ても承太郎と康一くんだった。車を停めたら、迎えに行こう。
やがて、ペプシの看板の向かいの道に、車は停まった。時刻は8時25分。さすが承太郎と康一くん。ピッタリ8時半に着くように来ているとは。
「承太郎のとこに行ってくるね。すぐ戻るから。」
露伴の返事を聞く前に、私は走り出した。典明は、露伴と一緒に残るみたいだ。承太郎との距離を考えると、このぐらいなら問題ない。優しい笑顔で手を振る典明に大きく手を振り返して、私は承太郎の元へと急いだ。
「この男、今から会う川尻早人の父親なんだけど、典明が怪しいって気づいてね。ほら、爪が長いでしょ?」
合流した承太郎と康一くんに写真を見せながら説明すると、2人とも「そうだな。」「確かに。」と同意してくれて私は鼻が高くなった。私の典明、すごいでしょう?と自慢したい。
「あ。雨だ。」
やっぱり、思った通り雨が降り出してきた。傘はない。天気予報では雨だなんて言ってなかったのだ。
「角を右に曲がったとこに、露伴の車が⋯ッ痛!」
「ッ!なまえ!」
突然、右手から血が噴き出してきた。この光景は、この感覚は⋯!吉良吉影⋯!!そして怪我をしたのは、典明だ⋯!
「うッ⋯⋯ッ!!!」
典明のところへ向かおうと走り出すと、続けざまに衝撃が襲ってきた。承太郎が伸ばした手を振りほどいて、無理やり体を動かして交差点へ出ると、2人とも路肩に倒れているのが見えて血の気が引いた。
「て⋯典明ッ!露伴!」
一体、この数分のうちに何があったというのか。痛む足を無理やり動かして2人の元へ走ったが、伸ばされた2人の手を、私は掴むことができなかった。
「典明!!!ろは、ん⋯⋯?」
「!?なまえ!どうしたんだ!?」
露伴の家。コーヒーの匂い。先ほど露伴が起きてきて、コーヒーを入れたばかりだ。今のは、夢⋯?いや、夢⋯なんて見ていない。そもそも、私はなぜ今、彼らの名前を呼んだのか。⋯⋯分からない。
「大丈夫か、なまえさん。だいぶ、顔色が悪いが。」
2人とも心配して、私の顔を覗き込んでいる。目の前の典明を抱きしめると、優しく抱き締め返してくれるし、露伴の手を握ると、ちゃんと握り返してくれる。
「分からない⋯分からないけど⋯怖い⋯。」
典明も、露伴も、まとめて失ってしまうのではないかと思った。手が震えるのを抑えられない。
「なまえ。一旦落ち着こう。ほら、いつもみたいに、僕の目を見て。」
優しい典明の言葉に従い体を離すと、彼の手がスル、と頬に滑り込んできて、僅かに温かくて縋るように自分の手を重ねた。目の前には、彼の綺麗な、藤色の瞳がある。
「いい子だ⋯。なまえ、君はいま、なにが怖い?」
「⋯⋯典明と、露伴が、いなくなっちゃうと、思って⋯!」
おかしい。なぜそう思ったのか分からない。それに、典明のこの落ち着かせ方は、百発百中なのだ。こうして貰うと、目が合っただけで心が落ち着いてくるはずなのに、今日は不安が、全然消えない。それが余計に、不安を煽る。
「花京院さん、僕の体に入ってくれ。今すぐだ。」
露伴の声を聞いて、典明が姿を消して露伴へと入ると、瞬きの間に露伴は典明の姿に変わっていた。
「典明⋯怖い⋯⋯典明も露伴も、いなくならないで⋯!」
「なまえ。僕も露伴もここにいる。僕の目を見るんだ、なまえ。」
典明はそう言うが、涙で典明がよく見えない。息も苦しくなってくる。上がる息を整えようとするが、上手くいかなくて、頭が混乱してきた。
「⋯露伴、なまえ。⋯すまない。」
典明の小さい声が聞こえたかと思うと、唇が塞がれた。うっすらと典明の綺麗な顔が見えるので、典明にキスされているのだと思うが⋯典明は今、露伴の体に入っているのではなかったか?あぁ、だけど、この温かさは、今は離したくない。
もっと安心したくて彼の体を抱きしめると、ちゃんと抱きしめ返してくれた。もっと、もっと。
「なまえ、待っ」
「やだ、離れないで、お願い⋯。」
典明の制止の声を無視してキスを続け、いつの間にか彼の背が壁にぶつかって止まったので、彼は逃げられなくなった。
「典明⋯、露伴⋯。」
気がついたら涙はもう止まっていた。心も、頭も落ち着いているのが分かる。
グイ、と肩を押されて体が離されると、目の前にいたはずの典明が、露伴に戻っている。典明が押し出されたようだ。
「クソ⋯体に入れなんて、言うんじゃなかった⋯!」
露伴は口元を抑えて顔を真っ赤にさせている。そうだ。今キスしていたのは、典明であり、露伴だった。途中で気づいたのだが、止められなかった。なんだが申し訳なくて謝ると「⋯君が元気になったならいい。」と赤い顔で言ってくれたので感謝の言葉を述べた。典明と露伴がいてくれて、本当によかった。
時計を見ると7時半を回っている。もう1杯お茶を飲んで、ゆっくりできる時間がありそうだ。