第2部 杜王町の殺人鬼
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ピンポーン
承太郎の部屋の前のインターホンを押して待っていると、少しの間を置いてドアが開かれた。ゆっくり顔を上げると、承太郎は私の顔を見て驚いた表情を浮かべた。きっと、酷い顔をしているだろうと思う。
「どうした、なまえ。⋯露伴に追い出されたか?」
その問いに、私は黙って首を横に振った。承太郎からしてみたら、居候先から追い出されたように見えるのも無理はない。続いた「⋯花京院は?」の問いに、先程あった事を説明しようと口を開くと、代わりに出てくるのは涙ばかりで、きちんとした説明ができそうにない。
「露伴の家、火事で⋯⋯。典明、怒って人形から出てこなくなっちゃったの⋯⋯どうしよう、承太郎〜〜⋯。」
「⋯ハァ⋯。とりあえず、中に入れ。」
ホテルの廊下でわんわんと泣き喚く私を、承太郎は中へと招き入れてくれた。中にはジョセフさんもいて、突然大泣きしている私が入ってきた事に目を丸くして驚いている。
「どうしたんじゃ、なまえ!花京院はどうした?」
ジョセフさんは心配して駆け寄ってきてくれるが、彼の名は、今の私には涙を誘発する材料になってしまって、ポロポロと溢れてくる涙の量が増してしまった。
「ジジイ、どうやら今のコイツには、その名前は禁句のようだぜ。⋯やれやれだぜ⋯。露伴と話してくる。」
承太郎はそう言って、恐らく露伴に事情を聞くために、携帯電話片手に部屋を出ていった。部屋の中には、私とジョセフさんと、赤ちゃんだけになった。
「ごめんなさい、ジョセフさん。なにか、承太郎と大事な話を⋯。」
今まで承太郎の部屋でジョセフさんに会った事がないので、なにか大事な話の最中だったに違いない。それを邪魔してしまって、ものすごく申し訳ない。
「良いんじゃよ。泣いているなまえの話を聞く方が、今は大事な用事じゃ。」
ヨシヨシと頭を撫でてくれる手つきは優しい。おじいちゃんみたいだ、と思ったが、私はほぼ空条家の子なのでジョセフさんはおじいちゃんも同然だったと思い出した。
「ジョセフさん⋯⋯私、典明を…お、怒らせて…ッ。⋯典明に、嫌われちゃったかも、しれない⋯⋯。」
口を開くと息が苦しくて、途切れ途切れに言葉を紡いだ。言葉にするとさらに胸が痛んで、余計に苦しい。
「いや⋯それはないと思うんじゃが。」
「だって⋯!⋯典明、ものすごく怒ってた。私が理解するまで、人形から出てこないって⋯言ってた⋯。」
私の言葉を否定したジョセフさんの言葉が気休めな気がして、私も否定し返した。あんな風に怒る典明は、初めて見たのだ。小言を言うことは今まで何度もあったが、私に向かって、大声を出して感情をぶつけるなんて事⋯。
「怒っていたなら余計大丈夫じゃろ。嫌いな奴には怒ったりはせん。ホラ、ポルナレフの奴なんか、よく怒られていたじゃろ?」
ジョセフさんの言葉に、エジプトの旅の光景を思い出す。典明とポルナレフ、2人の事。確かに言われてみれば、あの優しい典明が唯一、怒鳴ったりする相手であったポルナレフ。たまに手が出てしまう事もあった、典明の珍しい一面。少しだけ、先ほど怒った典明の姿と重なった。
「そう、ですね。⋯本当に、嫌われてないといいな⋯⋯。」
思わず口をついて出たのは、私の願望だった。だけど、ようやく涙は止まったらしい。電話を終えて戻ってきた承太郎が、私の顔を見て安心した表情を浮かべていた。
「今日はここに泊まっていけ。明日からは、露伴の家に戻って良い。」
露伴の家は半焼で済んだらしく、焼けたのは家の一部だけで済んだらしい。火が出たのは露伴自身のせいなのだが、それだけで済んでホッとした。
「その人形だが、しばらく借りていいか?花京院とも話したい。」
典明は、私がいない場所でなら、姿を現してくれるだろう。ずっと人形の中にいても退屈で、窮屈なのではないだろうか。
「うん⋯。あと、これも⋯。」
人形と一緒に手渡したのは、典明に貰った、チェリーのピアス。最近気がついたのだが、このピアスが私の代わりとなっているようなのだ。典明は基本的に私からは離れられないのだが、露伴に憑依した時のような場合や、このピアスを誰かが付けている時は、私から離れられるようだった。元は典明のピアスだったからだろうか?なんにしても、典明と離れる事はないと思っていたので、少し寂しい。
「俺が、このピアスを着けるのか⋯。」
手渡されたピアスを見て苦い顔をする承太郎を見て、少し笑う元気が出てきた。確かに、典明だから似合っているのだ。承太郎が着けるのは少しアンバランスで面白い。
「典明を、よろしくね。」
チェリーのピアスがない事が少し寂しくて、そっと耳に触れてはたと気がついた。私は波紋の呼吸で傷が早く治る体なので、ピアスを付けていないと穴が塞がってしまう可能性がある。代わりのピアスを⋯と思ったところで、承太郎のピアスが目に入った。
「承太郎、ピアス交換しよ。」
「は?」
事情を説明すると嫌々ながらも貸してくれたが、そんなに嫌がらなくても良くないか?ちょっぴり悲しい。
「ふふ。やっぱり、承太郎には似合わないね。」
そう言って笑うと、承太郎は眉間に皺を寄せてこちらを睨んだ。何も言わないところを見ると、本人もそう思っているのだろう。
「ハァ⋯早めに返してやるからな⋯。」
承太郎の理由とは違うが、私も早く返してほしい。あのピアスがないと落ち着かないし、何より典明がそばにいない事が、私の不安材料なのだ。
その日は部屋で早めの夕食を取り、浴びるようにお酒を飲んで、半ば無理やり承太郎と一緒に眠った。朝起きたら承太郎は隣のベッドに寝ていたが。
承太郎に典明と話ができたのか聞くと、「お前らは本当に面倒くさいな⋯。」と頭を抱えていて、どうやらまだ、ピアスは返ってきそうにない。
「今日は外に出る。着いてくるか?」
2人揃って歯磨きをしながら承太郎が聞いてきたので、私は首を横に振った。露伴の家に帰ろうと思っている。本人にはまだ連絡はしていないが、きっと承諾してくれるだろう。何より典明は、今は私がいない方が、承太郎と話せるだろうと思ったのだ。
「そうか。送っていくぜ。」
ペッ、と口の中の泡を吐き出した承太郎を、後ろから静かに抱きしめたが、彼は何も言わなかった。寂しくてくっついたのだが、相手が典明じゃないので余計に寂しくなって、そっと離した。
私の意図を察してか、承太郎はポンと頭に手を置いて、先に洗面所を出て行った。今の承太郎、ちょっとかっこよかったかも。