第2部 杜王町の殺人鬼
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私と典明は2人で、亀友デパートへやってきた。露伴は午前中用事があると言うので、今日は2人だけだ。
昨日の実験結果を踏まえて、私はどうしても、彼にさせてあげたい事があるのだ。今日は、そのための買い物に来たのだ。
「!なまえ⋯!ここは⋯⋯!!」
目的の売り場に着くなり、典明は目を輝かせて口元を抑えた。彼の好きな、ゲーム売り場だ。この10年の間、ハイエロファントでゲームをしていた事もあるのだが、次第に回数が減っていっていたのが気になっていたのだ。私はよく分からないのだが、やはり自分の手でやりたいだろうと思い、昨日、実験を提案したのだ。
「これで思う存分ゲームできるね。やりたいゲーム、全部買っちゃお!」
このために、今日は普段使わないカードを持ってきた。
典明は私の言葉を聞いてなぜか泣きそうな顔になり、私を抱きしめた。
「なまえ⋯。好き。大好きだよ、なまえ。⋯こんなにも僕の事を考えてくれて⋯⋯僕は、本当に幸せ者だな⋯。」
ゲームを買いに来ただけなのに大袈裟だな⋯と思わなくもないが、今までやりたくてもできなかった事ができるのだから、泣くほど嬉しいのだろうと思うと、私も涙が出そうになる。典明がここまで喜んでくれて、私も嬉しい。
しかし、典明は周りに自分の姿が見えないのをいい事に、私の顔中にキスを落としていくので私の身が持たない。顔に触れる典明の手や唇から、好き、大好き、という感情がダイレクトに流れ込んできて危うく気を失うところだ。
「て、典明。ほら、ゲームする時間なくなっちゃうよ。早く帰ってゲームしよ。」
真っ赤な顔でなんとか言葉を絞り出すと、典明はようやくキスをするのをやめた。まだ午前10時だが、典明はゲームを始めると何時間もやり続けるので、時間がいくらあっても足りないのだ。
「本当に、欲しいの全部買ってもいいの?」
売り場を見回した典明は、子供のような顔で私を振り返った。よほどやりたいゲームがたくさんあるのだろう。かわいいなぁ、もう。
「もちろん。持って帰れない分は、露伴の家に段ボールで送ってもらおう。」
本当に、いくらでも買っていいと伝えると、彼は口元を緩ませて私の手を取り、大きいカートを指さして「まずはハードを見に行こう。」と張り切っている。
その笑顔は私が今まで見たことのない笑顔で、10年いても知らなかった彼の新しい一面を見られたのが、最近で一番嬉しい出来事になった。またひとつ、彼の好きな一面が増えた。
「ただいま〜!⋯露伴?」
典明と2人でウキウキで岸辺亭へ帰宅すると、いつも出迎えてくれる露伴が現れなかった。変わりに庭の方がなんだか騒がしい。中から庭へ続く部屋のドアを開けると、家主である露伴と、なぜか彼とは犬猿の仲であるはずの仗助くんの姿が見えた。
「なまえさん!?一緒に住んでるってマジだったんスか!?」
「⋯待って仗助くん。それ誰に聞いたの?」
聞き捨てならない言葉が聞こえて、思わず仗助くんに詰め寄った。一緒に住んでる、なんて言い方、露伴が言ったとは思えなかったのだ。
「えぇっと⋯承太郎さんに⋯。」
私のあまりの気迫に、仗助くんはしどろもどろになりながら白状した。「そう⋯承太郎が⋯。」そう言った私の声は、思っていたよりも低くなってしまった。上手に笑えているだろうか?
「フン、ちょうどいい。興味津々のようだから教えてやるよ。僕は、なまえさんの事が好きなんだ。」
「はぁ!?」
仗助くんがいる事で少しばかり機嫌の悪い露伴は突然、足を組んで話し出した。突然の事で、仗助くんだけでなく私も典明も驚いている。
「もちろん、花京院さんとの関係も知っている。過去にあった事もな。2人の邪魔をするつもりはないし、近くで見守っていたいとさえ思っている。彼女も花京院さんも、それを了承した。おかしな関係だと思うかもしれんが、それが僕らの現状だ。⋯変な憶測で話されるのは鬱陶しいだけだから話したんだ。億泰にもそう伝えとけ。」
高校生は基本的に、他人の恋愛事に興味津々だ。この子達も、私達の事が気になってはいるだろうと思っていたが、露伴の許可なしに、それも歪な三角関係のような事を話すのは憚られていたのだ。それをいとも簡単に言ってのける露伴がかっこよく思えたし、羨ましくもあった。
「で、続きをやるのか?やらんのか?」
この話は終わり、というように彼が言うのでテーブルへ視線を移すと彼の左手が血塗れになっている事に気がついた。
「えっ!?露伴!その手どうしたの!!?」
よく見るとポタポタと滴るほどの出血だ。手当てしようと部屋へ戻ろうとしたが、彼は「手当てはしなくていい。」と拒否の言葉を吐いた。どうやら、テーブルにある物を見たところチンチロリンで勝負をしていたらしいのだが、仗助くんが言うに、仗助くんが何かイカサマをしているのにその方法が分からないと、自分で、ペンで指を刺したらしい。自分で⋯。
「典明⋯。」
あまりに痛々しくて典明に助けを求めたが、彼はフルフルと首を横に振った。
「今の露伴に何を言っても無駄だ。見守るしかない。」
そう言う典明の言葉に、もう一度露伴を見ると、ものすごい気迫だった。
「イカサマの正体を見つけた場合、お前の小指を貰うぞ。」
本当に指を貰おうと思っている目つきに、背筋がぞわりとした。一体なぜそこまで、仗助くんを嫌うのか。私には分からない。思わず隣に立つ典明の腕に、ぎゅ、としがみついた。ただ、見ている事しかできないのが不安で仕方がない。
「盛り上がってますねぇ、お2人さん!」
突然外から聞こえてきた声は今の状況に似つかわしくない明るい声。小林玉美という男は、露伴が呼んだのだと言うスタンド使いで、いつだったかオーソン前にスタンド使いが集合した際にはいなかった人物だが、どうやら1ヶ月ほど入院をしていたようだ。取り立てるスタンド、というので呼んだらしい。
イカサマを見抜けなければ、露伴は大金を支払う。
イカサマを見抜ければ、仗助くんの指を貰う。
仗助くんがイカサマをしなければ、小林玉美のスタンドが仗助くんを襲う。
どう転んでも、どちらかが痛手を負うこの勝負。ただのサイコロのゲームだというのに、賭けているものが2人とも、大きすぎる。特に仗助くんは、まだ子供だというのに可哀想だ。
「それじゃあ、僕からだ。振るよ。」
ついに、賽は投げられた。カラカラと音を立てて回って、やがて止まった賽の目は、三・三・四。イカサマを疑うような出目ではない。それでも、露伴は仗助くんの顔をじっと睨みつけている。
ウーー!カンカンカン
遠くから、消防車のサイレンの音が近づいてきている。だが、露伴は仗助くんをそのままじっと見つめて視線を離さない。よほど、負けたくないのだろう。
「うぉぉぉおお!!」
仗助くんは焦った様子で、サイコロをお椀に投げ入れた。出目は六・六・六。オーメンだ。小林玉美のスタンド能力は発動しない。仗助くんは、イカサマをしている事になる。
未だ、消防車のサイレン音は鳴り響いている。それも、1台どころか数台走っているようだ。ものすごく近くまで来ている。
「!ッなまえ!」
突然典明が大きな声で私を呼ぶので顔を上げると、消防車が家の前に集まっているのに気がついた。典明を見ると後ろを見ているので私も視線を後ろへやると、なんと部屋の中が燃えているのが目に入った。
「ろ、ろ、ろ、露伴!おうちが⋯!!」
とりあえずさっき買ってきた物達を外へと避難したが、露伴は動かない。この家の中には、描きかけの作品がある。それが燃えてしまっても、放水によって水浸しになってしまっても困る。
「なまえ!⋯また君は⋯!!露伴!!」
典明の腕を抜け出して、スタンド能力を駆使してゲストルームで鞄を取り、次に作業部屋へと向かうと、布が掛けられたキャンバスを見つけた。私のだ。他にも露伴が描いたものもあり、全て一纏めに掴んでスタンド能力で外へと出た。典明の姿が見えて、私は、彼は火の中を私を追いかけてくるのではないかと心配していたため一安心したのだが⋯彼は遠目に見ても怒っているのがよく分かった。ハイエロファントの触手が私を捕まえると、ものすごい力で引っ張られて彼の体とぶつかった。持っていた絵は別の触手が丁寧に運んでくれている辺り、彼もこの絵達を大事に思っているのだろう。
「なまえ!!君は、何度僕に心配かけたら気が済むんだ!」
肩を掴んで、珍しく声を荒らげる典明に私も、遅れてやってきた露伴も驚いている。さすがに、心配をかけすぎたかもしれない、と少し反省したが「君が分かってくれるまで、出ないからな。」と言って典明は人形の中に入ってしまった。
「典明!」
焦って名前を呼ぶが返事はなく、ただ人形から怒りの感情のオーラだけが感じ取れた。
どうしよう⋯なんと言えばいいのか分からない⋯。
「露伴⋯⋯。」
呆然と露伴の名前を呼ぶと、グイ、と目元を手で拭われた。気が付かなかったが、涙が出ていたようだ。
「⋯すまない。僕にもどうしたらいいか分からない。」
泣いている事に気がつくと、涙はどんどん流れて出てくる。露伴は戸惑いつつも背中を摩って慰めようとしてくれているが、それでも涙は止まりそうもない。典明でなくては、この涙は止められないのだ。
「うぅ⋯典明、ごめん⋯。ごめんなさい⋯。」
泣いて謝っても、簡単には出てきてくれないらしい典明は、やはり今までにないくらい怒っているようだ。
「⋯承太郎さんのところに行こう、なまえさん。」
どっちにしろ、家は一部燃えてしまったからな、と露伴は私の手荷物を持って、消防士の人達が制止する声を振り切り車でホテルへと送り届けてくれた。
ありがとうとお礼も言えぬ内に、露伴は帰宅してしまって、申し訳なく思った。事前に連絡していないが部屋は分かっているので、私は1人とぼとぼと、エレベーターに乗り込んだ。いつも典明と一緒にいた場所に1人でいる事が、また、私の涙を誘発させた。