第2部 杜王町の殺人鬼
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カタカタとキーボードを打ち続ける音だけが部屋を満たし、もう何時間経っただろうか?
最後の文字を打ち込み、エンターキーをタン、と押して画面から顔を上げると、もう昼時であった。ぐ、と背伸びをして先程買ってきたプリンターで印刷を開始すると、典明が「お疲れ様。」と肩をマッサージしてくれた。彼の細い指がツボに入って、とても気持ちがいいのだ。
きっと、承太郎は待っているだろう。岸辺くんにお礼をして、早く行かなければ。
印刷が終わったのを確認して、上着を持って椅子から立ち上がると丁度、岸辺くんが部屋へ入ってきた。部屋を貸してくれたお礼を伝えると「もう行くのか?なにか手伝える事があるなら…」と言ってくれたが「ありがとう。大丈夫。これは私個人じゃなくて、SPW財団の仕事だから。」と丁重に断った。少し寂しそうな顔を見せたが、すぐに納得してくれたので再度お礼をして別れた。
私個人の事ならまだしも、殺人鬼の件はスタンド使い関連の事件であると分かった以上、危険な事にはあまり巻き込みたくないのだ。…承太郎は、協力を仰ぐ姿勢のようだが。
承太郎と2人で行動を始めて4日目。特に進展がない。進展がないどころか、先日私がリストアップしたお店はもう、ほぼ調べ尽くし、最後の希望だったお店もスカだった。振り出しに戻ってしまって、私は絶望した気分で承太郎との待ち合わせ場所まで歩いていたら、承太郎の隣に康一くんが歩いているのが目に入る。偶然会ったのだろう。康一くんがいようが気にせず、承太郎の背中へと思い切り抱きついた。
「承太郎〜!最後のお店もダメだった〜!」
「!なまえさん…!花京院さん…!」
私の名を呼ぶ康一くんは、救世主を見るような目をしている。この顔…なんか既視感が…と考えて、岸辺くんと一緒にいた時の康一くんの姿が思い浮かんだ。オーソン横の小道に入る前も、確かこのような顔をしていた気がする。という事は、康一くんは岸辺くんと同じくらい、承太郎の事が苦手という事だ。
「…承太郎。康一くんに何かしたの?」
「なにか…とは?」
この言い方、自覚はないようだ。思わず、典明と顔を見合わせた。予想するに、承太郎の言葉足らずな部分に困惑しているのではないかと思う。表情があまり変わらないのでなおさら。
「この店、靴屋のようだが。」
こちらのペースを意に介さず、承太郎はマイペースに1軒のお店の前で足を止めた。靴のムカデ屋。洋服の仕立て直しをやっているお店だ。なるほど。
「杜王町近くの洋服屋は全て聞いたが、こういった所には、聞き込みを見落としていた。」
カサ、と胸ポケットから取り出したのは、例のボタン。例の、殺人鬼のもの。
「行こう。」
そう言って、承太郎は先に店に入っていったので、康一くんも彼のあとをついて行ってしまった。…もしも、何かあったら康一くんを守らなければ…と考えながら、私も店へと足を踏み入れた。
聞き込みの結果は、まさかのビンゴ。昨日預かったというジャケットには、全く同じボタンが着いている。
承太郎と静かに目を合わせると、彼は一度頷いた。やっぱり、承太郎はすごい。全然、勘が鈍ってない。
持ち主の名前を教えてくれとお願いすると、店主はジャケットへと近づき、札を見る。が、読み方をど忘れしてしまったらしく、なかなか決定的な言葉が出てこない。
「見せてください!」逸る気持ちを抑えきれず、康一くんが一歩前へ踏み出すと、急に、殺気とともになにかの攻撃が飛んでくるのが見えて、思わず康一くんの首根っこを引っ張ってしまった。
「!承太郎!」
店主を見ると、右手が一部吹き飛び、肩にスタンドらしき物が乗っているのが見えた。相手に、気付かれた…!?
「コッチヲミロ。」
小さいスタンドらしき物はそう言いながら店主の肩から口の中へとダイブした。しかし、それだけだ。
代わりに、奥のドアからジャケットを掴む腕が見えている。そこに、いる…!
そこにいるのは確実なのだが、相手のスタンド能力が何なのか、まだ分からない。店主の口の中で、カタカタと音を立てて震えているだけだ。
康一くんが奴を追おうとするのを制止し、観察していると、カタカタという音は止み、チッチッという時計の秒針のような音へと変化した。…なんだか、爆弾みたいだ…と思った瞬間、典明に思い切り、後ろへと引っ張られた。直後、承太郎が康一くんを庇い、そのスタンドは爆発した。店主の体は跡形もなく消えている。典明が腕を引いていなければ、食らっていただろう爆発に、さすがに冷や汗が出た。
「ハイエロファントで本体を探してみよう。」
典明がハイエロファントを出してそう言うので、「ダメ!典明は人形の中に入ってて!」と全力で制止した。ただ爆発するだけの小さなスタンドとは限らないのだ。なんたって、相手は15年もの間逃げ続けている殺人鬼。もっと他に、何か能力があるはずなのだ。そんな簡単に、奴に典明を近づかせるわけにはいかない。
「なまえ。君に守られるだけじゃあ、僕が存在している意味がない。少しでも役に立ちたいんだ。」
「…ッ……!」
典明のその言葉に、私は言葉を詰まらせた。典明を守りたいと思うのは、私のエゴなのかもしれないと、頭をよぎったからだ。その間にハイエロファントは触手を伸ばして、既に敵の追跡を開始している。
「なまえ…僕にも、君を守らせてくれって言っているんだ。」
そう言って横目でこちらを見た典明はめちゃめちゃかっこよくて、沈みかけた感情が一気に吹き飛んだ。目をハートにしていたら康一くんに「こんな時にイチャつかないでくださいよ!」と怒られてしまったが、こんな時でも典明がかっこいいのが悪いだろう。
「いたぞ。建物の裏手にいる。1度エメラルドスプラッシュで…、うっ…!!」
「ッ!!?」
典明が突然右手を抑えたと同時に、私の右手も突然血を噴き出した。痛い。突然の事に思わず蹲ると、3人が顔色を変えて集まってくる。
「なまえ!花京院!」
承太郎の声を聞いて典明を見ると、先程抑えていた右手は見た感じはなんともなくてホッとした。しかし、これは一体…。
「とりあえず大丈夫。動けるよ。典明は、何ともない?」
「あ、あぁ。すまない…それはきっと、僕の…。」
典明は呆然と、自分の右手を見ている。恐らく、そういう事なのだろう。魂が繋がっている、という事は、典明が受けた傷が私の体に反映されているのだ、きっと。スタンドが傷つけば、本体が傷付くように。今まで典明に攻撃が及ばないように立ち回っていたため、知らなかった事実だ。
「典明、気にしないで。幸い怪我は右手だけだし、どこも欠けてないし問題なく動く。とにかく今は、無事に外に出なきゃ。」
私は、典明に怪我がなくてよかったと思っている。が、典明は違うだろう。絶対に、私に怪我をさせたとショックを受けている。
未だ右手を見ている典明の頬に触れてこちらを向かせ「ほら、頭を切り替えて。」と微笑むと、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「ごめん。……敵は、店の裏口側にいるようだ。どうする。承太郎。」
すぐに頭を切り替えて承太郎の指示を仰ぐ典明は、10年前と同じ表情をしていて、思わずときめいた。今も昔も、相変わらずかっこいい。