第1部 M県S市杜王町
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気がついたら目の前に典明と岸辺くんの2人がいて、私を気遣わしげに見下ろしていた。2人とも、いや、私も、涙で目が濡れている。典明が、優しく抱きしめて背中を摩ってくれて安心した。私が読んだわけではないのに、読まれている時、読まれている箇所の記憶などがぼんやりと思い起こされて、涙が出たのだ。
「岸辺くん…どうだった?」
少しぼーっとする頭で岸辺くんに聞くと、彼は初めて見る、泣きそうな顔を見せた。
「僕も……抱きしめてもいいか?」
抱きしめてもいいか、なんて言っているが、彼の顔はむしろ、抱きしめてほしいと言っているようだが。なんだか寂しがり屋の子供のようで、抱きしめたくなった。
「うん。おいで。」
典親を呼ぶ時のように左腕を伸ばして岸辺くんを歓迎した。典明は少し不満げではあるが、気を遣ってスペースを開けてくれている。
彼は一歩、また一歩と近づき、ゆっくりとソファの前にしゃがみ、腕を回した。典明とは違う温かさを感じて、なんだか懐かしい気持ちになった。彼から香ってくる匂いは典明とは違うが、久しぶりの温かさに包まれて、安心してため息が漏れた。
「岸辺くん。理解してると思うけど、私と典明は、死ぬまでずっと一緒にいるよ。…きっと、死んでもずっと。」
昨日、お寺で住職さんに言われた言葉を思い出す。「たとえ死んだとしても、一緒に繋がっていられるだろう」と、そう言っていた。
「そうだな。」
岸辺くんの返答は意外にもあっさりしたシンプルなものだった。もう、泣きそうな顔ではなくいつもの飄々とした表情に戻っている。
「ねぇ、私は、貴方に何も返してあげられないかもしれない。それなのに、どうして私を好きでいられるの?貴方は、それで平気なの…?」
目の前で、自分の好きな人が他の異性とイチャイチャしているなんて、私には耐えられそうにない。そばにいる方が、辛いのではないかと思ったのだ。しかし依然、岸辺くんは表情を変えず、
「元々、出会った時から、2人が愛し合っているのを知っている。それを承知の上で好きだと伝えたはずだ。それに、何も返せないなんて言うな。僕は、君達と過ごした数週間、とても楽しかったし確かに幸せだった。」
と言ってのけた。岸辺くんは、自分の心の中に芯がある人なのだと、この時気づいた。最初に決めた事は、最後まで突き通す人。告白してくれた時にはもう、本当に覚悟を決めていたのだ、彼は。尊敬できるし、とても羨ましくて、かっこいい。
「…じゃあ、もう1個聞いていい?…岸辺くんは、私に触れたいだとか、キスしたいって、思わないの?」
「!」
この質問には、さすがに驚いた表情を見せた。そして言いづらそうに視線を逸らし「…したくない訳ないだろう。僕だって男だぞ。信頼を、裏切りたくないから、我慢してるんだ。」と。
やっぱり、一度決めた事は変えたくないのだろう。岸辺くんの精神力はすごい。もしかしたら、生まれ持った力と波紋の呼吸を抜きにした純粋なスタンドバトルならば、私は彼に敵わないのではないか、と思う。それくらい、彼の精神力は強い。恐らく承太郎と同等レベルだろう。
「たまに、触れるくらいなら…いいよ。」
さっき、彼が抱きしめてくれた時、確かに私は、安心したのだ。典明は魂なので、ほんのりとした温かさしかない。承太郎にくっついたりする事もあるが、彼はあまり抱きしめ返したりはしてくれないのだ。人肌が恋しくなった、なんて、最低だろうか。
典明は、少し寂しそうな、申し訳なさそうな顔をしている。典明のせいではないのだが、先程、岸辺くんの温もりに、確かに安心したのだ。
「い、いや。とても嬉しい提案ではあるが、きっと欲がでてきて、後悔する。断る。」
岸辺くんは頑なに、私からの提案を拒否する。いくら精神力が強いからって、さすがに頑固すぎないか?と思うレベルに。
「じゃあ、私から触れるのはいい?」とからかうように言うと「待て!それも断る!」と怒られた。
「露伴。少しくらい、どうにかできないか?」
典明が彼の名を呼んで、会話に入ってきた。突然呼び捨てで呼ぶものだから、私も岸辺くんも咄嗟に言葉が出なかったが、典明の今の言葉は、私を気遣ってフォローしてくれているのだと分かった。
「さっき君に抱きしめられた時、なまえは君の温もりに、安心してたんだ。…僕には、体温がないからな。触れ合ったり、言葉で安心させてあげる事はできるが…。たまにでいい。君が、なまえを安心させてあげてほしい。…僕にはできないんだ。」
続いた典明の言葉に、思わず切なくなった。改めて、彼は幽霊なのだと、現実を突きつけられたようだ。
「ハァーー…。…分かった…。…たまに、なら…。たまになら、構わない。」
「!」
初めての典明のお願いに、さすがの岸辺くんも断れなかったようだ。長いため息をついて、折れてくれた。本当に、渋々だったが。
「ありがとう!典明も!」
たまに、という条件付きだったが、承諾してくれたのが嬉しくて満面の笑みで感謝を述べた。岸辺くんは頭を抑えてまたため息をつき、典明は優しく、柔らかい笑みを浮かべている。
「お腹すいたし、ご飯食べて帰ろう。」
何気なく時計を見るともうすぐ6時になる所なので、私は立ち上がって2人を促した。今日は久しぶりに、たくさん食べたい。カフェ・ドゥ・マゴのメニューを頭に思い浮かべながら、あれもこれもと決めていたら、思わずお腹が鳴った。その音を聞いた典明と岸辺くんが顔を見合せて笑うので、なぜだかその光景に胸がキュン、と高鳴った。