第1部 M県S市杜王町
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「お寺に行く?」
典明のかっこよさを改めて見せつけられた翌日、承太郎が朝ホテルの私の部屋を訪ねて来ていきなり「これから寺に行く。早く準備しろ。」と。
私の予定が特にないと思ったのだろうが、生憎、今日も岸辺くんの家に行って未完成の絵の続きを描くつもりでいたのだ。承太郎にその事を伝えると少し驚いた顔をしたが「そうか。」とだけ言って黙ってしまったので、どうやら譲る気はない、という事らしい。
仕方なく岸辺くんに連絡をして行けなくなった旨を伝えると「そうか…。」と電話越しにも残念そうにしているのが分かって申し訳なく思った。明日は行けると思う、と伝えると「分かった。9時に迎えに行くよ。」との返答を頂いたのでもう一度、謝罪と感謝の言葉を伝えて電話を切った。すっかり描く気でいたので、私も残念だ。
「で、お寺に行って何をするわけ?今まで避けてたのに、どうして急に…。」
お寺に行くのに作業着ではあまりに場違いだと、先程着たばかりの服を脱ぎながら、承太郎へ突然私を訪ねてきた理由を聞くとフイ、と視線を逸らした。今のは、着替えを見ないように視線を逸らしたのか、それとも、質問に答えたくなくて視線を逸らしたのか…。
「なまえ。早く服を着るんだ。」
承太郎にジトッとした視線を送っていたら、典明がいつまでも服を着ない私に痺れを切らして声をかけてきて、思わず彼を見た。今まで、お寺や神社を避けていたのは、典明が理由だったのだ。以前…10年前に、彼を成仏させてあげたいと断腸の思いでお寺に行った際、悪霊だから祓わなくては!と無理やり引き剥がされそうになったので逃げ帰り、それ以来近づかないようにしていた。それを、なぜ急に今になって。
とりあえず典明の言葉に従い服を着ると「…行くか。」と承太郎は歩き出した。承太郎が私から典明を無理やり引き剥がすなんてことはするはずがないが、万が一の時は…多少無茶をしてでも逃げようと、両手を強く握りしめた。
「一度、なまえと花京院が今、どんな状態なのか確認してもらう。」
車を発進させてしばらく経った時、承太郎はついに理由を口にした。なぜ出発前に言わなかったのだと聞くと「逃げられると困る。」と返ってきて口を閉じた。確かに、話の途中で逃げ出していたかもしれない。が、寺に行く、だけでも充分、逃げ出していた可能性もあるのだが。
「お前と花京院の事は、しっかり説明してある。SPW財団が探し出してくれた、信頼できる人だ。」
信頼できる人、という事は、勝手にお祓いしようとしたりはしない人、という事でいいだろうか。10年前と比べて、私は身体的に強くなっている。もしも今、10年前と同じ事が起きたら、うっかり、頭に血が上って、相手を殺してしまうかもしれない。
「承太郎。分かっていると思うが、僕は今、成仏する訳にはいかないんだ…。本当に、信頼できる人物なんだろうな?」
典明も不安そうな顔で、承太郎に念を押す。承太郎は典明の声を聞いて、ミラー越しに典明と視線を交えて「あぁ。約束する。」とハッキリと言い、約束をしてくれた。承太郎が、そこまで言うのなら。
「…典明。承太郎を信じよ。……もし、前みたいな事になったら、私が…全力で守ってあげる。」
殺す、という言葉は心の内に留めて、守る、と言葉に変えて、そっと抱きしめた。典明には、綺麗な心でいてもらいたい。本当に、悪霊なんかになってしまわないように。
「…そうだな。ありがとう、なまえ。」
私の腕にそっと手を置いて、典明は笑顔を見せてくれた。あまりに近かったのでそのまま頬にキスをすると、彼は驚いて「はは。今ので、もっと安心したよ。」と笑ってくれたので私も笑顔を返した。
SPW財団は、世界中でお店を経営していたり、スタンドの調査をしたりしている。基本的になんでもできてしまうすごい組織だが、そのSPW財団が10年かけて探し出してくれて、その上、信頼できる人だというのだ。もう、信じるしかないだろう。
SPW財団には、10年経った今でも、本当に感謝の言葉しか出ない。
車で3時間かけてやってきたどこかの山奥。その頂上に、件のお寺は聳えていた。だいぶ歴史のあるお寺のようで、門も建物も古く、書いてある文字は読めなかった。
車を停めて門の中へ入ると、1人の住職が出てきて、静かに頭を下げたので、私達もそれに倣って深く頭を下げた。きっと、この人が例の…。顔を上げると、私と典明を見て「これはこれは…。」と笑顔を浮かべていたので、とりあえずは安心した、とホッと息をついた。
お互い丁寧に挨拶をし中へ入ると、空気が変わったのが分かった。静かで、張り詰めているような空気。
本殿ではなく和室に入り向かい合わせに座ると、早速だが、と承太郎が言葉を発した。その言葉に、住職さんはずっと浮かべている優しい笑顔を私と典明へと移して、ふむ、ほぅ…と言葉を漏らして頷いている。何かを、見ているのだろうとは思うが、じっと見られてはムダにソワソワしてしまう。
「お手を、宜しいかな?そちらの方も。」
典明は私以外の人には触れられないのだが…。住職の言葉に従って私と典明、2人で手を差し出すと、なんて事ないように、住職さんは典明に触れたものだから驚いた。典明も同じく驚いてお互い顔を見合わせると、住職が「はっはっは。」と笑ったので、またしても2人で住職を見た。そして、この人、本当にすごい人なんだな…と実感した。
「お2人は、魂で繋がっておる。…というより、もはや2人でひとつの魂になっておる。」
「…ええと…それはつまり、どういう…?」
今まで比喩として、典明とは魂で繋がっている、と思った事があるが、それにしたって2人でひとつの魂、とは、随分と壮大で、大袈裟な言い方なのではないか?
「みょうじさん、と言ったかな?君の特殊な力で、成仏しようとする彼の魂を、掴んで引き止めてしまったと言っていたね?」
「……はい…。」
仏に仕える住職からしたらあまり良くない事だと思い、思わず口篭り、小さい声で答えた。しかし彼は笑顔をそのままに、言葉を続ける。
「長く君の魂のそばにいて、彼の魂も居心地が良かったんだろうと思うよ。居心地がよくて寄り添っているうちに、混ざりあって…。魂の波長がぴったり合う、と言うのかな。元々ひとつだったものが元に戻ったかのような安心感。それを、彼は感じていたはずだ。もしかしたら君達は、前世ではひとつの魂だったのかもな…。」
住職の言う言葉は、抽象的すぎてよく分からないような、でも体では前から理解していたような、嬉しいような。とにかく、よく分からない。分からない、の、だが。なんだかよく分からない涙が、とめどなく溢れてくる。
「なまえ、花京院。」
承太郎の言葉に典明を見ると、彼も同じく驚いたような顔をして、ポロポロと涙を流している。おそらく、私と同じ状況なのだろう。お互い顔を見合わせて、ただ、静かに泣いた。心の中は静かに凪いでいるのに次々と流れる涙。まるで、涙腺が壊れてしまったのかと思う程だ。典明の方へ手を伸ばすと、彼もこちらへ手を伸ばし、ぎゅ、と私達の間で繋がる。この手みたいに、私達の魂も、繋がっているのだ。
「ここまでふたつの魂が馴染んでいるのは、私も初めて見る。…とても稀有な事象であり、奇跡だ。本当にすごい。」
住職さんが奇跡を目の前に、私達に向かって手を擦り合わせて拝みはじめたので、なんだか神様や仏様にでもなった気分だ。戸惑いつつ典明を見るとやはり同じ顔をしてこちらを見ていて、思わず笑ってしまった。彼もフッ、と笑ったが、涙は止まっていない。私も同じだった。しばらくそうしていると、ある事を思いついた。そうだ。今のこのシーン、気持ちを、絵に込めて描こう。そう心に決めた途端、不思議な事に、涙が止まった。
たくさん涙を流したからか、頭がすっきりしている。
「…もう、行くのかね?」
住職さんは何か察したようにそう言ったので、「はい。また来ます。」と約束し立ち上がった。早く、岸辺くんの家に行きたい。"Tenmei"を描きたい。
「ありがとうございました。」
来た時よりも丁寧に頭を下げ、私達はお寺を後にした。来て良かった。本当に。
別れ際住職さんは「彼は決して、誰にも祓えない。逆に言うと、人の手で成仏させることもできない。もし成仏する時が来るとしたら、それは君が死んでしまった時だ。…君達は、たとえ死んだとしても、一緒に繋がっていられるだろうな。」と言っていた。死んでも一緒にいられるなんて、なんて幸せな事なのだろう。人によっては重すぎる言葉なのかもしれないが、私は嬉しい。だってそんなの、もう何も怖くないではないか。たとえ何があっても、私と典明は離れる事はないのだ。
「なんだか、不思議な気分だな…。」
頬杖をついて独り言のように言う典明のその横顔は、とても綺麗でいつものようについ見とれてしまう。じーっと見ていたらその顔が急にこちらに向けられたので、見とれていたのがバレたのかとちょっぴり心臓が跳ねた。
「なまえ。僕と、死んでも一緒にいてくれるかい?」
「!」
突然のプロポーズとも取れる典明の言葉に、咄嗟に言葉が出てこなかった。口を開けて、彼を見る事しかできないでいると、やがて彼は私の左手を両手で包み
「本当は、この指輪を渡した時に言いたかったな…。」
と、自身の親指の腹で私の薬指を撫でて言うので、言うまでもなく、私の顔はあっという間に真っ赤になった。かっこいい…!最高にかっこいい…!!今までの典明のかっこよさの集大成が、今、目の前にある!
ゴン、と後頭部が車のドアに当たる。典明のあまりのかっこよさに、体に力が入らなくなっている。体が後ろへズルズルと倒れていく。
「大丈夫?」と心配してくれているが、全然、大丈夫じゃない。きっと、波紋の呼吸も、今ばかりは乱れているのだろうと思う。心臓の鼓動が速くなっているのが分かる。
典明は、私の無事を確認して「それで、返事は?」と力が入らず、くったりしている私に覆い被さるようにして顔を覗き込んでくるので、限界で、頭がクラクラして、目が回った。
「…典明が嫌がっても、ずっと一緒にいる…。」
回らない頭ではそう答えるので精一杯だったが、それを聞いて彼は嬉しそうに、本当に嬉しそうに「嬉しいな。幸せだ…。」と最上級の笑顔で、薬指の指輪へキスを落とした。
「ッ!!じ…じょ、じょじょ承太郎!!おおお王子様!!王子様がいるッ!!!!」
あまりのラッシュに耐えきれなくて承太郎に助けを求めたが、彼はミラー越しにこちらをチラリと見て、フッと笑っただけだった。
「なまえ、今は僕だけを見てくれ。」
住職さんに会った事で、典明の中で何かが吹っ切れたのか分からないが、典明の王子様度が目に見えて、確実にパワーアップしている。同じ空間に承太郎がいるというのに、典明は私の至る所にキスをして、顔を擦り寄せ、至る所に優しく触れて、撫でた。今まで触れられなかった分を、埋めるかのように。
やがて、とうとう本当に限界を超えて、私はついに気を失った。最強と謳われる私が気を失った原因が、典明のかっこよさ、なんて、笑い話にしかならないだろう。私からしたら、典明が最強なのだが。