第1部 M県S市杜王町
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承太郎に康一くんの家の電話番号を聞き、康一くんには岸辺くんの家の電話番号を聞いた。康一くんは「露伴先生の電話番号なんて聞いて、どうするんですか?」と訝しげに聞いてきたが、お礼がしたくて、というと怪しんでいたがちゃんと教えてくれた。この前といい今回といい、岸辺くんは彼に嫌われているのだろうか?と思ったが、初対面の時の彼の態度や、仗助くんに対する態度を思い出して、ひとり納得した。
プルルルルル……
携帯電話から彼の家電に電話をかけるも、出ない。きっと、漫画を描いているのだろう。邪魔しちゃ悪いか、と電話を耳から離すと「岸辺だが!」とイラついた声が聞こえてきた。やっぱり、邪魔したようだ。
「ごめん、邪魔しちゃって。私、」
「なまえさん!!??」
名乗ろうとする私の声を遮って、岸辺くんは先程よりも大きい声で私を呼んだ。思わず耳がキーンとなる。
「ふふ。突然ごめんね。昨日の今日で申し訳ないんだけど、今日もお邪魔していい?部屋をひと部屋、貸してほしくて。」
今日は、久しぶりに"Tenmei"の新作が描きたいのだ。だが、ホテルでは部屋を汚してしまうかもしれないと、またしても一人暮らしの岸辺くんの家が思いついてしまい、連絡したのだ。昨日の今日で、さすがに迷惑だろうかと思ったが、彼は快く承諾してくれ、なんなら迎えにきてくれるというのだ。
「え、あの、いいの?今、岸辺くんも描きたいんじゃないの?」
朝別れる時に、帰ってから描きたいものがたくさんあると言って意気揚々と帰っていったのだ。彼の創作意欲の邪魔になってしまうのでは、と心配して言ったのだが、彼は
「別に構わない。君と関わっている方が、色々アイディアが湧いてくるんだ。面白いしな。」
面白い、とは、褒め言葉なのだろうか?彼は嬉しそうに話しているので、褒めている。の、だろう。
「ありがとう!待ってるね。」
私がそう感謝を述べると、彼はまた、ふ、と笑った気配がした。典明と、同じ笑い方。なんだか、不思議な気分だ。
30分後にホテルの前で待ち合わせて、電話を切った。典明は少し嫌そうな顔をしているが、前までの表情よりかはいくらか柔らかくなっている気がする。少しだけ、ほんの少しだけ、岸辺くんと仲良くなったのではないだろうか?
「今日は、どんな典明を描こうかな…。」
描きたい典明は山ほどある。それなのに、毎日のように描きたい典明の姿が増えていくのだ。岸辺くんの描くスピードが羨ましい。
メインは顔か、体か、全身か。服は着るか、脱ぐか、脱ぎかけか。向きは正面か、後ろか、横か。雰囲気は優しめか、ダークか。
今まで色々なパターンで描いてきたが、創作意欲は尽きない。彼は私のミューズなのだ。
私は元々、ここへ来て数日ほど滞在して帰るつもりだったため、画材もなにも持っていない。途中、亀友デパートへ寄ってもらおうか。キャンバスも買わなくてはいけない。頭の中で買うものリストを作成していると、典明は急に私の肩に顎を乗せて「そんなに、奴の家に行くのが楽しみなのか?」と拗ねたような顔をして甘えてきたので危うく失神するかと思った。最近、かわいい行動をする事が増えてきていて、本当に心臓に悪い。波紋使いじゃなかったら、もしかしたら私はとっくに死んでいたかもしれない、と真剣に思うほどに。
「岸辺くんの家に行くのが楽しみというより…"Tenmei"を描けるから楽しみなの。」と答えたら、そのまま嬉しそうに頬を私の頬に擦り寄せてきたのでもうダメだった。ついに膝から崩れ落ちた。
私の名を呼んでどうしたのかと尋ねる典明に「典明がかわいすぎて…腰が抜けた…。」と言ったら少し驚いたあと、眉間に皺を寄せて、やがてフッ、と笑った。新しいパターン。今のは、どんな感情の変化があったのだろう。
典明の介助でベッドに座っていたら、あっという間に約束の時間が迫ってきていた。立てる事を確認して、汚れてもいい服に着替え部屋を出ようとすると典明に腕を掴まれて「しばらくできないから。」とキスをされた。本当に、この男は…!また、腰が抜けるところだった。
「えっこれ全部…!?」
なんと、岸辺くんは家にある画材を全て書き出してきてくれた。車に乗った際に「足りないものがあれば買いに行こう。」と言って、メモを見せてくれたのだ。
筆の種類も、絵の具のメーカー、品番まで、細かく書き込まれているそれは、意外にも、彼の細かな気遣いが感じられて、軽く感動までしている。さすがの典明も、メモを見て驚いている。
「ありがとう…岸辺くん…。気を遣わせちゃって、」
「待て。勘違いするな。僕は、僕がやりたくてやっているんだ。僕は、君が"Tenmei"を描いている姿を見たい。見ててもいいか?」
ごめんね、と続くはずだった言葉を遮って、岸辺くんは有無をいわせないセリフを放った。ここまでしてもらって、断る理由はない。
「うん。なにも面白いものはないけど…。」
私のその言葉に、彼は軽く安堵のため息を漏らした。芸術家は、1人になって集中したいタイプや、周りに人がいても集中できるタイプ、人がいた方が筆が乗るタイプと、様々なタイプの人がいる。私はいつも1人で描いているか、承太郎がたまにいたりする事があったので、特に問題はないだろう。
キャンバスを買いに行きたいと伝えて亀友デパートへ行くと康一くんに会ったので、電話のお礼をしようと声を掛けたら、私達の意外な組み合わせに驚いていて、やはりなぜか怪しんでいるような顔をしていた。
「…岸辺くん、なにか康一くんに嫌われるような事したの?」と聞いたら「まぁ…初対面でヘブンズ・ドアを少々。」と悪びれもなく答えたので康一くんに同情した。そうだ、この人、康一くんにヘブンズ・ドアを使った事で仗助くんに返り討ちに遭ったんだった。絶対に、色んな人にいきなりヘブンズ・ドアやってるじゃん…。やっぱりとんでもない人間性である。
その後、康一くんとは分かれて無事にキャンバスを購入し、彼の自宅まで向かった。通された部屋は昨日見た彼の仕事部屋だったので驚いたが、彼は彼で描きたいものがあるのだと言うので納得した。ガラ、と無造作に箱に入れられた絵の具に、ペン立てに立てられた筆、パレット、筆洗。画材を全て持ってきてくれて「好きに使ってくれ。」と言った彼は、もう机に向かっている。
準備は万端だ。私はキャンバスをセットして、絵の具の入った箱を漁りながら、絵のイメージを膨らませていった。
この色は、典明によく似合う。この色は、まだ使ったことのない色味だな。この色を使って、目を閉じた典明が下向き…いや、上を向いていた方が…。あ、この色は花に使えそう。典明に、花を持たせようか。
頭の中でどんどん膨らんでいくイメージ。たまにそばに立つ典明の顔を見ながら、使う色をテーブルへと並べて、外して、またひとつ増やして、と、色を厳選していった。その少し離れたところには、いつもの色を選んで、別で並べている。"Tenmei"の、瞳の色だ。もうだいたいの配分は覚えている。彼の綺麗な瞳の色は、今まで何十枚も描いたが、いつも同じ色で描いている。私の、拘りなのだ。
「よし。」
描きたいイメージは決まった。あとは描くだけだ、と鉛筆を持ち、ザッザッ、と線を重ねていく。彼の綺麗な目、キリッとした眉、スっと通った鼻筋、形の薄い唇、男性的な喉仏、特徴的な風に靡く髪。自分が描いている、ただの絵だというのに、まだ細部を描きこんでいる訳でもないのに、また、恋をしてしまいそうだ。
粗方線画を終えて離れて見て、微調整して、また離れて見る。うん、いいかもしれない。
パレットを取り出して、色を出して混ぜ合わせる。ここからが本番だ。大変だが、1番楽しくて、好きな作業。喋らず、黙々と手を動かす。色を重ねていくうちにイメージと違う事に気がついて、また違う色を重ね、それに合わせて周りの色も変えていく。しかしそれすらも、離れて見るとなんか違う。うーん、行き詰まった、と筆を置いて腕を組む。こういう時は…
「…君、何をしているんだ…?」
突然声をかけられて、ここは岸辺くんの家だと思い出した。私は今、自分の頭の中に指を入れているのだ。記憶を、掴んで引っ張り出そうとしている。
「あぁ、"コレ"ね。見た目は怖いけど、大丈夫。典明との昔の記憶を、掴んで、引っ張り出そうとしてるの。」
2、3年程前に、できるのではないかと思って特訓したのだ。当時は器用にできなくて、頭の中で記憶が絡まってしまって大変な事になってしまったのだが…今は綺麗に整理整頓され、必要な時に必要な記憶だけ、見る事ができるようになった。
「うわ、この典明…本当にかっこいい……。」
目を瞑って典明の記憶を見始めると、そもそもの目的を忘れて見とれてしまうのが難点だが。承太郎には、絵を描いている時以外は1日1時間迄、とキツく言われている。前は時間さえあれば記憶を見ていたので、禁止されてしまったのだ。
「…凄い能力だな…!」
岸辺くんは感心したように言うが、実践ではあまり使えない能力だ。
「…スタンド能力って、できるって思い込めばできるようになるんだよ。私のこれも、承太郎のザ・ワールドも。」
そういうと彼は驚いていたが、ヘブンズ・ドアは元々最強クラスの能力だ。強化できるところは、そうそうないだろう。強いて言えば、本体の、肉体の強化か。
「なまえ。1度休憩しよう。岸辺露伴、なまえにお茶を。」
私が岸辺くんと話しているのが気に入らなかったのか、私には優しい笑顔を向け、岸辺くんには威嚇ともとれる仏頂面で話す典明に、思わず岸辺くんと2人で、声を出して笑ってしまった。