第1部 M県S市杜王町
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「ごめんね、岸辺くん。騒がしくして、起こしちゃって。」
部屋に案内してくれた彼にも、改めて謝罪をすると「別に構わん。」と気にしていないように言った。確かに漫画家という仕事をしていたら、昼も夜も関係なさそうだけど。
「それに、君の新しい一面が見られたんだ。僕は嬉しいよ。」
そう言って笑った彼の顔は、嫌味も込められてなさそうで本当に嬉しそうで、少し引いた。本当に、変わった人。
「ただ…花京院さんには謝らないと…。」
そう言って岸辺くんは気まずそうな表情に顔を変え、チラリと典明を見た。典明に謝る事とはなんだろうと私も典明を見ると、「なまえ、怒ったじゃあないか。」と、岸辺くんを睨みつけている。
「ふぅん…典明、私より先に岸辺くんと話したんだ…。」
いつもよりも低い声でそう言うと、2人の肩が跳ねた。これは、もう少しお話しなきゃならない気がする。
「じゃ、もう大丈夫だよ、岸辺くん。ゆっくり寝てね。おやすみ。」
「待っ、なまえさん!」
何か話そうとする岸辺くんを無理やり追い出して扉を閉めると、ため息をついて去っていく気配を感じた。岸辺くん、いつの間に典明と…。
「あ、あの…。ごめん、なまえ…。」
ベッドの上で再び謝罪の言葉を述べる典明は、まるで叱られている子供のようだ。その姿が、我が子、典親の姿を思い起こさせ、そしていつの日か子供になってしまった時の彼、典明くんを思い出させた。
「…もう、怒ってないよ。」
安心させるように静かにそう言い、布団を捲って横になるよう促すと素直に従ってくれて、2人でベッドへ横になった。電気を消して典明を抱きしめると、これまた子供のように胸に額を擦り寄せてくるのでヨシヨシと頭を撫でた。頭を撫でるといつも嫌がっていたのだが、今日は抵抗しないらしい。とってもかわいい。
「怒りすぎちゃってごめんね…。典明の事であんなに怒ったの、初めてだったね。」
他でもない典明の事だったから、あそこまで怒れたのだろうが、承太郎にも八つ当たりするなんて、自分でもびっくりだ。
「…怖かった…。……DIOよりも。」
胸の中で怖かった、と言う典明はかわいいが、DIOと比べられてはどうしてもスルーできない。初めて典明とDIOが出会った時、彼は恐怖のあまり吐いたはずだが、あれよりも怖かったと…?
吐くものがなくてよかった、と言った典明は深くため息をついたので、ちょっぴり傷ついた。
「…典明…私よりも先に岸辺くんと話したんだよね?岸辺くんに嫉妬しちゃうなぁ?」
仕返しに意地悪な事を口にすると「や、あれは不可抗力で…。」とこちらを見て顔を青くさせたので、額にキスをして許した。いつも笑顔を浮かべているかっこいい典明も好きだが、たまに私の前で見せる弱気な典明も、かわいくて堪らなく好きなのだ。
しかし続いた言葉に今度は、冷めたはずの怒りがぶり返すところだった。
「えっと…実は、承太郎とは随分前から話してて…。」と。
危うくドアを飛び出して殴り込みに行くところだったが、その気配を事前に察知した典明にハイエロファントでぐるぐる巻きにされたので叶わなかった。
明日の朝、承太郎と第2ラウンドだな…と密かに決意しベッドへと戻ると、典明はまだ眉は下がっていたが穏やかな笑顔を浮かべていて、
「これからは、なまえを怒らせるような事はしないよ。本当に、ごめんね?」
と、最後の謝罪を述べた。どんな表情をしても、絵になる人だな、本当に。
その日は2人、抱き合って眠った。朝起きると若干部屋の外が騒がしかったが、典明の寝顔を至近距離で見られて幸せだったので許した。
「おはよー。」
騒がしい場所目指して典明を引き連れていくと、やはり岸辺くんと仗助くんが騒いでいて、目が合った仗助くんは気まずそうな顔をした。そういえば昨日は仗助くんを怖がらせてしまったかもしれない。…そばには承太郎もいる。
「昨日はごめんね、仗助くん。典明の事になると歯止めが効かくなるみたいで…。」
典明の笑顔を参考に、優しく笑いかけたのだが、それが余計に怖かったのか、彼は背筋を伸ばして「…ッス!」とさらに萎縮してしまった。なんだか本当に、可哀想な事をした。
「そうだ。お詫びに、いい物を見せてあげる。承太郎、ちょっと顔貸しな。」
今時ヤンキー漫画でも言わないようなセリフを吐き、承太郎の腕を掴んだ。承太郎は何だか分からないが嫌な予感がする、と嫌そうな顔をしている。
「承太郎、典明と随分前からお話してたんだってね?」
そう言うと彼は嫌そうな顔から苦虫を噛み潰したような顔に変わり、帽子を引き下げて視線を逸らした。バツが悪いのだろう。
「この町に来てから戦闘なんてしてないし、訓練に付き合ってよ。ね、承太郎。」
余程嫌なのか掴まれた腕を離そうと身を捩るが、絶対に逃がさない。ガッチリ掴んで離さないでいると、やがて承太郎は諦めたように「やれやれだぜ…。」と、ため息をついた。
その後顔を洗ってうがいをし、向かったのは人のいない丘の上。何気に承太郎とは手合わせした事がなかったので、少し楽しみである。岸辺くんは「異次元の戦闘訓練だって!?ぜひ参考にさせてくれ!」とウキウキでスケッチブック片手に着いてきて、仗助くんには「しっかり記録しろ。」とビデオカメラを持たせている。典明は、自分の行動が招いた私達のバトルに、ハラハラと落ち着かない様子だ。
「始めるか。」
突然の承太郎の言葉を合図に、私達は睨み合った。お互い、相手の出方を待っている。ジリ、ジリ、と間合いを確かめ合う。先に動いたのは、私だ。時間を止められるだろうが、動かなきゃ始まらない。空中へと飛び上がった私は、踵を承太郎目掛けて振り落とした。
「承太郎!時を止めなきゃ、」当たっちゃうよ!と続くはずだったが、時を止めたのであろう承太郎のスタープラチナに、足を掴まれて地面に叩きつけられた。この力…承太郎、本気で……!承太郎相手に油断していた訳ではないが、まさか本気で向かってくるとは思わなかった。遠くからは、私を呼ぶ典明の声や、岸辺くん、仗助くんの気遣う声が聞こえる。こちらも本気の力で蹴ろうとしたのを、承太郎は分かっているのだ。
なんにしても、このままでいると仗助くんのクレイジーダイヤモンドで直されてしまうので、承太郎の射程圏外まで飛び退いて再び距離を取った。傷を治されては、意味がない。…頭から、血が…。口の端からも僅かに血が出ているようだ。これは、典明が心配するはずである。
「痛いなぁ、酷いじゃない。」
切れた口の端の血をグイ、と乱暴に拭うと、もう塞がりかけている。ちょっと切れただけだったが、この回復力の早さには本当に驚きである。まるで、DIOのように吸血鬼にでもなった気分だ。
「今度はこっちから行くぜ。」
承太郎はそう言って、ザ・ワールドで一気に距離を詰めてきた。まさか、距離を詰めるためにザ・ワールドを使うなんて…!思わずガードしたが、承太郎からは拳の連撃が続いている。躱したり、反撃したりしていたが、このままこうしていても、また時を止められるだけだ。そう考えて、承太郎の拳をひとつ、掴んだ。
「何ッ!?」
まさか掴まれるとは思わなかっただろう。私のスタンド、クイーンは、掴む能力。物だろうと気体だろうと液体だろうと、魂だろうと、何だろうとこの手で掴めるのだ。その代わり、私の体はあらゆる物体をすり抜ける。何かを掴んだ手を除いては。掴んでしまえば、承太郎は時を止めようが、成すすべはないだろう。もう片方の手も掴もうとするが、それはさせてくれないようだ。掴んだ手を絶対に離しはしないと、承太郎の拳を握る手に力を込めた。
「これは少々、マズイ事になった。…なまえ。この手を、離してはもらえねえか?」
何を、寝ぼけた事を。離すわけないだろう。と視線で伝えて、承太郎ごと空へ飛び上がった。そして、落ちる勢いそのままに、地面へと叩きつけた。さっきのお返しのつもりだったが、ちょっとやりすぎたかもしれない。思わぬ反撃を喰らわないように上空で待機していると、やがて砂煙が晴れて、承太郎の姿が見えた。片膝をついているが、立ち上がるだろうか?
「承太郎〜?まだ続けられる?」
遠くからおーい、と声をかけると、少しして首を振って両手を上げた。
「勘弁してくれ…。今ので、肋骨が折れた。」
今回の勝負、どうやら私の勝ちらしい。
ギャラリーを見ると、岸辺くんは「おい仗助!今の、ちゃんと撮れたんだろうな!?」と仗助くんに詰め寄っているし、仗助くんは「知るか!よく分かんねーけど撮れてんだろ!離せ!」と騒がしくしていた。典明だけは、ひとり私の方へ走り出している。
地面に降りると彼は、私の体を隅々まで調べ「はぁ…本当に君は無茶をする…。」とため息をついた。
「承太郎も、本気でやらなくてもいいだろうに…。逆に、やられたようだが。」
典明はそう言って、承太郎を見る。承太郎は既に立ち上がり、仗助くんの方へと向かっている。
「君も、治してもらおう。」と言う典明に「私はいいよ。もう塞がってるし。」と返したらもの凄い形相で「ダメだ!君は傷の治りが人より早いだけ。跡になったらどうするんだ!」と、私の肩を掴んで熱弁した。典明にそう言われては、もう断る事はできない。典明の大好きななまえちゃんが傷つくと、典明は悲しむのだ。私は典明を、悲しませたくない。
「仗助くーん!私も治して〜〜!」
既に治してもらっている承太郎を押しのけて仗助くんに治してもらうと、「あの…治すとこないんスけど…。」と彼は言った。…若干引いているじゃないか。
「そんな訳ないだろう。ほらここ。ちゃんと治してくれ。ここもだ。」
過保護な典明が仗助くんに指示をすると仗助くんは「あ、ホントだ。すんません!」と言って、小さい擦り傷の跡を治してくれた。その光景が面白くて思わず岸辺くんを見ると、彼は目が合って、ふ、と笑ったので2人で目を合わせて静かに笑いあった。今の笑い方、典明にちょっとだけ似てたかも。
「よし、もう大丈夫だ。」
典明からのOKが出て、やっと仗助くんは解放された。そして、彼は先程の感想として、
「やっぱなまえさん、最強っスわ!」
と、明るい笑顔で言ってくれた。よかった。この戦いは無駄ではなかった。
この後、清々しい気持ちでみんなで喫茶店のモーニングを食べて、解散した。ただ、典明のためにカレーライスを作りに岸辺くん宅に行っただけだというのに、昔の話をし、お酒を飲んで、喧嘩して、バトルを繰り広げて。随分と濃い1日になったものだ。
承太郎が運転し、仗助くんも送り届けた。ホテルへ戻ったら、まずシャワーを浴びて、歯磨きもして、その後は、何をしようか。承太郎は「寝る。」と言っていたので、"Tenmei"の制作でもしようか。楽しかった1日を思い出すと、どんどん創作意欲が湧いてきて、岸辺くんはこんな気持ちなのかもしれないな、と、少しだけ、彼の気持ちが分かった気がした。